第7話
体育館の外に放り出された俺たちは、ひとしきり笑いまくった。
そして、弘が俺の胸ぐらを掴む。
「ふざけんなよ創!」
「ごめん無理だった」
「やめろ弘。悪いのは創じゃない」
悟史が俺を庇う。そりゃそうだ。そもそもお前が気づいたのが悪い。
いや、それよりも元々の元凶は……。
「なんでだよ!なんで!……今日に限ってヅラの向き間違えてつけてんだよ教頭!」
弘が地面に突っ伏して嘆く。
そう、体育館の隅にいたのはヅラの方向を間違えてつけていたカッパ……あ、違う教頭先生だった。遠目で見ても明らかに向きが間違っている。
「月曜日だからな。きっと急いでて、ろくに鏡も見ずに家出てきたんだろ」
と、冷静に分析する悟史。
ひと目見れば、誰もが気づく違和感だ。
俺たちの他にも気づいていた者はきっといただろう。
「先生たちもさ!朝絶対会ってるだろ!集会の前に誰か指摘してやれよ!チクショウ!」
正論だよ、弘。でも、その正しさを実行できる人間はいなかったんだ。
「でも、俺たちは解放されたんだよ」
清々しい表情で悟史は言った。
「1番辛いのはまだ中にいて、これから教頭の異変に気づき、耐えなければならない人たちだ」
確かに。地獄だな。
「南無」
俺たち3人は体育館の扉に向かって合掌した。
すると、ざわざわと体育館内が騒がしくなるのが聞こえた。
「ん?なんか中が騒がしいな」
悟史が、扉の隙間に耳を当てる。
「ヅラ爆弾が爆発したか?」
俺がそう言うと、弘に頭を叩かれた。
「なんだヅラ爆弾って。新語を作るな」
「そのうち広辞苑にも載るぞ」
「載るわけないだろ」
俺と弘のやりとりを他所に悟史は扉の隙間から真剣に中の様子を覗いていた。
「なんか、誰か倒れたみたいだぞ?」
悟史の真剣なトーンに、俺たちは眉を顰めた。
全校集会で生徒が倒れるのは、稀にある。
寝起きの低血圧のまま、立ちっぱなしでつまらない話を聞き続けていれば意識を失いかけることもあるだろう。
「保健の先生が必死に声かけてる……」
悟史の言葉に俺たちは顔を見合わせて、扉の方へと寄った。
悟史と同じように扉の隙間を覗き、俺たち3人はまるで串団子のような体勢となった。
細い隙間からはよく見えないが、中では生徒たちがかなり動揺している様子だ。
そんなに酷い倒れ方でもしたんだろうか。
教師たちが、体育倉庫から担架を運んできているのが見える。
倒れているであろう人物に集っている生徒たちに剛田が道を開けるように叫んでいる。
生徒たちの壁でよく見えないが、倒れた人物は無事担架に乗せられたらしい。
剛田ともう1人体格のいい男教師が担架を持ち上げ、こちらへと進んでくる。
「おい、こっち来るぞ。道開けよう」
悟史に言われて俺たちがサッとドアの前から離れると、すぐドアが開いた。
中からは慌てた様子の養護教諭が出てきて、担架を運ぶ教師たちを誘導している。
担架が俺たちの前を通りすぎる瞬間、担架から白い手がぶらりと落ちた。そして垂れたふわふわと柔らかそうな長い髪が揺れる。
「……メイ?」
担架に乗せられたメイの姿を見て、俺は目を見開いた。
「メイ!」
「おい!どけ!」
とっさに駆け寄ろうとすると、担架を担ぐ剛田に怒鳴られた。
「メイ!メイ!」
「こら!邪魔をするな!」
剛田の制止の声は、耳に入らなかった。
俺は担架にしがみつく。メイは青白い顔で目を瞑っており、完全に意識がなかった。
頭が真っ白になる。
今まで見たことのないメイの姿。
「……メイ!なんで?どうしたんだよ!」
「落ち着け、創!」
弘の声に、俺はハッとした。
2人が俺の身体を担架から引き剥がした。
俺はその場に尻もちをつく。
教師たちが担架を運んでいくのを俺は呆然と見つめた。全身の血の気が引いていくのがわかる。
心臓が速く脈打つのを感じる。
頭痛がする。視界がぼやける。
気づけば俺は、その場に座り込んでいた。
「創、立てるか?」
悟史が落ち着いた様子で俺の顔を覗く。
そんな冷静な姿を見て、俺は少しだけ正気を取り戻す。
聴覚が戻ってくる。音が聞こえる。
体育館の中の生徒たちがざわざわと動揺している声。
生徒たちを落ち着かせようとする教師の声。
こちらに歩いてくる軽い足音。
「木之本、大丈夫か?」
低くて耳触りの良い声に、顔を上げる。
朝倉先生が心配そうに俺を見下ろしていた。
「朝倉先生。倉賀先輩なにかあったんですか?」
弘が朝倉先生に尋ねる。
「わからない。急に倒れたんだ」
眉間に皺を寄せ、朝倉先生は担架が運ばれていった方を見つめた。
「木之本、歩けるか?」
「……はい」
「もう集会は終わりだ。お前たちも教室に戻れ」
朝倉は俺たちにそう指示を出すと、また体育館へと戻っていった。
「創?大丈夫か?」
心配そうに弘が俺の顔を覗く。
「……ああ」
「大丈夫。倉賀先輩もきっと貧血か、何かだよ」
悟史がそう言いながら、俺の背中を叩く。
「……そうだよな」
少し取り乱してしまった。
2人がいてくれてよかったと心の底から思った。
弘と悟史に引き上げられるようにして、俺は立ち上がり、重い足取りで教室へと向かった。
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