第7話 主と下僕と自由の喪失
「その作業着が?」
「そう、これを印にあの低級魔族は来たみたいね」
あの化け物はこの作業着を頼りに襲ってきたのか。そんなことが。ただの作業着にしか見えないが。いや、見えないことはなかった。
「なんか紫の模様が」
「ああ、そっか。もう契約してるから見えるのね」
リーゼはなるほど、みたいな顔で言った。
「契約?」
「したじゃない。助ける代わりに下僕になるって」
「ええ? ただの口約束じゃ」
「口約束でも魔族相手ならもう契約よ」
すごく質が悪い詐欺みたいな話ではないのか。あの一連の会話だけで契約とやらは結ばれたのか。
「なるほど、やっぱり魔界からの情報の通りみたいね」
「ちょっと待ってくれ。話を進めるな。その契約とやらについて詳しく聞きたい」
どう考えても重要な話なのにリーゼはあんまり気にしていない。俺にとっては超重要案件だ。さっき、謎の激痛を食らわされたし。
「ああ、簡単よ。あなたの体も精神も魂も今は私のもの。なにをしようが思うがままってわけ」
「つまり?」
なんかとんでもなく不穏なことを言っているが。
「こういうこと」
そう言ってリーゼが指を振る。
すると、
「なんだ!? 体が!?」
俺の体が糧に動き出す。いや、踊りだす。左右に軽くステップを踏み始める。
「前に見た動画の動きよ。流行ってたでしょ」
「流行ってたでしょじゃない!!」
俺の体は勝手に○宝島のMVのステップを踏み続けまるで止まらない。まるで俺の言うことを聞かない。それは想像を絶する恐怖だった。
「つまりこういうことよ。あなたは私が命じる通りに動くし、私がしゃべらせたいことをしゃべる。精神だけ抜き出してそこのパソコンに入れれるし、魂だけ抜き取って街を飛び回らせることも出来る。なにからなにまで私の思うまま。拒否権はなし」
「横暴だ!!!」
とんでもないことになっているらしかった。精神だの魂だのの実在は議論されるところだろうが、少なくとも魔族基準ではあるらしい。そして、体だけじゃなくてそれらも思うがままに支配されているらしい。これはヤバイ。相当ヤバイ。恐ろしいことになっている。
「悪いことばっかりじゃないよ? あなたはいわば私の一部みたいな状態だから、私が生きてる限りどんな目にあっても死なないわ。不死みたいなものね」
「もう人間じゃないじゃないかそんなん」
「うーん、私基準ならあなたはまだ人間なんだけど、まぁ今までとは全然違うっていうのは確か描かな。魔族と契約するっていうのはそういうことよ。分かった?」
にっこり笑ってリーゼは言う。冗談じゃない。俺はどうやらとんでもなく理不尽な契約を結ばされたらしい。
「悪魔だ」
「そうよ? だって魔族だもん」
さらりとリーゼは言ってのけた。
冗談じゃなかった。なんで今までしみったれた会社員だったのに突然こんなことにならなくてはならんのか。晩飯タイムからここまで異常なことが起きすぎだった。
「ちなみに拒否するって言ったら?」
「うーん、あんまり意味ないかな。どれだけあなたが拒否しようとしても、あなた自身が私のものなんだからどうしようもないし。逃げることも抵抗することも出来ないし。本当は嫌にならないように思考パターンもいじれるんだけど、さすがに可哀そうだからやめとくわ」
この女ヤバすぎるじゃないか。ゲーム好きそうみたいな感じだったから徐々に好感度が上がってたのに、もはや取り返しがつかないほど下がってしまった。終わりだった。
「俺は一生こうなのか!!??」
俺は半泣きで言った。そりゃあ涙もにじむ。俺の日常はおよそまともとは言えない形に変化してしまった。一生こうだと言うなら紛れもない絶望だったからだ。
「そんなわけないでしょ。今探してる魔族が見つかったら解放するわよ」
「あ、そうなのか?」
「あなたを下僕として維持するのにも一応魔力は使ってるしね。それに一生魔族の下僕ってさすがに悲しいから。少なくとも私が人間だったら絶対ゴメンだし」
一応最低限の真心みたいなものはあるらしかった。まるで人間の心が分からないサイコパスなのかと思った。サイコパスの奴隷になったのかと思った。怖かった。
「そ、それなら全力で協力する。とっとと解放してくれ」
「ふぅん。これだけの目にあって以外に順応性高いのね」
「順応するしかないだろ! このチクショウが!!」
「あらあら、好感度最底辺って感じね。まぁ良いわ。とにかくいっぱい働いてもらうから」
そう言ってリーゼはまた作業着を広げる。そこにあるのはしっちゃかめっちゃかな幾何学模様のマーク。
「これなんだか分かる?」
「分かるわけないだろ、このスカポンタン!!!」
「だいぶ怒ってるわねぇ。人間ならそりゃそうか」
リーゼはやれやれと言った感じだった。やれやれじゃないんだよ。こっちの怒りはそんなもんじゃないんだよ。
「エルル・アルエルマ・セマルグル・メドゥーサ」
「なんだ!!?? 名前か? この馬鹿野郎!!」
「そう名前。魔界の五大貴族、そのお嬢様の名前」
リーゼは俺の心の底からの怒りにまるで動じずに言った。
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