肉吸い沼 おばあの話
ハテナシ山には、男の精気を吸い取って生きとる『肉吸い』ちゅう、おとろしバケもんがおるんやして。
ほいてよ、その肉吸いは、髪の毛が長おて、どえらい別嬪な女の姿してんのやと。ほて、男の旅人ばっかし狙ろうて、後ろからぎゅうっと、抱きついて、肉やら何やら、最後は全部吸いとってしまうんやてよお。
関西のとある県境に沿う、果無山。その山奥の沼地に住むと伝えられている化け物の話を、雪子は幼い頃、おばあやんからよく聞かされていた。
なぜ、肉吸いは美女でなくてはいけなかったのか。なぜ、男の肉だけを喰うのか。そこに、胸騒ぎがしてならなかった。いや、肉を喰らうのではなく精気を吸うのだ。襲われた男は最後に腎虚になって沼地に引きずり込まれるという。ジンキョ、などという言葉を子供ながらに知ってしまったのは、おばあやんのせいである。
「ほやけど、おまんは、雪ちゅう字を名前に使うてもろてんのに、白雪どころか、泥塗たくったみたいに真っ黒けやの。ほいて、鼻もへちゃっとしてよお、体はごっついし、男を喰い殺すことも無いわえ」
おばあやんは、自身も同じようによく焼けた黒い肌で丸々と太っているのを棚に上げ、いつも雪子の容姿を貶める言葉でその物語を締め括るのだった。蜜柑が育つ土地に住む女は、皆肌の色が黒い。皮膚を貫くような強い太陽の光が、美味い果実を作るのだ。
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