皇女様はモフりたい!〜皇位争いに疲れたので自分だけの動物の王国を作ります!〜

@pakpak100

第1話 上品な仮面と、ぐうたらな本音

王宮の朝は静かに始まる。

静かで、厳かで、息苦しい。まるで儀式のような一日が、毎日繰り返されている。


 


「アリシア殿下、本日のご予定ですが――」


 


朝食の前、執務室にて。

扉を開けて入ってきたのは、私の侍従であるリュミエール。彼女は私にとって、ただひとり“本当の顔”を知る人物でもある。


私は椅子に座ったまま、目だけで彼女を見る。

口は閉じたまま、まっすぐな視線で。無表情、無言、でも感じよく。


 


「まずは第九会議室にて、経済評議会の定例報告を。その後、外交資料の確認。そして午後からは、帝都学術院の代表者とお茶会形式の懇談を。夜は……」


 


「……リュミエール」


 


「はい」


 


「私、まだ死んでないわよね?」


 


「……存命です。お美しく、そしてお元気に見えます、殿下」


 


「なら、なんで毎日が仏壇みたいに堅苦しいのかしらねぇ……」


 


ふぅ、と小さくため息をつく。

気を抜いた声が漏れてしまったけど、ここには彼女しかいないからいい。


部屋の外では、まだ「聡明で高貴な第五皇女」アリシアが仮面をかぶって座っていることになっている。


 


「……今日も全部こなさなきゃ、ダメ?」


 


「ええ。皇女として振る舞われる限りは、手は抜けません」


 


「……もふもふ……」


 


「何ですか」


 


「もふもふさせて……お願い……」


 


「おやめください、まだ朝です」


 


私は椅子に深く沈みこみながら、恨めしそうに天井を見上げる。

上品な皇女の仮面は、誰も見ていないところでだけ剥がせる。私は、誰かの理想像を生きているだけで、本当は――


 


ぐうたらが好き。

お菓子が好き。

柔らかくてあたたかくて、ふわふわした生き物が大好き。


 


それだけで十分なのに。

それ以上の“何か”を期待されていることが、ずっと、息苦しかった。


 



 


「アリシア殿下の提案は、先日の法案にもとづくものかと」


「ふむ……やはり貴族院における発言力は、第五皇女の方が上だな」


「ご静粛に。殿下はお言葉が少ないのです。静かなる威厳こそが、真の皇位継承者の資質というものでしょう」


 


(しゃべらないだけなのにね)


 


会議室で交わされる貴族たちの言葉を、私はただ聞いている。


そう、聞いている“だけ”。


意見は言わない。表情も変えない。ただ、誰よりも整った姿勢で、静かに微笑む。それだけで、評価されてしまう。


この王宮において、「黙っている女」は最も“都合がいい”。


 


(でも、本当の私は――)


 


心の中ではツッコミを入れている。


(ていうかさ、この法案。農地改革の皮をかぶった利権拡大案でしょ? なにそれ堂々と出してくんの図太いなあ、ほんと)


でも、顔には出さない。誰にも見せない。それが、私の“仕事”。


 


政治も、会議も、血縁も。全部“仮面の世界”。


その仮面を、母はよく褒めてくれた。

「アリシアは、皇帝の器よ」って。

いつも、私の努力を当然のように受け止めていた。


 


でも、私は――一度だって、それを“望んだことはない”。


 



 


夜、私はようやく部屋に戻り、ドレスを脱いで寝巻きに着替える。


姿見に映る自分の顔は、少し疲れて見えた。


「……私、今日、何かをしたのかな」


問いかけても、答える者はいない。

会議に出て、資料に目を通して、笑って、頷いて、それで終わり。誰かの言葉で一日が終わる。


自分の言葉では、何も始まらない。


 


(私の“意志”って、どこにあるんだろう)


 


机の上に、古びた羊皮紙が一枚。

母が残した“遺書”。


『あなたは皇帝になるのよ。私の誇りよ、アリシア』


その文字を見て、私はふと手を伸ばした。


何度も読んだ。内容は暗記している。

でも――なんとなく、その夜は、読まずにいられなかった。


 


「……ほんと、意地悪ね。お母様って」


 


私はそう呟いて、羊皮紙を持ち上げた。

蝋燭の火がゆらゆらと揺れ、部屋に淡い明かりを投げている。


 


その火が――偶然にも、羊皮紙の端に落ちた。


 


「あっ……!」


 


思わず手で叩いて火を払おうとしたけれど、火は燃え広がることなく――光に変わった。


羊皮紙の表面に、青白い光が走る。


そして、浮かび上がる“別の文字”。


 


『さて、これを読んでる頃には私もあの世かしら? ごめんね、アリシア。言ってなかったけど、実は――』


 


 


「……は?」


 


目が、文字を追う。


 


『お父様以外にも、ちょっと……ね? まぁ、楽しかったのよ、いろいろ』


 


 


「はああああああああああ!?」


 


私は羊皮紙を机に叩きつけた。


 


なにそれ!?!?!?!?!?!?!?


この数年、母の言葉に縛られて、私はずっと頑張ってきたのに!?

寝る間も惜しんで政策考えて、貴族と笑顔で握手して、その裏で胃薬飲んで、モフモフ欲を抑えてたのに!!!


 


なんで今さら「いろいろあった」って!?!?!?


 


「もう、やだ……! 無理! やってられない!!」


 


私はその夜、泣きそうになりながら、部屋を飛び出した。


たった一通の手紙が、私を――“皇女”という檻から解き放った。

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