三章 運命のふたりなんだから

 朝陽あさひ夕顔ゆうがおは並んで町のなかを歩いていた。

 夕陽ゆうひの霊前への報告のため、霊園に向かう途中だった。

 「とにかく、無事に目覚めることができたことを両親と夕陽ゆうひに報告しないと……」

 三人ともすでに死んでいることは承知している。承知しているがしかし、とにかく、まずはそのことを報告しないとなにもはじめられない気がする。

 朝陽あさひがそう言うと夕顔ゆうがお自身も、

 「わたしも、夕陽ゆうひおばあちゃんに『朝陽あさひはわたしが責任もって預かるから』って報告しないといけないから」

 と、うなずいてくれたので、未来世界での第一日目は夕陽ゆうひの墓参りになったのだった。

 そうして、朝食を終えたあと、ふたりは並んで町のなかを歩きだした。夕陽ゆうひの眠る霊園目指して。

 ふたりとも手ぶらである。墓前に捧げる線香ひとつ、花束ひとつもっていない。

 「お花やお線香はいいんですか?」

 朝陽あさひ夕顔ゆうがおにそう尋ねたが、夕顔ゆうがおが言うには、そんなものはなにもいらないのだそうである。

 墓参りに行くのに花も線香ももっていかないなんて少々、奇妙な気がする。とはいえ、自分の時代でもすでに『花や線香はご遠慮ください』という風潮になっていた気がする。そこからさらに一〇〇年以上もたっていれば、そんな風習が廃れているのも当然かも知れない。

 いずれにしても、この世界のことはまだなにも知らないのだし、文句をつけても仕方がない。

 ――郷に入れば郷に従えよね。

 古くからの言い回しで自分を納得させた。それにしても――。

 自分の知る『都市』と、この『都市』のちがいには驚かされた。

 大地という大地がアスファルトで覆い尽くされ、家や鉄筋コンクリート製の建物がビッシリと隙間なく並び、せまい道の上を車やバイクがひっきりなしに通りすぎる……という、朝陽あさひのよく知る都市の風景はここにはない。

 大地はどこもかしこも生きいきとした健康的な土そのままであり、舗装などされていない。大地一面に草が生え、花が咲き、虫たちが飛んでいる。

 道の真ん中には様々な果樹が一定間隔で植えられている。リンゴ、カキ、クリ、ナシ、トチ……本当に様々な果樹がこれでもかとばかりに植えられている。

 季節はちょうど秋。果物シーズン真っ盛り。どの木も枝が折れんばかりに、たわわに実をつけており果物の甘い香りが空気を満たしている。

 思わず、果物の香りに酔ってしまい、頭がクラッとくるほどの濃密な果物の気配だった。

 そんな、草原とも、果樹園とも言える大地のなかにポツンポツンと家や建物が建っている。

 『隣との距離がありすぎて寂しい』と言うほどではないが、朝陽あさひの時代のようにビッシリと隙間なく並んでいる、と言うわけでもない。どの家も、どんな建物も、程よい距離感を置いて建てられている。

 そんな風景は朝陽あさひに、マンガのなかで見たスウェーデンの広々とした町並みを思い起こさせた。あるいは、地面が舗装されるようになる前の時代、中世の町並みを理想的に再現した世界と言うべきだろうか。

 草を踏み、花と果物の香りに包まれ、虫たちと共に歩いていると、なんだか『赤毛のアン』の冒頭、アンがマシューに連れられてグリーン・ゲーブルズへと向かう途中のことを思い出した。

 ――まあ、あたしはアンほどおしゃべりではないけどね。

 『赤毛のアン』を読んだのは小学四年のとき。マシューに連れられてグリーン・ゲーブルズへと向かう道すがら、アンが終始、しゃべりっぱなしなのを読んで、

 「これじゃ、マシューでなくても困るわよね」

 と、子供心に苦笑したものだ。

 だけど、朝陽あさひはアンではない。一一歳の無邪気な少女でもない。常識と良識とをわきまえた一六歳のレディーなのだ。所構わずおしゃべりして相手に迷惑をかけるわけにはいかない。

 ――それに、そばかすだらけのアンよりは、あたしのほうがかわいいはずだし。

 そう思う。多分。きっと。うん。まちがいなく。

 それに、ここ『目覚めの刻』はグリーン・ゲーブルズではない。いくら緑豊かで、牧歌的な雰囲気とはいっても、市の北側にはちゃんと高層ビルも建っている。そのビルは市庁舎であり、市役所や市会議場など、市としての機能が集中しているそうだ。当然、市長室も市庁舎のなかにあり、まだうら若い女子である市長が日々、市民のために職務に励んでいるという。

 「それはもう、すっごい人なんだから」

 と、夕顔ゆうがおはやたらと嬉しそうに市長のことを語ってみせたものである。

 「若いし、美人だし、かわいいし、セクシーだし、頭は良いし、性格も良いし、いつだって市と市民のために一所懸命だし、悪いところなんてひとつもないぐらい」

 やたらと勢いよく並べ立てられる絶賛の洪水に、思わず窒息しそうになったほどだ。

 ――こんな美人の夕顔ゆうがおさんがそこまで言うなんて、どんな人なんだろう?

 そう思い、ちょっと興味をひかれもした。

 ――きっと、言葉通りの素敵な人で、夕顔ゆうがおさんの『推し』なんだろうな。

 オタク気質の夕顔ゆうがおであれば、自分の推しのことを熱烈に語るのはむしろ、当然。納得も行くというものだ。

 そして、空を見ればそこにもまた驚きの風景。なんと、天使の姿の飛行船が群れをなして飛んでいる。

 「すごいですね」

 朝陽あさひは首が痛くなるほどに空を見上げながら、思わず呟いていた。

 「あたしの時代の都市とは全然ちがいます。なんで、こんな都市が作られたんですか?」

 たしかに、朝陽あさひはアンではない。アンではないがしかし、こうも自分の知る都市とちがう姿を見せつけられてはやはり、気になる。誕生のいきさつを知りたくもなる。

 「気候変動やら、戦争やらで、どんどん食べ物が手に入りにくくなっちゃって。値上がりがとまらない時代だったから。

 『これはもう、食糧生産を他人任せにはしてられない! 自分たちで作るしかない!』

 って言うことになったのよ。そこで、当時、広まりつつあった都市農業を徹底的に行うことにしたの。市内から車やバイクを追い出せば、舗装された道を自然の大地に戻せる。自然の大地に戻せば草を生やし、果樹を植えられる。そうすれば、食糧を生産できる。そういうことでね」

 夕顔ゆうがおはそう言いながら、近くにあるリンゴの木に手を伸ばした。手の届くところに実っているリンゴをふたつもぎ取ると、片方は自分の口に運び、もうひとつは朝陽あさひに手渡した。

 当たり前のようにリンゴをかじる夕顔ゆうがおの姿に、朝陽あさひはちょっと驚いた。

 「いいんですか、勝手に食べちゃって? これって、市が管理してるんじゃ……」

 「いいのよ」

 夕顔ゆうがおはリンゴの果汁に濡れた唇を拭いながら答えた。そんなワイルドな仕種も様になってしまうのがグラビアアイドル並の美貌の功徳というもの。

 ――とても敵わない。

 またも敗北感を感じる朝陽あさひであった。

 「下の実は市民のため、上の実は鳥のため。わざと残してあるんだから」

 「そういうものなんですか」

 市民だけではなく、鳥にまでタダで実を分け与えているとはなんとも太っ腹。朝陽あさひは感心しながら渡されたリンゴにかぶりついた。カリッ、と、爽快なほどの音を立てて果肉がはがれる。

 その食感と味に朝陽あさひは驚いた。これもまた、朝陽あさひの知るリンゴとは全然ちがう。果肉は固く締まっていて、果物と言うよりも木の実のよう。味は酸味が強くて甘味が少ない。一口食べて、びっくりして目を丸くしたほど。それぐらい、野性的な味わいだった。

 「公共の建物の屋上はぜんぶ、屋上菜園になっていて食糧生産しているし、ヒツジの放牧もしているわ。草刈りも兼ねてね」

 「草刈り?」

 「そう。草花が一面に生えているのは心地良いけど、放っておくと草ぼうぼうになっちゃうから。かと言って、いちいち人の手で刈り取っていると手間もお金もかかりすぎる。だから、ヒツジを放して食べてもらっているの」

 なるほど。言われてみれば、あちこちにふわふわの毛に包まれたヒツジたちが木につながれていて、のんびりと草をんでいる。タダで草刈りしてくれるうえに毛と、乳と、肉とを提供してくれるのだから、なんともありがたい存在であるにちがいない。

 尻には大きな『オムツ』もしていて、これは排泄物をまき散らさないためだという。これも納得の理由だった。おむつのなかの排泄物は一カ所に集められて一冬かけて乾燥させられ、燃料として使うのだという。

 また、市内の道路には併走する形で水路も作られている。この水路では魚介類が養殖されている。これらの水路は出火したさいに延焼を防ぐための防火壁のかわりでもあるそうだ。

 「天使の姿の飛行船はなんで?」

 「市内から車を追い出しちゃったから、他の輸送手段が必要になったの。車以外でドア・ツー・ドアの輸送ができるのは、小型飛行船しかなかったから必然的に飛行船が使われるようになったわけ」

 「なるほど。でも、それならなんで天使の姿をしているんです?」

 「わからない?」

 と、夕顔ゆうがおは立てた指先を注でクルクルまわしながら、茶目っ気たっぷりに微笑んで見せた。そんな仕種が本当に夕陽ゆうひにそっくり。

 「絵になるからよ」

 その答えに――。

 朝陽あさひは腹を抱えて笑いながら納得するしかなかった。


 ふたりは町外れの小さな林にやって来ていた。

 ここが『目覚めの刻』の霊園、死者を埋葬する墓地なのだという。

 「ここがお墓? 樹木葬って言うやつですか?」

 「ええ。そういうこと。子どもをもたずに亡くなる人が増えたから、お墓を維持できなくなっちゃってね。自然に任せることにしたの」

 「は、はあ、なるほど……」

 言われてみるとなかなかにシビアな理由。それでも、草が生え、花が咲き、木々が立ち並び、虫たちが舞い、鳥たちがさえずり、リスたちが木々の上を走り抜けるその風景はなんとも魅力的。足元は様々な草花で埋め尽くされ、花の香りが辺り一面に広がっている。なるほど。これならたしかに供えるための花も線香もいらないわけだ。

 やがて、ふたりは林のなかを歩いて『春日かすが家の木』とプレートの掛かった大きなリンゴの木の前に来た。

 「……ここが、春日かすが家のお墓。この木の下に夕陽ゆうひが眠っているんですね?」

 「ええ」

 と、茶目っ気たっぷりの美女である夕顔ゆうがおも、このときばかりは神妙な顔付きだった。

 「夕陽ゆうひおばあちゃんはこの木の下で眠っている。この木は夕陽ゆうひおばあちゃんの分身。死んで蘇ったその姿。いまもこうして、わたしたちのために実をつけてくれる。糧を与えてくれる。わたしたちはその実を食べて故人をしのぶのよ」

 「……素敵ですね」

 朝陽あさひは心からそう言った。そして、両手を合わせた。

 「……夕陽ゆうひ。ありがとう。あたしをまっていてくれて。あたしはちゃんと目覚めたよ。病気も治った。これから元気に暮らしていくから心配しないでね」

 朝陽あさひの隣では夕顔ゆうがおもまた、両手を合わせて夕陽ゆうひに告げている。

 「だいじょうぶよ、夕陽ゆうひおばあちゃん。朝陽あさひはあたしが一生、守る。必ず、幸せにしてみせるから」

 夕顔ゆうがおのその言葉に――。

 ――なんか、結婚報告に来た気分なんですけど。

 そう思い、頬を赤くして汗を流す朝陽あさひだった。

 朝陽あさひは手を放した。目を開けた。大きく伸びたリンゴの木を見上げた。

 「……夕陽ゆうひは、夕顔ゆうがおさんが子どもの頃にはまだ生きていたんですよね」

 「ええ。一〇年ぐらい前までね」

 「……一〇年。たった一〇年。一〇年早く目覚めていれば、夕陽ゆうひに会えたんですね」

 朝陽あさひのその言葉に、夕顔ゆうがおはその美しい顔をフルフルと左右に振った。

 「いいえ。夕陽ゆうひおばあちゃんは、あなたには会いたくないって言っていたわ」

 「会いたくない?」

 「ええ。自分はもうすっかりおばあちゃんになってしまった。こんな姿はお姉ちゃんに見られたくない。お姉ちゃんの思い出のなかで、いつまでもかわいい妹のままでいたいって。だから、写真なんかもなにも残さなかった。そして、『わたしのかわりに迎えてあげて』って、そう言い残して亡くなったのよ」

 「そう……なんですね」

 朝陽あさひはリンゴの木を見上げながら答えた。夕陽ゆうひの魂が宿った木、子孫のために糧となる実をつけてくれる木を。

 「……バカね、夕陽ゆうひ。いくつになったって、どんな姿になったって、あなたはあたしのかわいい妹よ。でも、そうね。安心して。あたしのなかであなたは永遠にあの頃のまま。一三歳のかわいい妹のままだから」

 「そう。だから……」

 夕顔ゆうがおがいきなり、抱きついてきた。たっぷりした胸のふくらみに全身が包まれる。

 「わたしが、夕陽ゆうひおばあちゃんの分まで愛してあげる」

 「ちょ、ちょっと、夕顔ゆうがおさん! いきなり抱きつかないで! 顔、近い、近いですって!」

 「いいじゃない。これぐらい」

 「外ですよ、人目があります!」

 「大丈夫だいじょうぶ。運命のふたりなんだから」

 「そういう問題じゃな~い!」

 静謐せいひつなるべき死者の眠る林のなかに――。

 朝陽あさひの絶叫が響いたのだった。

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