第4話

「カナさん、話があるんだ」


 いきなり話を切り出してしまったが、カナさんは何を言うでもなく話を受け入れる態勢を整える。こちらを見つめている深淵を思わせる深い青色の瞳は、何を想っているのだろう。


 重厚な車体で街の喧騒から区切られたこの空間はとても静かだ。それに加え運転の技術も高いのだろう、揺れなども少なく不快感が無い。だが、その快適さがより静寂を強調する。


 数秒とも、数分とも、感じ取れる時間。


 にらめっこを終わらせたのは、不敵な笑みを浮かべカナさんだった。


「よろしくてよ。今お話したいのは山々ですけど、もう学校についてしまう頃合いですの。落ち着いて話すなら…、そうですわね。今日のお昼の時間はいかがでしょう。それでは、展望室でお待ちしておりますわ」


 そう言い終えて、すくっと立ち上がるカナさん。と、同時に車のドアが開かれる。どうやら気付かぬうちに学校の敷地内のようで、すでに停車していたようだ。ドアの外で黒部さんが待機しているのが目に入る。


 俺も降りないと、そう思い鞄を寄せたところで、目の前を過ぎるカナさんがぽつりとひとつ。


「慶の願いを100パーセント叶えることはできませんが、尽力いたしますわ」


 そんな言葉と柑橘系の香りを残し、1人先に降りていくカナさん。


 ま、まだ、何も話していないのに。こちらの主張をすべてくみ取ったかの発言に呆気にとられる。さて、主の居ない車に用は無いので、俺もさっさと降りることにしよう。


「カナさん、ちょっと待って。一緒に行こう」


 急いで追いかける。黒部さんと一緒に待っている姿は、ただそこにいるだけの立ち姿であるが絵画そのものであった。おぉ、ヴィーナス。彼女の超能力じみた才は、これまでの付き合いでいろいろと体験してきたと思った。しかし、まだまだカナさんの理解度が足りないようだ。カナさん検定たるものがあれば、不合格かもね。…リュートさんですら、合格できなそうだけど。


 学年が違えば棟や階数が変わるのは、どこの学校も同じであろう。階段でカナさんたちと別れる。にしても、カナさんが聞き出し上手なのか、俺がちょろいのか。先日のバイトのことや姉さんのこと、その他俺に関する話ネタを搾り取られた気がする。校庭から別れ際までの短い間で。


 少々疲労感もありながら、それでも笑顔を忘れずに教室に入る。教室に入るやいなや、皆の衆がそろって挨拶をしてきてくれる。いつも通りの光景だ。


「福見くん。おはよー」

「今日はちょっと大人な感じ!」

「うー、ふくみんに彼氏取られちゃうよー」


 あぁ、今日も俺の可愛さで阿鼻叫喚図を描いてしまったか…。

 なんと罪深い、俺。


「みんな、おはよう」


 もちろん、笑顔で返答。

 昨日の夜、そして今日の朝。普段とは違うことがあった非日常感に、少し高揚感を覚えていた。なのだが、そんなちょっとした特別も、あっけなく日常に溶けていく。


 昨日、公園でタケにぃと会ったことなんて誰も知らない。姉さんと言い合いになったことなんて母さんくらいしか知らない。カナさんと登校したことはみんな知っているだろうが、車内での会話なんて誰もわからない。


 だから俺はこの復讐心を忘れないように、ありふれた日常に混ざて、捏ねて、自分に塗っていく。心までメイクしていく。わざわざ表に出して不要な不和を出す必要はない。


 ただ、日常と非日常が混ざり合った昨日今日でひとつ、願望だったことがただの妄想で無いことがわかった。タケにぃのことで姉さんが動揺してくれたんだ。それは、姉さんの心にもタケにぃが生きていたことの証明だろう?


 タケにぃからは、高校時代のことを聞いた。許せなかった。憎かった。苦しかった。恨んだ。そこに姉さんがどれだけ関与しているかもわからないのが、より深く俺の心に突き刺さった。


 俺の大好きな人が、俺の大好きな人をないがしろにしている。こんなに悔しいことはあるだろうか。


 だけど、俺がただ突っ走っても何にもならない。タケにぃの症状を和らげたいことが原動力ではあるが、姉さんに対する疑念を晴らしたい気持ちももちろんある。


 俺の大好きな人が、俺の大好きな人を大切に思ってくれている。こんなに嬉しいことはあるだろうか。


 願わくば、姉さんのチカラを借りて過去のいじめっ子たちに復讐をしたいところだ。姉さんは嫌がりそうだけど。



 …。



 午前中の授業を終え、展望室へと向かう。


 学校敷地内には、学食や購買、部室、シャワー室などが集約されている棟がある。その最上階が展望室と呼ばれている。


 周囲の建物よりも少し高いこの棟は、お弁当や学食のメニューを引っさげて、景色を楽しみながら昼をたしなむことも可能だ。景色と言っても街並みの一角を眺めることができる程度で、一望できるとか、絶景だとか特別なものではないが…。そも、購買や学食には普通にイートインスペースがあるので、わざわざ展望室までくる人も気分転換にちらほらくるほどだ。


 そんな展望室ではあるが、区切られた完全個室なスペースもある。あらかじめ、棟の管理室に使用する旨を伝えて開放されるその部屋は密談にはもってこいだ。カナさんがわざわざ展望室を指定するのだから、実質予約制なその部屋を利用するのだろう。


 最上階に到達し、踊り場から展望室に入室。ざっと見渡すがカナさんの姿はない。少し進み個室スペースが確認できる位置までくると、扉の前で微動だにせず立っている黒部さんを確認できた。


「黒部さん、お待たせしました」

「お待ちしておりました、慶様。お嬢様はすでにおりますので、このまま中にご案内いたします」


 ほぼ時間通りに授業が終わって、急ぎ気味にここに向かった。なのに、それよりも早く準備を済ませているってどういうこと?


「黒部さん、この準備のために授業を早抜けとかしてないですよね」

「……すでに準備ができておりますのでご案内いたします」


 …否定しておくれよ。


 目を逸らし気味に、予想通りに個室の中へ誘導してくれる黒部さん。相変わらずロボットのような精密な動きだ。態度以外は完璧にエスコートしてくれる。ちっとも目を合わせてくれやしない。


 個室スペースへ入室すると、黒部さんの言通りにカナさんが待っていた。流れるようにカップに口を付けるその様は、芸術品のような完成度を誇っていた。今日のファッションは登校で目に焼き付いているが、優雅にたたずむ所作まで含むとまるで芸術作品だ。憂いさえ感じるその眼は、外界を見下ろして何を思うのか。俗世から切り取られたこの空間において、その存在感は圧倒的に世界の中心そのものであった。俗世でも中心のような振る舞いをよく見るけど…。


 感動かもしれない、畏怖かもしれない。彼女のその存在感に立ちすくむことは何度か経験がある。嘘や姑息ではなく、実感させられる格の違い。学校でのわざとらしい貴族令嬢のロールプレイが、この垣間見える一瞬の格を覆い隠している気がするんだけどね…。


「あら。来たのね、慶。そちらにお座りあそばせ」


 こちらの存在に気付いたカナさんは、流し目で目の前の空き椅子に座るよう指示をしてきた。それに従い、対面するように着座する。


「さっそく本題、と言うのもいいのですが、せっかくですので先にお昼をいただきましょう。よろしくて?」


 頷き肯定の意を示すと、カナさんは手を鳴らした。

 程なくして、黒部さんやほか執事風の方々が入室してくる。そして、恐ろしく素早い手際で目の前のテーブルに、クロス、カトラリー、ナプキンなどが配置されていく。


 お昼で日差しを良く取り込んでいる展望室だったが、透けるほどの薄い暗幕をかけられてせっかくの日光は仄暗くなるくらいにカットされてしまった。


 仕上げにキャンドルを灯し、ムードも満点だ。


「カナさん、もしかしてなんだけど…。これからコース料理が始まったり…」

「えぇ、そのまさかですわ」


 前菜の白身魚のカルパッチョとサラダが運ばれてくる。

 いろどりもよくシンプルな料理ではあるが、その盛り付けから食べる前にすでに目で食事が楽しめる。


「さて、コース料理の前菜。物語で言えばプロローグですわね。そして、エピローグでは慶さんからのお話が待っている。とても、有意義な昼食になりますわ」

「はは…、これなら僕もドレスコードすれば良かったですかね」

「お気になさらず。慶は存在自体がフォーマルですわ」

「ごめん、ちょっと良くわからない」


 スープには、コーンポタージュが運ばれてきた。

 今日は気温も高い方だったためか、冷製スープとなっていた。温かいスープであるイメージが強いコーンポタージュだったが、冷たいゆえかもったりした感覚はなくスルスルと飲むことができた。


「それにしても、カナさんずいぶんと気合が入っているね」

「ふふん、当り前ですわ。今日は門出とも言える記念日になるのですから」


 今朝と比べて崩れたメイクを直した、というよりはフォーマルな印象に変えたようだ。そして、この空間の演出も甘いムードと言うよりは律した場のそれになっている。


 そう思い指摘したのだが、何故かカナさんが期待した目をこちらに向けている。喜ばれるようなサプライズを仕掛けるつもりは無いのだが…。カナさんの誕生日は今時期でも無いし、何か俺が見落としていることでもあるのだろうか。


「わたくしも一応はお嬢様ですので、いつか身を固めるだろうと思っていたのですが…。こんなに早くその機が来るとは思わなかったですわ」

「身を固める?あぁ、なるほど。それは確かに門出ですね」


 なんだ。俺が改まって話の場を頼まなくても、カナさんが近いうちに用意してくれたかもしれないな。つまりは、婚約者ができたから俺との恋人関係を解消したいってことだろう。だから、フォーマルな場を整えたのだ。


「カナさん、おめでとうございます」

「え?あぁ、ありがとう?」


 立派な祝辞は今ここでは思い浮かばないが、せめても笑顔で祝おう。政略結婚のようなものかもしれないが、それでもカナさんには幸せな道を歩んでもらいたい気持ちは本物だ。

 だが、何やらキョトンとした顔を返された。


 あまり晒すことのないカナさんのキョトン顔を珍しく思っていると、メインの料理である牛肉のワイン煮込みが運ばれてきた。

 ナイフを立てた時から感じていた柔らかさは、口に入れた途端にホロホロと崩れることでそれが証明された。ソースも薄っすらと感じるトマトの酸味と煮込んだワインのコクが、肉汁との融合を果たし何分でも口の中に入れておきたいほどの味わいとなっている。


「でも、慶からお祝いの言葉が飛び出してくるなんて不思議な感覚ですわ」

「ん、そんなに不思議ですか?僕だってお祝いくらい素直に口に出しますよ?」


 んー、確かに。普通は恋人関係にある者に婚約者ができたら、それは物語ならひとつのエピソードになるくらいの事件だろう。


 だが、それは愛し合っている者同士の恋人関係なのであって、我らが関係はビジネスパートナーのようなものだ。相手に婚約者ができれば、この関係は解消になるだろう。それは同時に、相手により良い商機パートナーができたということだ。そこに、色恋嫉妬云々を持ち出すようなことはなかろうて。


 それにしてもこのワイン煮、美味しいな。後でレシピ聞こう。


「あら?真剣な表情で話があるとのことですので、てっきり慶からプロポーズされるかと思ったのですけれど?」


 口に入れていたものを吐き出しそうになる。


「な、なに言ってるんですか!」

「ふふん、ですからこんなにムードをマシマシに演出したのですわ。ムードマシマシプロポーズマシマシお肉料理コースですわ」

「ラーメンか!だいたい、プロポーズするにも早いでしょう!」


 思わず大きな声でツッコんでしまった。せっかくのメインの味もどこかに飛んで行ってしまった。


 興に乗って胸を張るカナさんは、そのままニヤリといやらしい笑みを魅せる。

 まるで闘技場の観戦よろしく、俺の慌てた様子を楽しんでいる。高貴な遊びだな。


「緊張は解けまして?」

「カナ、さん?」


 途端、人を包み込むような柔和な笑顔に変わったカナさん。


「昨日の別れ際までは普段通りの慶だと思いますの。今朝からですわね、何やらと思い悩んでいる様子だったのは。少しほぐそうと思った次第ですわ」

「はは、カナさんなりの冗談だったんだね。ありがとう、少し気持ちが楽になったよ」

「ふふん、なら良かったのですわ。せっかく仕込んだラーメンジョークが不発になったら悲しいですものね。さて、ではそろそろ本題へ」


 カナさんなりの場の和ましだろう。気持ちが楽になったのは本当だ。


 朝の俺の雰囲気をくみ取ってくれて、ここまで場を用意してもらって、そのうえで話しやすいようにリードしてくれる。例えお嬢様で財力があるとしても、それだけでは成し得ないだろう。カナさんはすごい。本当にすごい。彼女を傑物と思っている。

 だから、俺の身勝手な自爆行為に付き合わせちゃいけないんだ。


 メインを食べ終え、コースであれば次はデザートと言うタイミング。

 そして、話を切り出すのにもちょうど良いタイミング。


「はい、話します」

「えぇ、かまいませんことよ」


 お互いに真剣な表情となる。俺はカナさんの綺麗な深い青色の瞳を、まるで睨むかのように見つめる。


 心の緊張は砕けたが、場の緊張感が少し高まった。でも、これは心地よい緊張感だ。


 話す決意を固める。いざ、


「カナさん、僕と――」

「――ただし、先に言っておきますが答えはノーです。ですが、釈明くらいは聞いてあげてもよろしくてよ」


 へ?カットイン入ったぞ?

 というか釈明って、何か俺が悪いことをしたみたいじゃないか…。


「僕のセリフを遮ったみたいだけど…」

「慶の言いたいことはわかっていますの。だからこそ、わたくし怒っていますわ。えぇ、たっぷりと。ですが、人は誰しも常に完璧に正確に正しい道を引き当てることはできません。そこは理解しておりますわ。わたくしが期待を寄せている慶もまたしかり」


 またもや食い気味に応えてくるカナさん。目を閉じ眉間にしわをよせて、人差し指を宙に円を描くようにくるくると回している。彼女が何やら考えている時の癖だ。


 赤子に言い聞かすように、ゆっくりと自分が怒っていると表明している。まるで俺が駄々を捏ねているようにも思えてくる。


「いろいろと思案しているようですが、わたくしとの恋人関係を解消しようと考えているようで。わたくしが許すとお思いで?あなたが慶でなければ島流しですわ。ですから、慶。あなたが行うのは、釈明です」


 タケにぃをひどい目にあわせた者に対する復讐をしたい。それが今もっともモチベーションが高い人生の目標、いや目的だ。使命とまで言っていいだろう。


 だが、この自分勝手な使命にカナさんを巻き込みたくない。復讐なんて、相手に危害を与える宣言のようなものだろう。法に触れるギリギリのことをやるかもしれない。そんなことをしている人物と関係を持っている、しかも恋人関係とならば才気あふれるカナさんの足を引っ張りたい人にとっては好都合の餌だろう。さらに言えば、カナさんはお嬢様だ。彼女の肩書は、彼女の周りの人の分だけの重さが増す。


 だから、カナさんとの恋人関係を解消する。その後、準備期間を設けてから復讐を開始していく。その準備期間でカナさんが別の恋人なり婚約者なりができてくれれば、俺はただの元カレになるので関係性も薄れて万々歳。昨日思いついたばかりのことだから大雑把ではあるのはご愛敬。


 タケにぃのことは詳しくは話さなかったが、解消したい経緯を説明した。それにしても、カナさんとの恋人関係を解消したいことを誰にも話してないのになんでわかったんだろう。観察眼を超越して、もうナチュラルに心を読んでいるとしか思えない…。


「…慶は、慶はその人を愛しているのですね」

「うん、すごく。その人のことなら自分のことを二の次にするくらいには想っているよ」

「恋人をやめたい、というのもその人とお付き合いしたいからわたくしとの関係を清算したい。という理由でなくって?」

「あぁ、さっきも話したけど、その人をひどい目にあわせた人たちが許せないんだ。なんなら、救いたい人と姉さんがまた恋人になってくれたら、僕はすごくすごく幸せになれる」


 また、眉間にしわを寄せながら宙に円を描いているカナさん。

 小難しい表情をしていたが、数瞬後には笑顔を見せてくれた。


「デザートをはさみましょうか。よろしくて?」


 運ばれてきたデザートは、季節フルーツのジェラートであった。

 小さく盛られたいくつかの山が、それぞれ別のフルーツなのだろう。三食団子のように目でも楽しめる。


「わたくしは…」


 何やら言いよどんでいる様子。うつむき加減なカナさんは、おもむろにデザートスプーンを手に取る。だが、上に乗せられたミントを避けただけで、デザートに手をつけていないようだった。


「カナさんのこと好きなのは本当だよ。これが恋愛感情とかの好きかどうかはわからないけど、カナさんのことを人として立派だと思うし尊敬もしている。もちろん、弱い顔も知っているし、からかってくる意地悪な顔も知っている。いろいろな顔を知っていて、僕の人間関係の中でもトップクラスに深い関係を持っていると思っているからこそ、僕の暴走に巻き込みたくないんだ」


 カナさんは何かを納得するかのように、あるいは決心をつけるかのようにうなずきながら静かに俺の話を聞いていた。無言で食べ進めていたデザートは、始めに避けていたミントを口に含んで終わりを迎えたようだ。


 一拍二拍、静寂を置いてからカナさんはこちらを射抜く。それは未来を見据えるような眼差しで。そこにはこちらまで感じる熱さがあった。


「慶、あなたの釈明は受理したのですわ。そこで改めて考えましたが、答えは変わらずノーを返しますわ」

「カナさん、あなたがノーと言っても僕は…」


 スッと手で制してくる。

 あまりに綺麗な所作で、こちらが言葉を飲む。


「わたくしとの恋人関係を続けた場合、慶はわたくしのデメリットしか話をしませんでした。つまりは、慶、あなたのメリットしか話をしていないことと同じではありませんこと?交渉事なのですから、こちらのメリットも提示してくれませんと」

「それでも、僕が迷惑をかけるかもしれないのは大きすぎるデメリットでしょう?」


 ふっ、と鼻で笑うようにこちらを責める眼差しを飛ばしてくる。被虐嗜好はないが美人にそんなことをされると、場違いにもゾクゾクとしてしまうほどの妖艶さを感じてしまう。


「それはマイナスをゼロにしただけの話。こちらのプラスではないですわ。それにわたくし、慶からの頼みごとややっかいごと、かなり好きですのよ?頼られている感じがたまりませんわ~。と、言うことは?慶の申し出は、そもそものプラスになる機会を取り上げる行為と言っても過言ではないですわね」

「過言だよ!迷惑をかけられて喜ぶ?そして、関係を解消したら迷惑が無くなるから喜びも無くなる?なんて暴論だ。いくらカナさんだとしても、僕をそんな馬鹿な話に乗せようなんて――」


 握りこぶしにりきんだ瞼とあまりに興奮していたためだろう。俺はカナさんの接近に気が付かなかった。


 ふっ、と気配を感じた時には俺の口に広がるミントの味。爽やかな味は、感情の高ぶりを一気に冷やしてくれた。


 そして、多分俺は、眼前の青い深淵に吸い込まれた。


「好きな人を繋ぎとめるためなら、正論でも暴論でもこねくり回しますわ」


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