同じ部活、違う部活

(美甘舞亜視点)


 体育が終わったあとの放課後。

 ぱらぱらと教室から出ていく女子と入れ違いに、なーくんが入ってきた。


「ありがとうね、舞亜ちゃん。メッセージ助かった」


 教室では女子が着替えていたので、なーくんは『全員が着替え終わる頃を見計らって荷物をとりに行くから教えて』と律儀にルインをくれた。

 男子に下着姿を見られることを恥ずかしがる女子もいるし、見せて興奮する変態もいそうなので私は二つ返事でOKし、着替え終わった頃合いを見てメッセージを送ったのだった。


「ううん。お目汚しすることを思えば、いくらでもだよ」


「あはは、お目汚しではないって。大体時間が分かったから、次からは大丈夫だよ」


「別に遠慮しなくていいのに」


「いや悪いでしょ。部活あるわけだし、毎回ってわけにはね。今も俺が待たせちゃってるでしょ?」


「いんやあ、そういうわけでもないんだな、これが」


「そう? 部活には行かない感じ?」


「もうちょっとゆっくりしてから行く」


「そっか、じゃあ怜、舞亜ちゃん、俺は行くからまた明日!」


「なーくん、また明日ね〜」


「また」


 なーくんが教室から出るのを見届けると、私は深山に話しかける。


「もう大丈夫だよ」


「な、何が美甘?」


「部活違って落ち込んでんでしょ?」


 虚勢を張って澄まし顔だった深山の顔が崩れる。

 そんな泣き顔を隠すかのように私に抱きついてきた。


「みがもぉ〜」


「おぉ〜、よしよし」


 そう言って深山のサラサラの髪を撫でる。


 朝になーくんが所属する部活を聞いてから、深山は明らかに沈んでいたけれど、今まで澄まし顔で耐えていた。

 そして、なーくんの視線がなくなった今、深山のダムが決壊した。


 泣いちゃうなんて、どれ程なーくんと同じ部活が良かったんだろう?

 私より同じ部活でいたかったんだな、深山は。


 ……なわけがない。

 あの時、帰したくなくて、同じ部活で時を過ごしたくて、扉を止める手が勝手に動いた。

 決して人に負けを認められるほど小さな想いではない。

 実際、私も同じ部活という望みが絶たれて、失望の海に揺蕩うような感覚が一日中していた。


 なのになあ、はあ……。どうして私は恋敵を慰めているのだろうか。


「よーしよーし」


「ごめん、美甘」


「気にするな。まあ、たかが違う部活くらいで大丈夫だと思うって、なーくんも言ってたし、大丈夫だよきっと」


 ……ああ、そっか。

 ふと出た言葉に、自分の行動を何となく理解する。


「……うん」


「フォークダンス。一緒に踊った男女は結ばれる伝説があるし、選ばれたいね」


 それは深山に向けてだけの言葉じゃなかった。


「そうだよ、ね。ダンスの方が大事」


「うん。ありがとね、深山」


「何で美甘が礼を言うの?」


「何でだろうね」


 私はそう言って、深山を優しく撫でた。


 ***


「あれ? 千秋さん?」


 テニス部へ向かう道中、玄関で千秋さんと出会した。


「凪くん! あ、ごめん! ちょっと凪くんと出会えて嬉しくて大きい声出ちゃった」


 そう言った千秋さんに笑う。

 艶やかな髪も、大きな胸も、大きな丸い目が目立つ整った顔も良いけれど、やっぱり千秋さんは素直なところが一番可愛らしい。


「嬉しいこと言ってくれるね。俺も嬉しいから大きな声出した方がいい?」


「い、いや、出さないでいい」


「あはは。今帰り?」


「えと、入部届だけ出して帰ろうかなって」


「一緒だ。何部にするの?」


 なんて雑談をしながら二人で歩く。

 玄関から出ると明るい夕日に照らされて世界がオレンジに染められているような気がした。


「テニス部」


「あ、やっぱり一緒だ」


 そう言った瞬間、ピタ、と千秋さんの足が止まった。


「な、凪くん? 何て言った?」


「うん? 一緒だって言ったよ」


「嘘……」


 千秋さんは信じられないと言ったように固まった。


「本当だって。部活見学してたから一緒を期待してたところあったけど、本当に一緒で良かった」


「そ、その! それって、私がいるから選んだってこと?」


「うん。って言いたいけど、実際入るかわからなかったし、他の理由も大きいかな」


 俺がテニス部を希望した理由の一つが千秋さんの存在であることは確かだけど、流石に他の理由が大きい。


 まず個人競技であること。バスケ部に入れば人数の問題でマネージャーしか出来ないが、テニスであればプレイヤーとして参加できる。もしマネージャーがやりたくなっても、選手しながらしたらいいという判断だ。


 次にレベルが高くなさそうなところ。軽音楽部を見て思ったけれど、先輩は演奏したら周りが見えなくなるほど没頭していた。エンジョイ勢の俺からすればハードルは高く、やる熱量もないのでテニス部の緩さがちょうど良かった。


 そういうわけで俺はテニス部に決めたのだけど、千秋さんという友達がいて心細くならないので正解だと思う。


「そ、そうなんだ。でも……ちょっとは私を選んでくれたってことで良いんだよね?」


「あはは。まあそうなるのかな?」


「……夕日が眩しいよ」


 千秋さんが目を擦った。

 茜色の夕日は本当に眩しく、目を瞬かせた。


「凪くん。これからもよろしくお願いします」


 ぺこり、と頭を下げた千秋さんに合わせて、俺もぺこりと頭を下げたのだった。


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