第10話 小人の聖女と祝福の歌(2)
ヴェルガーデン王国の東部、深緑の丘陵地帯――。
その奥に隠れるようにして佇むのが、小人族の集落、エルゼットの里である。
背の低い木造の家々が斜面に寄り添うように立ち並び、花咲く庭や棚田のような畑が点在するその景色は、まるで絵本の挿絵のようだった。家の扉は小さく、窓辺には花籠。石造りの小道を歩けば、陽気な音楽と小さな歌声がどこからともなく流れてくる。
「うわぁ……なんか、ほっとしますね」
フロリアが目を輝かせる。
「童話の世界みたいだナァ……」
ソラも尻尾を揺らしながら、思わず顔をほころばせていた。
「ふむ……やはり、あのときと変わらぬのう」
白銀のローブを揺らしながら、シルヴェリカが静かに呟く。
その瞳は、どこか遠く、百年前を見ているようだった。
「……昔も来たことあるんですか?」
「うむ。先代の“祝福の聖女”、ソラスとは何度か共に歌い、踊ったことがあるからの。あのときも、ここは変わらず花が咲き、音楽が流れておった」
ハルトはその言葉に小さく息を呑んだ。
――百年を生きてきた者の記憶と、変わらぬ風景。
それが、目の前にあるという不思議。
「それにしても、歓迎ムードですね」
ハルトは周囲を見回す。
あちらこちらから、花冠や小さな焼き菓子、果実酒などが手渡される。里の子どもたちはフロリアやミリアの周りをぴょこぴょこと跳ね回っていた。
「お客さ~ん! 今日の夕飯はキノコと栗のスープですよ!」
「旅の人にはここの蜂蜜酒が最高ですぞ!」
「姉ちゃん、耳長い!かっこいいー!」
村人たちは皆、小柄で手足が短く、くりっとした目と高めの声が特徴的だ。服装は自然素材を活かした刺繍布で、腰には楽器や工芸品が提げられている。
――音楽と工芸、農と遊びが調和する、小人族の文化。
だが、その平和な空気の中で、ひときわ眠たげな少女だけが、違う雰囲気を放っていた。
「ふぁあ……誰か来たの……?」
広場の一角、ぶら下げられた大きなハンモックの上。
そこに寝そべっていたのが――
小人族の聖女の血を引く少女、リゼ・エルゼットだった。
茶色のくせ毛をふんわりと結い、おさげにして垂らし、頬には紅を刷いたような愛らしさ。民族衣装風のひらひらとしたドレスに、胸元には小さなハープの飾り。
そして、眠そうにまばたきを繰り返す瞳は、うっすらと琥珀色。
「リゼ・エルゼットさんですね? 僕たちは魔神王の封印修復のため、聖女の力を待った方を集めていまして――」
「……うーん、無理。理由がないから、行かない」
即答だった。
「えっ!?」
「だって、旅とか汗かくし、面倒だし~。あたしはこの里でのんびりしてるのが一番好きなんだよね~」
リゼは寝返りを打って、ハンモックをきしませながら、足でリズムを取り始めた。
「ぐーたら~が一番~、世界平和の第一歩~♪」
「……こいつ、ホントに聖女なのかナァ?」
ソラがしみじみと呟いた。
「……寝る子は育つ、みたいな感じでしょうか……?」
フロリアが苦笑する。
「ふむ、これはまた……極端に“祝福の無駄遣い”の気配がするのう」
シルヴェリカが腕を組み、リゼを見下ろす。
だが、リゼはまるで他人事のように欠伸をしていた。
◆ ◆ ◆
その日の夕刻。
ハルトたちは村の宿舎に案内される前、ソラと別れることになった。
「じゃあ、あーしは王都に戻るナァ。ギルドの更新報告とか、やることもあるし」
「ソラさん、また合流できそうですか?」
「まーた何かあったら駆けつけるナァ。でもしばらくはそっちで聖女探し、頑張るといいナァ」
にっこりと牙を見せるように笑うソラの姿を見て、ハルトも思わず頷いた。
「ありがとう。また一緒に戦おう」
「ナァ。 ……それにしても」
ソラは後ろを振り返り、ハンモックで昼寝しているリゼの方向を見た。
「……本当に連れてくのかナァ、あのぐーたら聖女……」
「……正直、僕もちょっと心配だ」
◆ ◆ ◆
夜。
村の泉のほとりで、シルヴェリカが一人、星を仰いでいた。
その身に宿る“予知の聖女”としての天啓が、静かに目覚める。
やがて、その赤い瞳が細く光を帯びた。
「これは……何か来る、ぞ」
水面にゆらめく波紋。その奥に浮かんだのは、深い森を進む、黒い軍勢の影。
「……小さき影の群れ……。間違いない、あれは――」
シルヴェリカはそっと目を閉じ、風に囁くように言葉を紡いだ。
「《ゴブリンキングダム》の斥候部隊じゃ。三百……は居るか」
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