第5話
「どうした!はじめぇ!」
「大丈夫か!泣くな、人生はまだ長いぞ!」
駆け寄ってきた弘と悟史が俺をガバッと包み込むように抱きしめてくれた。
これが友の温もりか。
俺は、1人じゃない。辛い時にこうして抱きしめてくれる友がいるなんて、なんて幸福なんだろう。
『ぴかぴっか!』と声がする方へ顔を向けると、空中に耳の長い黄色い生物がいた。
「お前たちも、いつもいつでも本気で生きてるんだな」
ぼんやりと黄色い生物に声をかける。
「ヤダ、この人空中に話かけてるよ!」
弘がわけのわからないことを言う。
「いいや、あいつには見えているんだ!……本気で生きてるポ○モンたちの姿が!」
と、悟史は真面目な顔をして言った。
「俺がポ○モンマスターだ!」
天井に向かって俺は叫んだ。
「そうだな!お前はポ○モンマスターだよ!」
弘は背中を叩いて励ましてくれる。
「いいや、名前的に俺がポ○モンマスターだ」
悟史がそれは譲れないと言ったように口を挟む。
「悟史!無駄なアイデンティティを発揮するな!」
弘が悟史を咎める。
俺たち三人の様子を見つめ、サッカー部員たちが「バカか、コイツら」と呟いたような気がするが、きっと幻聴だろう。
コンコンコン。
と、突然ノックの音がした。
俺たちはサッと鎮まる。
「ゲッ、まさか苦情か?」
部長がまずい、という顔をした。
サッカー部員の1人がドアを恐る恐る開けた。
ゆっくりと扉が開くと、ふわふわと揺れる長い髪がのぞき、ぴょこっと世界一可愛い顔が現れた。
「あっ、やっぱりここだ」
俺を見つけて嬉しそうに、天使のように微笑むメイ。その姿のなんちゅーかわゆしことか。
突然の天使の訪問に、俺は動揺した。
「メ……メメ……メェェエイ」
「ヤギかお前は」
弘に頭を軽く叩かれる。
「えへへ、ドリンクバー取りに来たら創ちゃんの歌声が聞こえたから、ちょっとだけ来てみたの」
と、言ってメイは手に持ったオレンジジュースを見せる。こんなオレンジジュースが似合う女の子他にいるだろうか?いや、いない。
「そそそそそそっか」
「どもりすぎだ」
今度は悟史に頭を叩かれる。
こいつら人の頭叩きすぎだろ。
「おい、創くん。あの噂のこと聞いてみなよ」
と、小声でサッカー部員の一人が俺に耳打ちをしてきた。
「え」
先輩の言葉に、俺は一気に変な汗をかいた。
「ん?噂って?」
メイは耳がいい。先輩が耳打ちした声が聞こえていたらしく、首をかしげている。
「いや、その……」
俺がたじたじしていると、メイは一歩寄ってきて俺の顔を覗き込んだ。見上げてくる顔も可愛すぎる。
「どうしたの?創ちゃん」
鍵盤の上で妖精が踊っているかのような音をしたメイの声。
「あ、えっと、あ……朝……」
聞くのか?本当に?
いや、ただの噂に決まっている。
メイと朝倉先生が付き合っているなんて。
そもそも教師が生徒に手を出していいわけがない。
もし本当に手を出していようものなら、俺が教育なんたら委員会みたいなところに訴えて、成敗してやる!
いくらメイが世界一可愛くても、朝倉先生もそんなリスクを背負うわけがない。
だからあんな噂は嘘だ。嘘に決まってる。
だけどもし、本当だったら?
教師と生徒、誰にも知られてはいけない禁断の大恋愛が俺の知らないところで本当に進行中だったら?
そうなったら、俺は……。
「行け!創!」
「あと少しだ!」
弘と悟史からの声援。俺の額と背中からはダラダラと汗が流れでてとまらない。
「あ……朝……」
「なぁに?」
まるでお姉さんが、小さな子どもの言葉を待つようにメイは優しく俺に微笑みを向ける。
その仕草の可愛らしさに俺の理性は飛んだ。
「朝、快便だった?」
俺の言葉にルームにいた男一同が一斉に凍った。
メイも一瞬、表情が固まった。
え、俺、今なんて言った?
自分の言葉が思い出せない。
できることなら、時を巻き戻したい!そして、やり直したい!
しばらくの沈黙の後、メイがケラケラと笑いだす。そして、唇に人差し指をあてると片目を閉じて一言。
「内緒」
「そ、そっかぁ。あははは」
誤魔化すように俺は笑った。
俺の人生史上で1番引き攣った笑顔だっただろう。
「じゃあ私、戻るね。バイバイ、創ちゃん」
笑顔で手を振って去っていくメイ。
「うん、バイバイ」
引き攣った笑顔のまま俺はロボットのようにカクカクと手を振った。
パタン、と扉が閉まると同時に
「ウワァァァアアァアアァア」
と叫ぶ。
「永遠のバイバイだな」
と、弘。
「やっちまったな」
と、悟史。
「すみません、先輩方。ちょっと川に身を投げる用事ができたので、お先失礼します」
俺は勢いよく九十度にお辞儀をすると、回れ右をしてドアの取手に手をかける。
「はやまるな創!」
弘が慌てて俺の足を掴んでくる。
「そうだよ!倉賀先輩も笑ってたし怒ってねぇよ!……たぶん」
悟史が俺の腕を掴む。
弘と悟史、そしてサッカー部員一同におさえつけられ、俺は床にぺしゃんと突っ伏した。
「うわぁぁあぁあん」
男たちに押さえつけられながら泣き叫ぶ俺の声は、カラオケボックスの店内中に響きわたったことだろう。
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