第41話
創は職員室で問題を起こしたらしく1か月の謹慎処分となった。
後日、顔の腫れた朝倉を見て悟史は創が何をしたのか想像がついた。
放課後、部活に向かうため廊下を歩いていると、隣の教室から女子生徒たちの笑い声が響いてきた。
「マジ、大変だったんだよね。プリントすんの」
その声は、サッカー部のマネージャー内名だった。悟史はふと内名の言葉に耳を傾ける。
「根性すごすぎ。ウケる」
内名を囲む女子生徒たち数人がケラケラと笑っている。
「まぁね。だってスクープじゃん?みんなに知らせてあげないと!って思って」
「性格悪ー」
「でも自業自得でしょ」
鼻で笑いながら内名はそう吐き捨てる。
「確かにー」
「私は明るみに出してあげただけだしー」
悟史は察した。
倉賀芽衣子の話だ。
「さてと。もうそろそろ部活行くわ。マジだるいけど」
そう言って、内名がこちらに向かって歩いてくる足音が聞こえた。
「マネージャーとかだるそう」
「だるいけど、イケメン多いしね。ちやほやされに行くだけ。じゃーねー」
内名が教室から出てくると、悟史と鉢合わせた。ぎょっとする内名。
「悟史くん」
内名がオロオロと目を泳がせているのを、悟史は無言で見下ろした。
「聞いてたの?今の話」
そう問いかける内名に、悟史は無言でうなづいた。
「……なら、仕方ないか」
内名は観念したように笑みを浮かべると、唇に人差し指を当てた。
「黙っててね」
「……」
「悟史くん?」
「最低だな」
「え?」
悟史はとっさに手を振りかざす。
「きゃっ!」
内名が小さな悲鳴をあげ、顔を庇おうとする。
悟史の腕は振り下ろされる前に、突然何者かに掴まれた。
振り返るとそこには、分厚い眼鏡を光らせた市川がいた。
「サッカー部の次期エースが試合前に女子生徒殴ったら問題よ」
冷静に市川はそう言った。
悟史は我に返って、静かに腕を下ろす。
「市川さん……」
涙目で市川に感謝の目を向ける内名。
「内名さん」
市川が優しい笑顔を浮かべながら内名に歩み寄る。一瞬の沈黙の後、市川は大きく手を振りかざして内名の頬を引っ叩いた。中にいた女子生徒たちがざわざわと、内名に駆け寄ってくる。
悟史は唖然として市川を見つめた。市川はそんな悟史の様子を見てニヤリと笑った。
「私はエースじゃないから大丈夫」
目が覚める。今日で謹慎は終わりだ。
大きく伸びをして、肩を回す。
謹慎期間中は、ほとんど家にこもっていて中学時代の友人に誘われても断っていた。
なので身体が鈍ってしまっている。
金髪に染めた髪も根元がだいぶ黒くなってきていた。
のそのそと制服に袖を通す。
久しぶりに制服を着た気がする。
親はもう仕事に出ていて家にはいなかった。
棚にあったチョコレートを適当にひとつつまみ食いしてから、家を出る。
隣の倉賀家の方をチラリと見ると、荒れた庭が目に入った。ついこの間まで色とりどりに並んでいた花のほとんどが枯れていて、花壇には大きなシャベルが刺さっていた。
俺は気にすることなく、倉賀家の前を通り過ぎた。背後でシャベルがコトンと倒れるような音がした。
校門に剛田はいなかったので、難なく校門を通過することができた。
すれ違う生徒たちはチラチラと俺を見る。
一年三組の教室に着き扉を開けると、中にいたクラスメイトたちが一斉にお喋りをやめ、俺を見て静まり返った。
気にせず自分の席へと向かう。
席に着くと人影が2つ、俺の席に近づいてきた。
「よぉ、創。久しぶりだな」
弘の声だ。
「久しぶり」
俺は顔をあげずに素っ気なく答えた。
「……あ、あの映画見た?最近話題の」
「見てない」
「そ、そっか」
顔を見なくても、弘があわあわとしている様子が伝わってくる。
「……おい、創」
もう一つの影に声をかけられる。悟史だ。
「おはよう。元気だったか?」
「そこそこに」
「そうか。暇だったろ」
「まあ」
「何してたんだ?」
「別に何も」
「メッセージとか見てないか?」
「見てない。何か送った?」
「ああ、見てないなら別にいいんだ。大したことじゃないから」
「あっそう」
謹慎中、メッセージアプリはほとんど開かなかった。読むのも、返事を返すのも面倒だった。
「今日は朝倉先生、休みなんだってさ」
悟史は淡々と語りかけてくる。
「へぇ。なんで?」
「打ち合わせらしい」
「なんの?」
俺がそう問いかけた時、突然廊下から女子生徒の悲鳴が響いた。
教室にいた生徒たちが一斉に、何事かと廊下を覗く。
廊下を数人の生徒たちが逃げるように走っている。その足音を追うように、ガラスの割れる音が大きく響く。順番に教室の窓を割っているかのように、音がだんだんとこちらの教室まで近づいてくる。
「なんだ?」
悟史は警戒するように身を構えた。
「え!不審者?」
弘はサッと机の影に隠れる。
ガラスの割れる音は隣の教室までで止まった。
そして、隣の教室から悲鳴が響く。
どっと隣のクラスの生徒たちが廊下に溢れでてきて、こちらの教室に避難してくる。甲高い女子の悲鳴。机や椅子が倒される音。
悟史と弘が隣の教室を覗きにいった。
俺も、その少し後から覗きに行く。
隣の教室内は荒らされており、椅子や机が散乱している中央に黒髪セミロングの女子生徒がうつ伏せに寝転がされている。その女子生徒の背中を微笑みながら踏みつけているのはメイだった。メイは片手にはシャベルを持っており、そのシャベルで女子生徒の首筋を抑えつけている。
教室には他の生徒はいない。みんな廊下に避難しているようだ。
メイはいつもと変わらない笑顔でにっこりと野次馬たちに微笑むと、柔らかい声で語りかけた。
「はやく朝倉先生を呼んで。じゃないと、この子死んじゃうよ?」
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