第17話 終わり良ければ
先日のドタバタが嘘のように静かな朝が俺を迎えた。
俺はまだ眠っていたい欲を押し殺しながら、ベットから這い出る。
「おはようございます、アルベルト様」
「ああ。おはよう」
フェリシアからタオルを受け取り、洗面台へ。顔を洗って、意識を覚醒させ――って。
「フェリシア、どこから入ってきた」
「普通に窓からです」
普通は窓から入らないんだが。
「諸々の後始末が終わったことを報告しに来ました」
「ご苦労。とりあえず簡潔に説明してくれ」
朝から詳細に説明されても覚え切る自信はない。
「承知致しました。まず、バードラ・ディブラですが、現在は学園の収容室に入れられているそうです」
「ほう」
「学園内での余罪の調査、という名目だそうです」
「学園の不祥事が外に漏れることを恐れたか」
「おそらく。実際に、リリス様をはじめとする関係者には口止めをしているそうなので」
そうなると、学園側は隠蔽することに舵を切った感じか。王族の誘拐だなんて、隠し切れるわけがない。……そこはどこかの腹黒王女が、何を企んでいるのか気になるところだ。
ちなみに、バードラ先生と戦った主人公チームは大怪我をした人はいなかったようだ。毎日保健室に行かなくていいと、ロイドが安心していた。
「続いて、バードラ・ディブラからの伝言です。『私が入学式の日に会った人物。それが私に情報を与えてきた人だよ。……これで、約束は守れたかな?』、と」
「『縁結び』の効力が薄くなっている。約束は守ったと認められたか」
名前を言え、にすればよかったか。
反省しつつ、考える。情報の提供者がサーシャだと考えていたが、どうやら違うらしい。だが、俺は入学式当日のバードラ先生の動きを知らない。
(地道に調べていくしかないか。一応、これでひと段落したわけだし、問題ないだろう)
「最後に――」
こんこんっとノックをされる。
思ったよりも時間が経っていたようで、そろそろ学園の食堂で昼を食べるために向かう時間だった。
「お兄様、一緒に行きませんか?」
「ああ。待っていろ。すぐに向かう」
俺は手早く準備を進めた。
制服を手に取った時、はたと気づいて動きを止める。
「フェリシア、少し席を外せ」
「いえ。お気になさらないでください」
「……目を閉じておけ」
「承知致しました」
支度を終え、俺は部屋の扉を開ける。
「あ、お兄さ……ぇ、フェリシアさん?」
「気にするな。ちょうどさっき用事があって呼んだだけだ」
扉の横に立っていたアメリアがまさか、という顔をしたので早めに否定しておく。こういうのは早い方がいい。
「では、学園に向かおうか」
「は、はいっ」
足を進めつつ、たわいのない話をする。大半はリリスの話で、二割ほどがセラフィとサーシャの話だが。
けれど、彼女は一度として先の騒動の話を出すことは無かった。
「アーメーリーアーちゃんっ!」
校舎の影が見え始めた頃、風のように現れたセラフィがアメリアに抱きついた。
「せ、セラフィさん!?」
「お、おはよう、ございます。アメリアさん、……アルベルト」
「サーシャさん!」
「よう。あんたらも元気そうでよかったよ」
「……エンブレッド様」
彼女たちとも随分と仲良くなったようだ。少しずつだが着実に、アメリアは良い方向に変わっていっている。
……ロイドに対してはずっと変わらないけど。
セラフィがアメリアに構い倒す姿を眺めながら、俺は歩くスピードを緩める。
「無事だったようだな。サーシャ」
「……おかげさまで。ま、私は悪いことはしてませんから」
「……そうだな」
「あと、もうちょっと高圧的に話せませんか? 解釈不一致なので」
知らないよ、そんなこと。
サーシャが今回の件で罪に問われることは無かった。
俺に濡れ衣を着せた件を俺が訴えるつもりはなかったし、バードラ先生も協力者について口を割ることはなかったらしい。
「とりあえずは、あなたのことは様子見します」
「そうしてくれ。目的は同じなのだから」
サーシャ――華村 瑞希の目的はアルベルトを破滅から逃がすことらしい。だから、命の危機がない程度に危険な目に合わせ、ここから逃げ出す方向に持っていきたかったようだ。
「……本当に破滅を回避できるんでしょうか」
「できるだろう。俺たちにはこれから起きることを知っているのだから」
「本当に?」
彼女が問いかける。
「原作とのシナリオは大きく変わってきています。シナリオを知っている。その事が、今度は逆に足を引っ張ることになるかもしれません」
「ああ……そうだな」
原作では、アルベルトはロイドたちと友達にはならず、アメリアとの仲も険悪なままだった。その結果、本来なら彼らは俺を助けようとはしない。
だが今は違う。少しずつシナリオが変わり、原作から――大きく逸れ始めている。
――本当にそれだけなのか?
嫌な考えが頭をよぎる。俺は、ぶるりと肩を震わせた。
「そうだな。……一層、気をつける」
俺はそう言うと、前を歩く彼らに追いつくべく足を早めた。
☆ □ ☆ □ ☆
暗くてジメジメとした光の届かない場所。
そんな誰も近寄らないところに、訪問者が現れた。その人物を見ると、牢屋に入っていた男は「ああ」と頬を綻ばせる。
「おやおや。まさかまさかのお客さんですね。……何か御用でも?」
人影は何も言わない。けれど、男――バードラは何かを察する。
「そのことですか。えぇえぇいいですよ。ちょうど暇していたところなんです。だから、少しだけ手伝ってあげましょう」
バードラの体がゆらりと揺れる。それと同時にガチャガチャと鎖が擦れる音がした。
「――『始まりの魔導書』が欲しいのですね?」
彼は言う。封印された魔導書を。
彼は知っている。それが、どれほどに危険なものかを。
物語は、元来のシナリオから大きく外れ加速し始めていた。
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