ゴーストシップ ⑥

「予想はしてたけど、やっぱりそうよね」


 コックピットに入ると席に着き、座席の後ろからしがみつくようにポンコツが身を寄せる。足裏を床に固定、座席にしがみつくようにしながら上半身を固定するのがポンコツ式対G姿勢であった。


「……強い船なんですか?」

「ディープ・ワンズがこの前買ったっていう戦列駆逐艦。型落ちだけど、この宙域じゃ最新型……強固なシールドと装甲、巡洋艦クラスのシールドを貫ける陽電子砲を搭載した文字通りの戦闘艦よ。ハンターシャークなんて玩具ね」


 両手を広げてリズベットは言った。

 対艦魚雷の破壊を目的とした迎撃機を吐き出す空母。

 艦隊火力を担う戦艦に、それを守り、多角的攻撃を視野に機動する巡洋艦。

 そして艦隊の盾となり、先頭に立つ駆逐艦。

 戦争では大きくこの四種類の艦が使われる。


 無論補助艦含め、色々と細分化されては行くのだが、戦列駆逐艦は特にシールドや装甲、対空を含めた防御能力に優れた船だった。対艦魚雷の迎撃を得意としており、シャトルのレーザーなどまともに効かない。

 魚雷迎撃のため正面にレールガンは四門、レーザーも四門。直撃すれば巡洋艦のシールドさえ吹き飛ばす陽電子砲も搭載していた。対艦魚雷に毛の生えたようなシャトルを沈めるには、これ以上ないほどの船だった。


「大きさはざっと200m。こっちの六倍でエネルギー出力は桁違い。陽電子なんて高価な弾を湯水のように使う気なら、三分に一発は陽電子砲も飛んでくるし、レールガンは四連射……うんざりするような船よ。見た目はキノコみたいで可愛いんだけどね」


 ディスプレイに艦船データを表示する。

 円柱の端に小さな傘を取り付けたような形状。大昔、人間が地を這ってた頃の戦士がモチーフらしいが、リズベットから見ればキノコであった。

 陽電子砲は中央に配され、傘の端に等間隔でレールガンとレーザーが互い違いに取り付けられ、その間にはスラスター。傘の背面と軸の根っこに巨大なアポジモーターが取り付けられていた。推力が非常に高く、正面装甲は非常に厚い。多少の岩塊は問題にもならないだろう。


「かわいい……?」

「……?」

「い、いえ……」


 何でもないです、とポンコツは首を振る。


「傘は頑強。正面からなら上手く突き刺さらない限り、通常弾頭の対艦魚雷にも耐えるでしょう。狙うなら軸の部分……正面推力は高いけど、重くて機動性に難あり、レーダーもドローン頼み。まぁ、岩礁域の中でやり合うなら五分ね」

「五分……」

「ミノムシ、岩をぶつけて仕留めるのは無理そうだから諦める」

『了解しました』


 顔を覗き込むポンコツを、面倒臭そうに見て言った。


「相手の出方とあなた次第ってことよ」

「ポンコツ次第……」

『ハンターシャーク1、レーザー照射』

「流石はベテラン、賢いじゃない」


 スパルタンは右前方、およそ1000kmといったところだが、角度がある。 

 ステルスボットは強力だが、レーザーほどの強い光線を防ぎ切れるものではない。あくまで反射を使って位置を誤魔化すものだった。

 背後のロッドがレーザーを放てば、ステルスボットの雲は焼け、幻影を貫く様がスパルタンからも横から見える。そして『オルカ』船体に命中した際との反応の違いで、正確な位置も特定される。

 

『スパルタンこちらに向け回頭』

「この距離なら陽電子砲は必中……仕方ない、ステルスドローン回収」

『了解しました』


 雲状になったボットに掠れば、対消滅反応を起こす。ステルスドローンも壊れ、無駄にシールドのエネルギーを喰いかねないし、場合によってはそれで死ぬ。


『陽電子砲、来ます』


 ミノムシはその声と同時に左手上方へとスラスターを最大噴射。油断していたポンコツの首が傾くほどのGが掛かる。

 最大では光速の99%まで加速されて放たれるエネルギー。この距離では精々30%程度だろうが、どちらにしてもレーザー同様、見てから回避しては手遅れだった。唯一の救いはレーザーほどに雑には垂れ流せないこと。発射寸前の磁気変動など、ほんの僅かな予兆があり、それを正確に読み取れば回避も出来る。

 微細な星間物質を弾けさせながら、補正で色を付けられた閃光は目と鼻の先、一瞬前まで『オルカ』のあった場所を瞬時に貫いた。


 そして一拍遅れ、どこかのアステロイドに命中したのだろう。

 数千km先で、ここからはっきり見えるような閃光が撒き散らされる。陽電子砲はこの宇宙で最も強力と言える兵器の一つであった。


「死ぬならあれが一番ね。痛みもなく一瞬よ」


 ディスプレイに映し出された望遠カメラの閃光。口を開いたまま唖然と固まるポンコツを気にせず、リズベットは暢気に言った。


「ぜ、絶対嫌です……! リズ様とポンコツの冒険譚はこれから始まるんです! その最初の一歩であんなっ、あんな……っ!」

「勝手にわたしを参加させないで。一体何の冒険譚よ」

「この広大な宇宙を駆け回って色んな事件に遭遇したり新発見したり出会いと別れを繰り返したり、色々いーっぱいあるんです!」

「早速あなたと別れたいんだけど」

「駄目です! ポンコツはリズ様に『あなたは最高のパートナーね』って言ってもらうまで絶対死なないって決めてるんですから!」


 うるさい子ね、と耳元で騒ぐポンコツから距離を取る。


『スパルタン姿勢変更、合流するようです。マスター、先ほどの回避はいかがだったでしょうか?』

「中々良い回避だったんじゃない? あなたは最高のパートナーね」

『ありがとうございます』

「うぅ……っ!」

『死ぬ日は永遠に来ないかも知れませんね、ポンコツ』


 どこか楽しそうにミノムシは言った。



               □



 シャトルである『ハンターシャーク』や『オルカ』のコックピットとは違い、戦列駆逐艦『スパルタン』のコントロールブリッジは広々としていた。

 そこには十人の人間が座っており、交代要員や整備士に技師、雑用担当の人間も含め、この船全体で言えばおよそ八十人ほどが乗船している。

 宙賊にとって駆逐艦というものはある種の移動基地である。アステロイドやステーションの残骸に住み着く彼らにとっては第二の家。小さな宙賊であればこれ自体を本拠地として行動するものも少なくない。乗員の多さはそういう理由だった。


 大きな宙賊であれば一つのコロニーを形成し、その中で家族を作り子を育てることも少なくない。ディープ・ワンズもその内の一つで、子供がある程度の年齢になった場合、勉強の一環としてこうした船に乗せる場合も多かった。

 シャトル同士の小競り合いは良くあるが、駆逐艦同士の戦いは滅多にないし、駆逐艦とシャトルでやり合うような人間はそういない。あるとすれば宙賊同士の抗争くらいで、基本的には安全な場所だった。


「……移動の際にはせめてポッドくらい乗ってください。宇宙服一つで飛び移ってくるのを見る度こっちは冷や冷やするんですから」


 ブリッジに入って来た髭面の大男、ロッドを見て、副長席の男は告げる。痩せ身の穏やかそうな顔をした男――ダールトンであった。

 ロッドとは長い付き合いで、宙賊をやる前から側にいる。


 船を移動する際は速度を合わせて接続するのが基本であった。ポッドを射出し、トラクタービームで引き寄せることもあるが、それでさえ荒っぽいやり方。だというのに、ロッドは船を寄せるとワイヤーとスラスターを使って身一つで飛んで来た。艦の相対速度を合わせている最中にそれは半ば自殺行為である。


「そう言うな。どうだ、最新型の陽電子砲をぶっ放した気分は」

「まぁ悪くない気分ですね。避けられましたが」


 笑うロッドにダールトンは告げる。

 陽電子砲の弾となる陽電子は中々の値段がした。大口取引には陽電子バッテリーが通貨の代わりによく使われることもあり、クレジットを弾にしてばら撒いているようなもの。試射を除けば実戦での使用は初めてだった。

 駆逐艦を持てば宙賊の一グループとして認められるとはよく聞く話。その理由は何より、その運用に必要な陽電子バッテリーを安定入手出来る経済基盤の証明に他ならないからだった。それをあっさり射耗する陽電子砲搭載艦まで運用できれば、もはや誰も小物の宙賊などとは呼ばない。


 陽電子砲の発射というのはある種の特権であり、ステータス。

 相応の快感はあったが、冷静な頭で一発の値段を考えれば何とも言えない気分にもなった。三発も撃てばシャトルが買える。

 自分には向いていない、とダールトンは嘆息した。


「俺のいない間くらい艦長席に座ればいいだろうに」

「そこは兄貴の席ですからね」

「相も変わらず生真面目な野郎だ」


 ロッドは艦長席に座り、スラスターを吹かして鮮やかにレールガンを回避する『オルカ』を眺めた。


「あれがローガンとクロードを?」

「ああ、ついでに俺も実質的には沈められてる。こうして生きて喋ってるのはあの女神様のお慈悲ってやつだ。鮮やかな回避だっただろ?」

「ですね、ステルスが露見しても慌てた様子が微塵もなかった」


 レーザー照射を受けた瞬間、ステルス解除とドローン収納。発射タイミングに合わせた完璧な回避。動きに一切の無駄がなかった。

 紙一重で分かれる生死の境で当然のように。


「駆逐艦に追われて平然と飛んでる。兄貴の言うとおりのイカレた女です」

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