第15話 虎の尾を踏めば破滅なり



 ――王族というものは幼少の頃から厳しい教育を受けて育つ。

 政治学、経営学、経済学、帝王学、武術、魔法、マナー……例を挙げればキリがないが、その中には拷問に耐える訓練も含まれる。


「ひっぐ、えっく……うぅ」


 少女が泣き出した。

 精神に限界が来たのだ。息の詰まる日々。外で遊びたい。そんなささやかな願いすら聞き届けられず、勉強を強制される。


「何を泣いているのですか、しっかりしてください。貴女様は国を背負う御人なのですよ?」


 教師が優しい言葉を投げかけるなんてことはない。王族だからといって、いや、王族だからこそ、厳しく指導する。


「あと十秒で泣き止まないのでしたら、懲罰房に入ってもらいますからね」


「いやぁ……」


 

 泣くことはそんなに悪いことなのか。耐えられないと訴えるのは、辛いと叫ぶのは悪いことなのか。きっと、国民の方々に聞けば「そんなことはない」と言うだろう。


 ――でも、ここでは悪なのだ。

 人の心に聡くあっても、感情に支配されてはならない。ずっと教えられてきたことだ。そう在れと、言われ続けた。


 王族は人に非ず。


 国のために利益を追求し、守護するだけの象徴であれ。


 心を殺して、自分では無い何かのために生き続ける人生。それが、私たちだ。


 教師がこちらを見る。そして、こう言うのだ。


「リリス様を見てください! 泣き言にひとつ、顔色ひとつ変えずに勉学に励んでいるではないですか!」



 ――ああ、なんてつまらないんだろう。




 ☆ □ ☆ □ ☆




 ――夢ですか。


 目を覚ますと、私は暗い牢の中にいた。そこに驚きは無い。だって私がここに来て二日になるのだから。


 傷だらけのお腹や腕が目に入って嘆息する。いつまで、こうしていればいいのか。


「おはようございます。リリスさん。今日は良い天気ですよ」


「あら。外に連れて行ってくださるのですか?」


「申し訳ないですが、それは無理です。私にはあなたが必要ですから」


 元から期待していなかったことだ。断られても、心はぴくりとも動かない。


「……国中の人間が魔法を使えるようにするため、ですか?」


「その通り。ああ、楽しみです。ああ、心が沸き立ちます。あと少しで、あと少しで私の楽園が出来上がるのですから!」


「そんなことが本当にできると考えているのですか?」


「もちろんです! あなたのスキルと、ロイドくんの祝福を掛け合わせれば必ずっ」


「ロイド・エンブレッド。私には彼の力がよくわかっていないのですが、それほどまでに強力な祝福なのですか?」


 私の質問に、彼は生き生きと目を輝かせる。分かりやすい。子供が好きな玩具を自慢する顔だ。


「強力、というよりも特異なのですよ。リリスさんはなぜ、貴族だけが魔法を使えるのかはご存知ですか?」


「……魔法を使うには、自身の体内にある魔力しか使えないからです。だから、魔法を使うほどの魔力を持たない平民の血筋からは魔法を扱える個体が現れない」


「その通り。魔法は才能が九割だと呼ばれる理由ですね。では、なぜロイドくんは魔法を使えるのでしょうか?」


「彼の母か父のどちらかが貴族。……あるいは、祝福の力」


「その通り。彼の祝福は特異でして、大気中の魔力を自分のものとして扱えるのです」


「……確かに特異ですね。ですが、その祝福をどうすれば貴方の夢を叶えられるのですか?」


「それは簡単なことです。彼の祝福を国中の人間が扱えるようになればいい!」


 バードラは恍惚とした表情をしていて、狂気すら感じる。


「祝福は一人にひとつ。バードラ先生はそんな常識すら知らないのですか?」


「リリスさん、どうしてどうして知らないふりをするのですか?」


「……何のことかわかりませんね」


「あるでしょう? 他者の祝福を得る方法。魔力を得る方法と同様に」


「……平民であったはずの貴方が、この学園の教師となれたのはそれが理由ですか」


「そうですねぇ。そうですよぉ。それだけではないですが」


 魔力も祝福も同様に肉体に宿る。つまり、他者の肉体を取り込めばその魔力や祝福を一部得ることができる。


「……だから、私の祝福が必要だと」


「えぇ、えぇ。ロイドくんの肉体はひとつしかありませんから。皆さんに分けるには足りない」


「おぞましい」


「その言葉はもう少し表情を変えて言うと良いですよ」


 先生ぶって、私にそう助言してくれる。

 人間扱いをしないくせに、人間らしさを指摘してくるなんてとんだ笑い話だ。


「表情を変えることで、相手が自分を理解してくれるようになりますよ。自己開示こそ、相互理解の要ですから」


「先生のようなことを言うのですね」


「聖職者ですよ、これでも。なんだかアルベルトくんと話をしたことを思い出しますね。……ああ、そうだ。彼のことを忘れていました。大丈夫でしょうか」


「アベル様……?」


 私の心に小さな波が出来た。それを私が自覚するよりも早く、バードラは私に伝える。


「――えぇ、えぇ。数日前にアルベルトくんを捕まえたのですよ。牢屋に入れて放置してしまっていますから、無事でしょうか」


「…………っ」


「……そうですよ、それでいいのです。今、私はあなたが怒っていることがわかります。あぁ、また生徒のことをひとつ理解出来ました」


「……彼に、何をしたのですか?」


「直接危害は加えていませんよ。聖職者ですから、生徒を極力傷つけたくないのです。ですがですが、誰もいない、誰も来ない場所に閉じ込めたので放置された今はどうなっているのかまではわかりませんね」


 最初は、ただ胸が少し熱くなる程度だった。

 けれど、それはすぐに広がり、喉を焼き、胃の中を煮え立たせる。

 

 何を言っているのでしょうか? アベル様を捕らえて、放置? ……どうして。


 そう考えた瞬間、全身に鳥肌が立つほどの怒りが湧き上がった。

 

 ――ああそうか。私は、今、怒っているのだ。

 

 気持ちが悪い。バードラの笑顔も、声も、存在そのものが、耐え難いほどに不快だ。


「もしや、彼が助けに来てくれると期待していたのですか?」


「……いいえ、そんなことは無いですよ」


 どす黒い感情が押し寄せてくるのがわかる。らしくない。自分が痛めつけられても、バードラの非道な計画を知っても揺らぐことのなかったのに。


「アベル様は、私を助けには来ないと言っていましたから」


「……それは、どういう」


 ドンッと大きな音がする。壁が破壊されたのだ。人がふたりは通れそうなほどに大きな穴が空いていた。

 

 穴の奥には、見覚えのある顔とあまり見たことの無い顔が並んでいる。ここまで来るのに苦労したのだろう、服は所々破れていて、切り傷が至るところにあるのが見えた。


 だけど、それを微塵も感じさせない声で彼らは言う。


「――センセ、王子様の代理でお姫様を助けに来たぜ」 


「リリスちゃん! 大丈夫!?」


「……なぜ、あなたたちがここに!?」


 初めて、バードラ先生の表情に焦りが見える。

 それを見て少しだけ気分が良くなった。



「『迷宮の夢ラビリンス・ノクターナ』」


 空間が捻れる。世界が歪む。ここにルールが新たに加わった。

 

 私の祝福は空間に規則を付与させる能力。

 この空間から何人たりとも逃げられない、という規則を今、付与した。


「り、リリスちゃん?」


 アメリアたちが私の顔を見て驚いた表情をしている。多分、これまで一度としてなかったほどに酷い顔をしているのでしょう。


「どうやら私は怒っているようです。ですので、手加減とか出来ません。ご了承くださいね」


 ――私のモノに手を出した貴方を許しません。

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