第6話 聖女と獅子の誇り(後編)

 ギルドの鍛錬場は、すでに多くの冒険者たちで埋め尽くされていた。

 土埃の舞う円形の闘技場。その中央で、ハルトは獣人の格闘士と対峙していた。


 ソラ・ミネット。B級冒険者『獅子の爪』のリーダー。

 薄茶色の毛並みに、猫科特有のしなやかな筋肉。鋭い瞳が、ハルトを値踏みするように睨みつけている。


 「さぁ、やるナァ!」


 ソラが一歩踏み込んだ瞬間、ハルトの全身が総毛立った。


 「――獣王破軍撃!」


 拳を振りかざすソラ。しかし、その一撃が届く前に――見えない衝撃が全身を襲った。


 「……っ!?」


 確かに拳は届いていない。だが、まるで拳の圧力が空間を伝わり、内部にまで響き渡ってくるような感覚。


 慌てて横に飛び退ると、直前まで立っていた地面が砕け散った。


 「チッ、かわしたナァ」


 ソラが舌打ちし、次の一撃を繰り出そうとする。


 (――なるほど、そういうことか)


 ハルトは剣を構え直した。


 観客席の隅では、シルヴェリカが興味深そうに微笑んでいる。


 「ふむ、やはりあの技……“肉体攻撃の射程拡張”じゃな」


 ハルトの目がわずかに見開かれる。


 「射程拡張……?」


 「うむ。聖戦士としての身体強化の天恵と、聖撃の聖女のが細分化された天恵の重奏じゃな。本来、打撃とは当たらねば意味がない。しかし、彼女の拳は “触れずとも相手に届く” のじゃ」


 「つまり、どれだけ距離を取っても意味がないってことか……」


 ハルトは改めてソラの構えを観察した。


 (なら、逆に……間合いを詰めればいい)


 ソラの拳は射程が伸びているが、結局のところ“打撃”に違いない。ならば、近距離戦に持ち込めば、相手の技の強みを潰せるはずだ。


 「……行くぞ!」


 ハルトは前傾姿勢を取り、急接近する。


 「おお?」


 ソラの目が驚きに見開かれる。


 「真正面から来るとは、いい度胸ナァ!」


 拳が閃いた。しかし、ハルトは躊躇せず突っ込む。


 (拳の圧が届く範囲を読んで……そこを抜ければ!)


 目測よりも一歩深く踏み込み、ソラの拳の“射程範囲”を超えた瞬間、『獣王破軍撃』はただの強力な打撃となった。


 「――っ!」


 ソラの拳が頬をかすめるが、致命傷ではない。


 「チッ、近ぇナァ!」


 ソラは慌てて間合いを取ろうとするが――


 「土霊の束縛スネア!」


 ハルトはすかさず魔力を込め、足元に土の鎖を召喚する。


 「なっ……!」


 ソラの足元が一瞬だけ固定される。


 「土槌アースハンマー!」


 ハルトは剣に土の精霊を宿し、強烈な一撃を繰り出した。


 剣がソラの肩をかすめる。


 「くっ!」


 ソラが後ずさった。


 「お前……本当に、正面から近づいてきたナァ……」


 息を整えながら、ソラは拳を下ろす。

 観客席の冒険者たちが息をのむ。まるで試合が決着したかのような空気が流れた。


 「……面白いナァ」


 獣人の目が、興味を持ったように細められる。


 「お前、ちょっとは気に入ったナァ」


 「僕もだ。あなたの技は確かにすごい。でも、戦い方次第で攻略できる」


 ハルトは剣を納め、静かに言った。

 「この戦いは、ここまでにしませんか」


 ソラは一瞬考え込み――やがてニヤリと笑った。


 「まあ、そういうことにしてやるナァ!」


 観客席からは歓声とどよめきが上がる。


 ――しかし、その空気をさらに変えたのは、シルヴェリカの一言だった。


 「さて、そろそろはっきりさせるとしようかの」


 シルヴェリカはソラに歩み寄り、その額にそっと指を当てる。


 「……ふむ、やはりのう」


 そして、堂々と宣言した。


 「お主、正真正銘、聖撃の聖女の末裔 じゃな」


 「えっ?」


 「マジか!」


 『獅子の爪』のメンバーが目を見開く。


 「ってことは、姉御は本物の聖女の血筋ってことか!?」

 「ずっと言ってたことが、マジだったんですね!」


 「……お前ら、今まで半信半疑だったのかナァ!?」


 ソラが呆れたように仲間たちを睨む。


 「いや、ほら、獣王破軍撃ってカッコいいし、それっぽいなとは思ってたけど……まさか本当に聖女の末裔とは」


 「おい、今から“姉御”じゃなくて“聖女様”って呼ぶべきじゃないか?」


 「やめろナァ! そんなこと言ったら全力で殴るナァ!」


 仲間たちが騒ぐなか、ソラは盛大にため息をついた。


 「ったく、ややこしいことになったナァ……」


 そう言いながらも、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。


 「ま、いいナァ。お前たちとは、またどこかでやるかもしれないナァ」


 ハルトとフロリアを見て、ソラは牙を見せるように笑う。


 「その時は、また拳を交えるナァ!」


 「……ああ、楽しみにしてる」


 こうして、ハルトとソラの因縁は、新たな形へと変わっていった。



登場人物紹介


ソラ・ミネット

 B級冒険者パーティ『獅子の爪』のリーダーを務める猫獣人の女性。ちなみに純獣人のため獣面である。

 薄茶色の毛並みに鋭い猫の目を持ち、軽装の武道服をまとった格闘士(冒険者ギルドの分類では「熟練戦士」)。獣王破軍撃という強力な固有技能を持ち、それを「聖撃の聖女レオンハルトの血統によるもの」と豪語していたが、実際にシルヴェリカによって聖女の末裔と認定された。スキルの実態は聖騎士に発現する「身体強化」と聖撃の聖女レオンハルトの細分化能力「肉体攻撃の射程拡張」の天恵の複合。

 豪快な性格で仲間からの信頼も厚いが、語尾の「ナァ」は獣人特有の鳴き声であり、威圧のためではない。『獅子の爪』の面々からは姉御とよばれ愛されている。

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