第4話 迷宮探索と奇跡の回復術

冒険者ギルドで回復役を確保したハルトは、早速シルヴェリカとフロリアを連れ、王都近郊の小規模迷宮へと向かっていた。


 迷宮は王国が管理し、登録された冒険者であれば一定の手続きを経て自由に探索できる仕組みになっている。モンスターの討伐や遺物の回収が主な目的となるが、中には単に力試しや金策のために潜る者も多い。


 今回、ハルトたちが挑むのは『赤岩の洞窟』。小規模ながらも堕ちた狼や巨大蜘蛛、ゴブリンといったモンスターが生息しており、D級の探索者にとっては適度な試練となる迷宮だ。


「ふむ……百年経って、迷宮探索はすっかり商業化されたのう」


 シルヴェリカが感慨深げに呟く。彼女にとって迷宮は『魔神戦争の名残』であり、『命がけの戦場』だった。だが今や、迷宮探索は国家の経済基盤の一部であり、ある種の日常業務として定着している。


「まあ、僕は名誉職のまま終わるより、こうやって実戦経験を積めるのはありがたいですけどね」


 ハルトは剣の柄に手をかけながら、洞窟の入り口を見つめた。


◆ ◆ ◆


 迷宮内は湿り気を帯びた岩肌が広がり、松明の灯りがぼんやりと通路を照らしている。時折、水滴が落ちる音が響き、地下独特の静けさが漂っていた。


「むぅ……何やら、不吉な気配がするのう」


 シルヴェリカが長い耳を動かしながら言った。


 迷宮の奥へと進むハルトたち。暗がりの中、シルヴェリカは静かに歩を進めながら、天井近くの岩壁を撫でた。


「ふむ……この迷宮、地下水脈と繋がっておるな」


「それは何か影響があるんですか?」

 ハルトが尋ねる。


「あるとも。湿度が高い場所では毒蜘蛛や瘴気を放つ魔物が棲みつきやすい。加えて、床が滑りやすくなるため、戦闘時に足を取られる可能性があるぞ」


 淡々とした口調で解説しながら、シルヴェリカは天井を指差した。そこには、薄暗い洞窟の奥へと続く細い糸が、天井の隙間から何本も垂れ下がっていた。


「ま、探索の手伝いはしてやるが、戦闘はそなたに任せるぞ?」


「シルヴェリカ様は戦わないのですか? でしたら――」


「いやいや、ピンチになれば精霊術で加勢してやる」


「は、はい!」

 シルヴェリカは袖をひらりと翻し、まるで舞うような仕草でハルトの前を歩いた。その白銀のローブが揺れ、どこか頼もしげな雰囲気を漂わせる。


「しかしの、ハルト。そなたは魔法剣士としてどこまでやれるか、わしも見ておきたい。さぁ、自分の力を試してみるがよい」


 その赤い瞳が、試すようにハルトを見つめていた。


「……分かりました」


 ハルトは剣を抜き、蜘蛛の巣が張り巡らされた通路の奥へと進んでいった。


◆ ◆ ◆


 すると、通路の奥からガサリと物音がした。


「来ます!」


 フロリアが声を上げた瞬間、三体のゴブリンが飛び出してきた。緑色の肌に痩せた体躯、粗末な革鎧にボロボロの短剣を構えている。


「蜘蛛ではなくゴブリンか」


「ふん、雑魚とはいえ、侮れんぞ」


 シルヴェリカが言い終わる前に、ゴブリンの一体が弓を構えた。すぐさま、ハルトは判断した。


(相手は弓を持っている上に多勢だ……!)


 ハルト―—魔法剣士は、『天恵による神聖術』『精霊を使役する儀式魔術』『呪文によって交信する精霊術』という異なる魔法体系を併用するため、『誓い』という縛りを持っている。ハルトの誓いは『鏡誓』―—己を映す鏡の如く、眼前の敵と同じだけの力をもって戦う誓いである。その掟に従い、機転を利かせて考える。


(ここは……風を利用する!)


「『突風ウィンドブラスト』!」


 儀式魔法による魔法陣が空間に投影されると、突如として背後から強烈な風が吹きつけた。風はハルトの体を押し出し、加速を与える。


 同時に――


 ゴブリンたちの弓の狙いがブレた。


 風圧に煽られ、足元を踏み外したゴブリンがよろける。ハルトはその隙を逃さず、一気に間合いを詰めた。


疾風突ゲイルスラスト!」


 突進の勢いに乗せた突きが、前方のゴブリンの胸を貫いた。グギャッ、と悲鳴を上げて倒れる。


「……なるほど、風の利を得て突進するか。なかなか面白い」


 シルヴェリカが満足げに言った。


(よし、通用するぞ! 僕の剣は!)

 ハルトも戦闘の手応えに静かに高揚していた。


    ◆ ◆ ◆  


 その後、ハルトたちは順調に洞窟内を進んでいった。巨大蜘蛛や堕ちた狼といった下級モンスターが次々と現れるが、訓練を重ねた魔法剣士の戦術を駆使しながら、討伐を続ける。


 だが、探索を始めてしばらくすると、ハルトは妙な違和感を覚えた。


(……動きが鈍い?)


 体が思うように動かず、腕の感覚が鈍っている。気づけば、腕の傷からじわじわと血が滲んでいた。


(いつのまにか負傷していたか・・・)


 「おい、ハルト! 無理するな!」


 シルヴェリカとフロリアが駆け寄ってくる。


 「大丈夫、ちょっと切っただけだから」


 「ダメです! わたしが回復します!」


 フロリアは強くハルトの腕を掴み、光を放つ魔法を発動した。


 「『再生の奇跡リジェネレイト』!」


 瞬間――


 「ぐあああああああああっっっ!!!」


 ハルトは絶叫した。


 骨が砕けるような激痛が走り、全身の神経が焼かれるような感覚に襲われる。まるで傷口に熱した鉄を押し当てられたような苦しみだった。


 「痛い痛い痛い痛い!!! 何これ!?」


 ハルトはのたうち回るが、フロリアはにっこりと微笑んでいる。


「大丈夫ですよ、ちゃんと治ってますから!」


「いや、問題はそこじゃないよ!!」


 ハルトが叫んでいる間に、シルヴェリカが腕を組んで頷いた。


「ふむ……ただの神聖魔術ではなく、これは『再生の奇跡』じゃな」


「え?」


 フロリアがきょとんとする。


「そもそも、単なる回復術であれば傷が癒えるだけ。しかし、そなたの力は再生――失った肉を無理やり再構築するのじゃ。その過程で、激痛が伴うのは当然よ」


「えっ、でも、皆さん普通に受けてますよ?」


「耐えてるだけだよ!!」


 ハルトは涙目で訴えた。


「あの……もしかして、皆さんがわたしの治療を避けるのって……?」


「気づいてなかったのか!?」


 フロリアはショックを受けたように呆然とし、シルヴェリカは「面白いのう」と満足げに笑っている。


「うむ、まことに興味深い。そなたは今代の聖女たちの中でも、特に強力な力を持つ一人じゃろう」


「えっ!? わ、わたしが聖女……!?」


「ほほっ、正式に認定してやろう」


 シルヴェリカは予知の聖女の奇跡を発動させ、フロリアが癒しの聖女の末裔であることを占った。


 こうして、フロリア・メディシアは正式に『癒しの聖女の血脈を引く者』として認められた。


    ◆ ◆ ◆  


 迷宮探索の評価は、ギルドに戻ってから行われた。


 結果――


 ハルト:C級探索者に昇格(討伐数と戦闘評価による)

 シルヴェリカ:S&AAA級認定  

 フロリア:C級(変わらず)


 「いやぁ、おめでとうございます!」


 フロリアが嬉しそうに微笑むが、ハルトはまだ腕をさすっていた。


 「……あなたの回復だけは、極力受けたくない……」


 こうして、波乱の迷宮探索は幕を閉じたのだった。



登場人物紹介


フロリア・メディシア – 優しき治癒の天使


 癒しの聖女の血を引く神聖魔術士。金色のふんわりロングヘアとラベンダー色の瞳を持つ、慈愛に満ちた聖女のような女性。誰にでも優しく穏やかで、包容力抜群の性格。

 しかし、彼女の回復魔法『再生の奇跡』は驚異的な治癒力を持つものの、治療中は絶叫するほどの激痛を伴うため、仲間たちからは密かに恐れられている。本人は「痛みも回復の一環ですよ♪」と本気で思っており、患者の悲鳴を微笑みながら聞き流す。優しさと恐怖が入り混じる、最も頼れるのに最も避けられるヒロイン。

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