第9話 破滅キャンセルはゴリ押しで
「――そこまでだ」
俺の声が嫌に響く。
一触即発だった両者は弾かれたようにこちらを見た。
「アルベルト・ヴォルフシュタイン……っ!?」
赤毛の貴族が顔を強ばらせる。
「な、なんで貴方がっ!?」
「ここは今日から俺の学び舎でもある。居ない道理こそない。……で、この状況は一体なんだ」
意識を失っている一人を除いた貴族の二人は、俺の登場により萎縮している。ロイドだけが俺に対してもギラギラとした目で睨んできていた。
「そ、それは……こいつが、いきなり殴りかかってきたんです!」
「はあっ!? 何嘘ついて――」
「暫しの間、黙れ。ロイド・エンブレッド」
余裕が無いせいか、少し威圧的な口調になってしまった。
だが、仕方ないだろう。この場を何とかしなければロイドが退学して、世界が滅ぶのだから。
「メヴィス・ベネジェクト、もう一度だけ聞く。この状況は一体なんだ」
「だ、だからそれは――」
「言葉を選べ。次で貴様の処遇が決まる」
「……ちょっとバカにしたら、そいつがキレて殴りかかってきたんだよ」
「本当にそれだけか? ロイド・エンブレッドは随分と傷だらけだが」
「…………俺らも、そいつを少し蹴った」
バレないようにそっと息を吐く。
家の力を使って強引に揉み消すしかないかと思ったが、この言葉を引き出せたのならばどうにかる。
「三対一。結果はどうあれ、貴様らの行いは貴族として恥ずべき行為だ。これが知れ渡れば不祥事となり、下手をすれば退学も有り得る」
「はあ!? 平民だけ退学にすればいい話では――」
「入学した以上、学園の中においては貴族と平民であろうが対等な立場だ。ならば、ロイド・エンブレッドのみを退学にするのはおかしな話ではないか?」
「平民と対等だなんて、そんなもんは建前で……っ」
メヴィスは言いかけた言葉を止め、奥歯を噛み締めて押黙る。
貴族と平民が対等。そんな建前は幻想であることは知っている。だが、俺が言っている以上はそう簡単に否定出来ないのだ。
「
「ぐっ……!」
「貴族であることを誇りに持つことはいい。だが、貴族であることの本質を見失うな。民草を侮り、自身は特別だと驕りを捨てれぬのなら、――今にも破滅するぞ」
すべてのルートで破滅するキャラだからか、この言葉には非常に重みがあった気がする。
「わかり……ました」
男子二人は渋々であったが頷いた。
これで改心したとは思えないが、今回のことを吹聴する真似はしないだろう。
そして、
「――おい待て。オレは何も納得してねぇ」
第二ラウンド開始だ。
「貴様が黙っていれば退学、いや、問題となること自体が防げる。それの何が不満だ?」
「何が不満だぁ? 頭っから爪先まで全部だよ!
あんたらは家だの体面だの気にすることが色々あるようだが、オレには何もねぇ。貴族サマを引き摺り下ろせるんなら、オレは喜んで退学になってやるよ!」
失うものが何も無い、無敵の人。ロイドに家の権力が通用しないのは原作から知っている。だから、別の方向からやるしかない。
「安いな」
「――は?」
「同じ学園に通っても、所詮はその日暮らしの平民に育てられた子だな、と思ってな」
「なんだと!? オレを育ててくれた人をバカにしてんじゃねぇぞ!」
「バカになどしていない。貴様を見て、そう思っただけだ。そして、これから学園の誰もがそう思う。平民は自分のことしか考えられない、無知で愚かなバカなのだと」
頭に血が上ったロイドが俺に掴みかかる。だが、逆に俺は彼の手首を掴み返して関節をキメた。
「いてぇ!」
「貴様の他にも平民がこの学園にいるが、彼らは一度も問題を起こしていない。それはなぜだと思う?」
「離せよ……いてぇんだよっ」
「弱いからか? 臆病だからか? ――どれも違う」
ロイドはいずれ、俺なんか敵じゃないぐらいに強くなる。しかし、それは未来の話。今は魔法を除けば、俺の方が圧倒的に強い。
暴れるロイドを俺は汗ひとつかかずに抑え続ける。
「彼らは知っているからだ。自らの行い一つで、貴族が自分たち平民をどのように見るのかが変わることを。……貴様、先ほど失うものは何も無いと言ったな?」
「――っ」
「そうだろう。貴様は今、問題を起こして退学になっても何も失わない。だが、何かを失うのは貴様だけでは無い。
失うのは、これまで理不尽に耐え、平民の偏見を少しでもなくそうと尽力してきた先達の努力。そして、少しずつ積み上げられていたはずの信頼だ」
ロイドからはもう悲鳴は聞こえなかった。俺はもう大丈夫だと考え、力を緩める。
「だから安いと言ったのだ。今日明日の自分のことしか考えられない、貴様のプライドは」
「…………わかった。わかったよ。だから離せ」
言われた通りに離すと、ロイドは肩をぐるぐる回しながら立ち上がった。
「オレも何も言わねぇよ。何も無かった。それでいいんだろ?」
「ああ、問題ない。これで何も無いことになったのだから」
「小難しいように言うんじゃねぇよ」
ロイドは吐き捨てるようにそう言った。
今言ったことは、そのほとんどがこのイベントでリリスが言うはずだったセリフだが、どうやら俺でも心に響いたようだ。
「ロイド・エンブレッド。ひとつ助言してやる」
「まだ何かあるのかよ?」
「貴族に自分の強さを、平民の強さを示したいのならまずは試験で上位に入ることを目指せ」
俺がそう言うと、ロイドはへぇと目を丸くした。
「オレ、そんなことまで言った覚えないぞ」
「このぐらいなら見ていればわかる」
正確には(原作を)見ていればわかる、だがな。
「かなわねぇなぁ」
そうボヤくと、ロイドは手を差し出してきた。
「オレはロイド・エンブレッド。あんたは?」
どうやら、主人公からの好感度が上がったようだった。
俺はふっと笑みを零して、土だらけの手を取る。
「俺はアルベルト・ヴォル――」
「うおりゃああぁぁぁ!!」
ダッダッダと遠くから足音が聞こえてきた。足音の主を確かめようと、振り返る。
――瞬間、ぐるんと視界が回った。遅れて、全身に衝撃が走る。地面に叩きつけられたのだと、遅れて理解した。
「大丈夫っ!? ロイくん!」
(こいつが現れるのかよ……っ)
ハキハキとした声に、チャームポイントの八重歯。色々とグラマラスなナイスボディ。
俺は彼女を知っている。
――彼女の名前はセラフィ・ヴェント。マギアカのヒロインの一人だ。
「ロイくんはアタシが守ってみせるよ!」
快活な声と、俺の顔付近を挟む太腿を堪能しながら、俺はどう説明してやろうかとそっと息を吐くのだった。
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