EP 9:少女伝心

 アイルからの手紙、一通目。


 『 ステイくんへ


   元気にしていますか?

   私は元気だよ。

   あれから魔法部に入ってすぐに魔法を使えるようになったんだ。

   ていってもまだ『アルフレッド』って言う簡単なものだけだけど……。 

   

   ステイくんの方はどうかな?

   修行っていってもなるべく怪我はして欲しくないな。

   

   話は変わるけど友達がたくさん出来たんだ。

   皆んな優しくて良い子ばかりでステイくんにもいずれ紹介したいなーって思ってる。


   それとジケイ大戦の話は聞いた?

   ステイくんはもしかしたら出るのかな?

   まぁ、ステイくんが出るなら優勝間違いなしだね!


   また早く会いたいね。


            アイル・ストゥーより 』


 俺は今、ベットの上でキリコさんがここに届いたと言っていたアイルからの手紙を読んでいる。


 アイルからの手紙は簡潔でいかにも彼女らしい手紙だった。

 手紙の内容から、アイルは向こうで上手くやっていっているらしい。

 良い事だ。

 

 「アイル…俺も会いたいよー…」


 だが俺は同時に少し寂しさを感じた。


 そうして俺は一通目の手紙を机に置き、すぐさま二通目に手をのばした。


 アイルからの手紙、二通目。


 『 ステイくんへ


   最近ステイくんへの気持ちが溢れてしまいそうで怖いです。

   何をしてもステイくんの事ばかり考えちゃいます。

   早く会いに来てくれないと私……壊れてしまいそう……。

   

   ってのは半分冗談だよ。

   ステイくん的には重い女の子は嫌かな?

   私はステイくんが重くてもあまり気にしませんが軽いのは嫌だなーっと思います。

   別の所にいるからって私以外の子といちゃつくのは許しません。

   浮気は犯罪です。


   まぁこんな話はこの辺にしておいて、話を変えましょう。近況報告です。

   最近凄く魔法が上達してきました。

   先生がめちゃ褒めてくれます。

   もしかしたらステイくんより強くなってるかも………なんて。

   

   ステイくんはステゴロ上手くいってますか?

   お返事待ってます。

            アイル・ストゥーより 』


 軽い冗談が混じった面白い手紙だった。

 彼女はあまり冗談を言うタイプには見えなかったが、俺の知らないアイルが見れて嬉しい一面、近くで成長していくアイルがら見れなくて残念だ。


 そして……アイルが大好きな俺だが、心の底からアイルの手紙に耳を貸す事は出来なかった。

 何故なら俺はもうアイルの他にリリスさんという女性と一線を何度も超えてしまっていたからである。

 

 『浮気は犯罪』……なら俺はすでに犯罪者だ。

 ごめんアイル。

 

 俺は心の中でアイルに土下座をした。

 脳天から血が滴るくらい…。



 アイルからの手紙、三通目。


 『 ステイくんへ


   返事がなくて心配です。

   無事ですか?

   もし無事なら返事をください。

   ステイくんに何かあったら私は頑張れないよ。

   もし手紙を描く時間すらないなら白紙でも良いので出してください。


   私は生憎ステイに会いに行く事ができません。

   先生が厳しく外出を認めてくれないのです。

   

   早くステイくんを感じたいです。


   追伸


   私は最近身長が伸びてきました。

   体が大っきくなると大人になった気がします。

   胸はあんまり変わらないけど。

   周りの子はどんどん大きくなっていくので悲しいです。

   ……そんな私でもステイくんは愛してくれますか?

            アイル・ストゥーより 』


 三通目は手紙を返さない俺を心配した内容だった。

 明日にでも手紙を描いて送ろう。

 たしかブロー町に降りれば郵便はあったよな。

 アイルの所に届くまで30日近くはかかるだろうがそこは仕方がない。

 

 ……にしても身長か。

 俺は果たしてあれから背が伸びたのだろうか。

 自分では分からないものだ。


 ちなみに、俺的にちっぱいでもなんの問題も無い。

 っていうかむしろ……。


 それから俺は四通目、五通目と目を通した。

 描いてあるのは近況報告とやはり手紙を返さない俺を心配する内容だった。


 アイルからの手紙、六通目。


 これが今届いている最後の手紙だ。


 『 ステイくんへ

   

   いい加減返事をください。

   私はもう怒っているんです。

   これ以上手紙を返さないなら私、ステイくんとの関係を辞めさせてもらいます。


   お手紙待ってます。


   追伸


   最近プロポーズされました。

   プロポーズしてきたのはどこかの貴族の長男の人らしいです。

   この人は顔も良くて、お金持ちで、性格も良いです。

   プロポーズ受けちゃおっかな〜

           アイル・ストゥーより 』


 「嘘だっ!」


 俺はそう叫びベットから飛び跳ねた。


 アイルはこんな事を言う様な子じゃない事ぐらい分かっている。


 だが!

 だが!

 無性に腹が立つ!

 俺のアイルだぞ!

 誰かに取られるなんて考えたくもない!

 クソッ、今すぐアイルに会いたい!

 会いに行きたい!


 俺は見事にアイルの思惑通りになっていたんだと思う。

 俺はすぐに机の上にあった羽ペンと紙を手に取り手紙を描き始めた。

 それはもうびっしりと何枚も。

 

 手紙が描き終わる頃にはいつのまにか窓の外が少し明るくなっていた。

 

 「この後すぐに出しに行ってもらおう」


 修行がある為俺は郵便まで行く時間が無い。

 爺さんには捨てられた借りがある。

 少し返してもらおう。


 そして俺は今日。

 ようやく眠りについた。



――



 「キリコさん、今日は何をするんですか?」


 次の日。

 俺は今、修練場にいる。

 手紙は朝一で爺さんに渡して届ける様に伝えておいた。

 爺さんなら今頃山を降り終わって手紙を出し終わってるだろう。

 

 「そーですね……では、筋トレをしましょう」


 筋トレか、俺も前世では気分転換の為にやっていたな。

 自慢じゃないがビッグ3の合計は350Kgくらいだ。

 

 「キリコさん、ここに器具とかないですよ」


 そう、この修練場には筋トレの為の器具が無いのだ。

 だとしたらキリコさんの言う筋トレとは自重トレか……嫌だな。

 

 「器具での筋トレは余分な筋肉が付いて動きが鈍ってしまいますからね、わざと置いてないんです。

 ですので筋トレと言ったら基本的に自重です。

 と、言う事でとりあえず限界まで腕立てしてください」


 「……はーい」


 予想通り自重トレだった。

 俺は自重より断然器具派なのでテンションが少し下がった。


 それから今日は1日中、修練場で自重トレをしていた。

 腕立てに始まり腹筋、背筋、スクワットなど……。

 終わった頃には体中の筋肉が千切れてしばらく動けなかった。


 俺は産まれたての子鹿の様になりながらも近くの物体に寄っかかりながら宿まで歩いていった。

 

 今日もたくさんの汗をかいた。

 俺は2階の自室に綺麗に畳まれ置いてあったタオルを手に取り風呂のある3階に行くため階段を登った。

 風呂場の前に来たら思い出さずにはいられない。

 昨日のクレンの体。

 正確にはクレンの体に刻まれた生々しい無数の傷の方だ。

 

 俺は昨日の事があったので風呂場に入る前に誰かいないか確認する為、風呂場の扉をノックし声をかけた。


 「誰かいますかー………」


 反応無し。

 入ろう。

 俺は扉を開けてお風呂に入った。

 

 やはり風呂は良い。

 毎日のセーブポイントだ。

 

 ……本当に突然だがこの世界のお風呂の作り方を説明しようと思う。

 まず湯船に水を入れる。

 だが一気に入れるのではなく少しずつだ。

 何故少しずつ入れるのかと言うと、少しずつ入れた方が早く熱が伝導してより速く風呂を作れるからだ。

 そして何より大事なのが熱源だ。

 俺の実家である薬屋では火で温度を調節していたがここでは違う方法でお湯を作っている。

 その方法とは…『熱結晶』だ。

 この結晶は理屈は分からないが半永久的に高熱を放出している不思議な結晶だ。

 異世界っぽくて良い。

 この結晶を水の中に入れて火傷しない様に板をかぶせお風呂を作る。

 より暑くしたいのなら熱結晶を多めに、ぬるま湯が良いなら少し少なめに配置するのだ。


 更に付け加えて説明させてもらうと窓が無いのに修練場が明るいのは熱結晶とよく似た『光結晶』を天井に吊るしているからだ。


 と、説明をしつつ俺が気持ち良く湯船に浸かっていると目の前に大きな影が現れた。

 

 「ステイー、俺様も入るぜー」


 影の正体はリリスさんだった。

 しかも既に全裸である。


 (ザバーン)


 リリスさんはいきなり風呂場に現れるなり、お構い無しに湯船に入って来た。

 

 「リリスさん、狭いです」

 

 リリスさんが浸かったせいでお湯の半分以上が外に溢れてしまった。

 俺は仕方がないので外に出た。

 いつもなら外に出ずそのままお風呂に入っていただろう。

 だが俺は昨日、アイルの手紙を読んだせいか少しリリスさんの事を避けてしまっているのかもしれない。

 

 すぐに出よう。


 そうして俺が風呂の取手に手を伸ばすと、斜め後ろからリリスさんが俺の首に手を回し湯船に引きずり戻した。


 (バサーン!)


 「ごぼっ……っ…何するんですか…」


 「いんや〜別にー…」


 訳が分からない。

 苦しい思いをしただけだぞ。

 まぁ、リリスさんだからあまり嫌な気はしないけど…。


 (ツー…)


 するとリリスさんは俺の背骨の上を1本の指で首筋から腰辺りまで一直線に優しくなぞった。

 

 「ひゅっ…!」


 思いの外、くすぐったくて変な声が出てしまった。

 しかし、普段のリリスさんからは考えられない可愛らしい行動だった。

 

 「なーステイ、お前まだ気づいてねーのか?」


 「えっ、何ですか?」


 「………いやっ、気づいて無いんなら別にいいーんだけどよー」


 「……?」


 『気づく』?

 リリスさんは俺に何かしたのか?

 いや、そんな気配は出会ってからしなかったけど…。

 

 「それよりリリスさん、今日は何処に行ってたんですか?」


 「今日はクァイの奴と一緒に町に行ってたぞ」


 って事はリリスさんも一緒に手紙を出して来てくれたのか。

 ありがたい。


 「そうなんですか、町に買い物ですか?」


 「まーそんなとこだ。後でステイにも見せてやるよ」


 「はい……」


 「……………」


 ヤバい、会話が終わってしまった。

 会話が無いと基本的にここは静かだ。

 だからなのかリリスさんの鼓動が柔らかい胸と背中越しに聞こえてくる。

 

 俺はステゴロ部に来てから1回もヌイていなかったので股間が反応してしまっていた。


 ダメだ俺!

 手紙とはいえアイルから言われただろ!

 これ以上罪を重ねられない!

 

 「アッ……!」


 だがもう時すでに遅しだった。

 リリスさんの指先が俺のオレを軽く弾いていた。

 軽い電流が体中を駆け巡る感覚だった。


 「ステイー……いまっさら俺様に遠慮してんのかー?」


 「いやっ、そういう……事じゃ…」


 いや否定してんじゃねぇよ俺!

 ちゃんと『嫌です』って言え!


 だが男というのはそんな風に我を通す事が出来る程強い生物ではない。

 俺はいつのまにか、いつも通りリリスさんの体に溺れに行っていた。


 長風呂だった。


 後悔は……ある。

 つくづく俺はクソだ。

 わかっていてもどうにもならないクソ男だ。


 そうして俺とリリスさんが風呂場を出ようと扉を開けると、扉の前に爺さんが立っていた。


 「クァイ、どうしたー?」


 リリスさんは爺さんに対し、間の抜けた様な声で質問した。


 「セント様、アクリア様、少し声が大きいです。ここには私達もいる事をお忘れなく。

 では、おやすみなさいませ」


 「…………」


 恥っず……。

 冷静な態度だとなおさら……。

 

 「リリスさん……次からは声我慢対決でもしますか?」


 「……いいね!」



――



 そうしてそんな日々が過ぎて………約半年後。


 「では今日からステゴロの戦い方を教えていきたいと思います」

 

 俺はやっと実戦の修行を始められるくらいの体が完成したのだ。

 振り返ってみると、もの凄くキツかったが、たったの半年でよくここまで仕上げたものだ。

 前々からずっと思っていたが俺の身体は普通の人間純潔とはかけ離れている。

 最近じゃあ1日中筋トレしていてもあまり疲れないし怪我だってすぐ治ってしまう。

 例えば…骨折程度なら1週間で治るほどだ。


 この体がこの様に出来ているのはおそらく俺の父親であるマースメロ・シスターが関係していると思う。

 あいつはろくでもない父親だが凄い奴だ。

 10代の頃には世界中から恐れられた魔物である『亀象龍きしょうりゅう』を討伐している。

 普通の人間がこの様な事を成し遂げられるはずがないのだ。

 だからマースメロの正体が何なのか、また会う事があるのなら是非聞きたいと思っている。


 と、言っても今は修行中だ。

 考えても分からない事は後回し後回し。

 

 今は全力で目の前の事に集中しよう。

 俺とアイルの将来の為に。


 あーそれと、アイルで思い出したんだが手紙はちゃんと届いた。

 俺が半年前に出した手紙にはアイルと離れてからの事を事細かく描いたので、アイルも事情を知って心配をしていたが安心もしていた。

 ちなみに貴族のクソガキからプロポーズされたって話は本当だったらしい。

 危ねぇ危ねぇ。

 後ちょっとで俺は人殺しになる予定だった。


 それからもアイルとは手紙でのやり取りが続いている。


 アイルと離れて約1年が過ぎようとした。

 ここの暮らしも慣れたし、今の俺に不安など無い。


 「お願いします」


 ジケイ大戦まで後4年、本気でやろう。


 「えぇ」


 キリコさんはそう言うと、俺と距離をとる様に向こうに歩いて行く。

 いつも通り足音を一切立てないまま。

 

 「キリコさん、実戦の修行ですよね?

 どうして離れて行っちゃうんですか?」


 「ステイ、実戦というのはどういう事を指しますか?」


 「えっ……とー……」


 パッと答えは出てこなかった。


 「実戦とは起こってしまった以上、どちらかが或いは両方が死ぬ事です。最悪死にはしなくて全てを失う事です」


 大袈裟じゃないか?

 だがキリコさんはこんな冗談は言わない人だ。

 実際この世界だとそうなのだろう。


 「ですので今から私は貴方を倒しに行きます。最初は避けるだけでもかまいませんよ」


 「えっ?」


 『ですので』の使い方間違ってるだろ。


 などと考え、まばたきをしたら目の前にキリコさんがいた。

 

 (ット)


 気づいたら俺の体から力が抜け、膝をついていた。


 「ゲホッ!…ガハッオエッ…!!」


 何をされたか分からない。

 だがこの喉に残る激痛が俺を苦しめているのは間違いない。

 

 痛い、熱い、苦しい、息ができない!


 「実戦で強くなる為には実戦あるのみです。幸い私は貴方を殺しません。

 何回でも実戦が出来ます。では、回復し次第続けましょうか」


 「グフッ…………バ、ばい゛」


 マジかよ、普通の人間だったら今ので終わってたぞ。

 そうして激痛に苦しみ悶えている中……俺は今になって1年前、宿で聞いた爺さんの言葉を思い出した。

 

 『稽古はそれなりに厳しかったですよ』


 何が『それなり』だよ、めちゃくちゃ厳しいじゃねぇか。

 俺はもしかしたら生きて戻れないかもしれない。


 「オ゛エッ…………いけます」


 まだ吐き気して上手く呼吸が出来ないし、今更になって涙も出てきた…。

 だが俺はなるべき早く呼吸を整えて立ち上がった。


 「では…」


 (ボスッ)


 「うッ…」


 また目の前からキリコさんが消えた。

 と…想った瞬間には、またしても激痛が体を支配した。

 俺が痛いと感じた所見ると、そこにはキリコさんの細く鋭利な右足が俺の左横腹に突き刺さっていた。

 『刺さった』と言ったが実際に皮膚は破れていなく血も出なかった、だがこれを表現する言葉はそれしか無かったのだ。


 「ゲフッ…ゴポァ…」


 (ポタポタ…)


 口から不思議な音が出た。

 それと同時に体の奥から血が溢れてくる感覚がした。

 その感覚は俺の口内から床に滴った。

 鼻から錆びた鉄の香りがぬける。

 

 「……まだいけそうじゃないですか」


 だが吐血までしたというのに俺はかろうじて立っている事が出来た。

 と、いうかキリコさんの右足が俺の横腹に刺さっているので倒れられないだけだった。

 

 (ボッ)


 キリコさんは俺の横腹から右足を抜くと、軸足を90度回転させ足を抜いた流れのまま右の踵でみぞおちを蹴った。

 みぞおちに強い衝撃が走り、またしても呼吸ができなくなった。

 空気を吸おうとしても上手く吸えない程に。

 そして俺はそのまま後ろに倒れた。

 今度は倒れられた。

 ……そして俺の意識はここで切れた。


 最近気絶する事多くねーか……。



――



 「ガハッゴホッ…」


 目が覚めた。

 起きてもまだ痛みという違和感が体に残っていた。

 そしてその痛みが俺を瞬時に警戒体制にさせていた。


 (……シュ)


 そのおかげで俺はギリギリっでかわす事ができたのだ。


 「よく避けれましたね、ステイ」


 気絶から目覚め、上半身だけを起こした状態の俺に対してお構いなしの膝蹴り。

 もし頭を掴まれていたりして当たってたらと思うとゾッとする。


 「死ぬかと思いました」


 「ハハっ、そんなミスはしませんよ」


 「………」


 「………」


 「……ッ」


 今度は俺から攻める。

 いつまでも後手に回ってたらずっとサンドバッグ状態だ。

 ぶっちゃけ喧嘩とか格闘技とかした事無いからどんな風に攻めればいいのかサッパリだ。

 

 なのでとりあえず俺はキリコさんの正面から突っ込んだ。

 我ながら策の無い、愚かな行為だと思う。

 このまま行けば普通にボコられると分かっているのに……。


 「まぁ、最初はそんなものですよね…」


 キリコさんは俺の行動を見て少し笑っていた。


 そう、俺は戦いの初心者だ。

 こんな行動をしても全く疑われない。

 だからこそ俺の攻撃は刺さる。


 「シッ…!」


 キリコさんは今いる場所から離れないという事は、おそらくカウンター系の技でくるだろう。

 その思考を逆手に取る!


 俺は右拳を大きく振り上げ、いかにも『今からこれで殴ります』感をアピールした。

 本命の攻撃はもちろん違う。


 キリコさんとの距離はもう直ぐそこだ、手を伸ばせば当たってしまうくらい…。

 キリコさんは未だに何もしてこない。


 俺が右拳を振り下ろし攻撃をしようとした瞬間、キリコさんは右手を構えた。

 

 (シュッ)


 キリコさんに敵わない事くらい分かっている。

 だが一矢報いる事ぐらいらなら出来るはずだ!


 俺は右拳をキリコさんに当てる事なくわざと空振りさせた。

 そしてそのまま、その拳の推進力を利用し体を回転。

 動きでは後ろ回し蹴りに近いだろう。

 回転した勢いを乗せ、左踵でキリコさんの側頭部を全力で蹴った。


 しかし……(ぽす)と音が鳴っただけだった。


 「は?」


 擬音間違ってないか?

 

 俺は確かに全力でキリコさんを蹴った。

 なのにどうしてだろう、手応えというものが全く無かった。

 ほんの微塵も。


 「ステイ………最高です」


 俺の側頭部を狙った後ろ回し蹴りはキリコさんの左手の甲で受け止められていた。

 それにしても当たったのに手応えが無いのはとても気持ちが悪い。

 まるでスライムで浸したスポンジを蹴った様だった。


 「では、私の番ですね」


 キリコさんはそう言うと俺の蹴った足を掴んだ。

 俺は足を掴まれた為、両の足で立つ事ができなかった。

 今なら動かれただけでバランスが崩れてしまう。

 この状態になってしまった以上、もう詰みだ。

 

 その時、嫌な予感がした。


 それはとても嫌な、考えたくもない。

 俺は今、足を掴まれている。

 と、言う事は最大の弱点が無防備だったのだ。

 

 「キリコさん、流石にそれは……」


 「くらっておいて損はありませんよ。何事も経験です」


 「もし取り返しのつかない事になったらどうしてくれるんですか」


 「先程も言いましたがそんなミスはしませんよ。安心してください」


 「安心は無理です……」


 (ゴッ)


 ッッーー!!………来た!

 金的!


 キリコさんが放ったパンチはごく普通のパンチだった。

 だがこの激痛!衝撃!

 他のどの痛みとも違うあの痛み…!!

 他の何にも言い表せられないあの痛み…!!!

 

 気づいた時には俺は金玉を抑えてうずくまっていた。

 

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い……!!


 「ステイ、一旦休憩しましょう」


 「は……はぃ」


 俺はうずくまったまま非力な返事をした。

 

 

――



 金玉を殴られてから少し経った……。

 

 「ステイ、先程の私との戦いで分かった事はありますか?」


 「えぇ……その、キリコさんはずっと人の弱い部分…急所を狙ってますよね」


 「はい、そうです。私は初めに喉、その次に横腹、鳩尾、金的と当てていきました。

 理由は分かると思いますが、その方が大きいダメージを相手に与える事が出来るからです。

 ステゴロは剣や槍とは違い、一撃の価値があまりにも低く、くらっても立っている事など容易です。

 では、どうするか……当たり前の事です。

 急所を狙い打ちすれば良いのです」


 そうか、ジケイ大戦では相手が全員武器持ちなのは変わらない。

 だから俺の場合、1回でも攻撃をくらったら大きな損傷、最悪致命傷になる。

 そして俺はステゴロの攻撃しか出来ない為、相手は攻撃をくらってもあまり大きな損傷は無い、せいぜい痣が残る程度だ。

 だから如何に短く、少ない打撃で勝つ事が重要になってくるという事だ。

 つまりは急所、さっき俺が殴られた場所の様に一撃で体に大きな被害が期待できる場所を狙うのだ。


 「キリコさん、急所って他に何処があるんですか?」


 「それは、実戦の中で教えていくつもりです」


 「………えー」


 「実際くらった方が分かりやすいですよ」


 それから俺とキリコさんは夜になるまでずっと実戦を想定した実戦を繰り返しやり続けた。

 キリコさんにまともな攻撃をくらわせる事は出来なかったが、いくらか動きなら見える様になってきた。

 だが避ける事が出来たのは、序盤のあの1回だけだった。


 キリコさんは強い…とてつもなく。

 勝てるビジョンなど想像出来るはずもなく、俺は床に倒れ込む事しか出来なかった。

 

 今日の修行が終わる頃には体がぐちゃぐちゃになっていた。

 風呂の鏡で全身を見ると面白い事になっていた。

 急所の部分だけ綺麗に痣になっていたのだ。

 

 「確かに分かりやすいな……」


 にしても、もうちょっと手加減してくれてもいいだろ……。

 

 そう考えると爺さんやリリスさんもこんな道を通って来たのか…強い訳だ。

 

 そうして俺が風呂から出て廊下に出ると……クレンがいた。

 クレン……あれから半年経ち更に痩せた様に見える。

 最近じゃあ、いつ死んでもおかしくないと思っている。

 俺は挨拶をするくらいで他には何もしない。

 無理に話すだけお互い徳をしないのが分かっているからだ。

 リリスさんはああいう性格なので出会った時からクレンにも積極的に話しかけている。

 クレンもそんなリリスさんには少し心を開いてるようで、少し前に2人が宿の外で座り込み話している姿を見た。

 

 今、クレンが生きているのはリリスさんのおかげかもしれないな。

 

 「風呂か?入るんなら今ちょうど出たところだから入れよ………」


 「………」


 返事は無い。

 最後にクレンの声を聞いたのはいつだっただろうか…。

 俺は自室のある2階に降りる為、階段のある方を向きクレンに背中を向け歩きだした。


 「ちょと来なさいよ」


 すると後ろから声がした。


 誰の声だろう?


 と思い振り返ると、そこにはやはりクレンがいた。


 「おう……」


 クレンの誘いを断る事など出来なかった。

 予想など出来ない事だった、クレンから俺に対し話しかける………更にはお願いをするという事が。


 俺はそんなクレンの後に続き、3階の最奥にあるクレンの部屋に案内された。


 クレンの部屋は俺の部屋と変わらず殺風景だった。

 だが気になる点が1つある。

 それは机の上に置かれた小さな刃物と鉄の棒だ。

 まぁ、万が一の場合に備えての護身用の武器かもしれないし気にする事は無いだろう。


 「ここに座って」

 

 俺はクレンの言う通りに机に備え付けられている椅子に座った。


 さて……一体何が始まるのだろうか……。


 「目…私が『いい』って言うまで瞑ってて」


 「な、なぁ……クレン…?」


 「早く」


 チッ……なんなんだよ……。


 もしかしてこのまま机の上にあった刃物でグサッとかないよな…。

 めっちゃ怖いんだけど…。

 

 俺は目を薄く開いて何が起こっているのか確認しようと思ったが、辞めた。

 クレンの言う事をちゃんとする必要など無いが、なんとなく閉じていた方が自分の為に良いと思ったからだ。


 「…………いいわ」


 俺が目をゆっくり開けていくと、そこには体を震わせ……服を脱ぎ捨て裸になっているクレンがいた。


 「ッ……なっ!??」


 「ねぇ、あんた……今から私と…セックスしましょ」

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