第1話 ハリボテの令嬢②

 エレノアが出かけた後の午前中、屋敷の正面扉を叩く大きな音が響いた。


「ごめんくださーい! アルディアス家のご当主はいらっしゃいますか!」


 まるで大声でアピールするかのような呼びかけに、ガイルは慌てて書斎から飛び出してきた。と同時に、ステラが玄関ホールへ急ぎ、相手の顔を一瞥する。


 見れば、いかにもガラの悪そうな男が一人立っている。シルクハットをかぶってはいるが、その姿はいかにも胡散臭く、どこか威圧的だ。


「これは、またお客様が……。ご用件をうかがっても?」


 ステラが物腰柔らかく問いかけると、男は鼻で笑う。


「おや? 侍女さんか。ガイル卿に用事があるんだがね。──いえね、ちょっと借金の返済期限が近づいているもので」

「……はあ」


 ステラの目がわずかに冷たさを帯びる。だが、その素振りには出さないまま「少々お待ちくださいませ」と背を向けてガイルを呼びに行った。


「父様、例の……ご用件の方がいらしたようですよ」

「な……!? こんな白昼に堂々と……!」


 ガイルは青ざめながらも、無理やり胸を張って玄関へと出る。そこから先は、ステラが見守る限りでも、あまり美しいやり取りではなかった。男は高圧的な態度で返済を迫り、ガイルも「失礼だぞ、こんな場で大声をあげるとは」と語気を強めて追い返そうとする。


「アルディアス家の名誉を疑うのか? 我々は必ず返済する。つまらん疑念を抱いて大声で騒ぎ立てるのは、そちらの方が品位を疑われるぞ!」

「品位を疑われるのはあんたの方だろうが。いい加減、耳障りのいい言葉だけ並べるのはやめちゃどうだ? こっちは期限を守ってもらわにゃ困るんだよ」

「うるさい! そんなことは百も承知だ! だが今は立て込んでいるだけだ。もう少し待て!」


 ひとしきり押し問答が続いた末、男は「次に来るときはもっと強面の連中を連れてくるかもしれないぞ」と捨て台詞を吐いて帰っていく。ガイルは汗を浮かべながら、ステラの方を見もせずに口を開いた。


「ふん、ああいう連中が我が家を侮るからいけない。まったく……。ステラ、今のことはエレノアには言うなよ」

「かしこまりました。お嬢様はすでに外出しておられますし、お話する機会もございませんので」


 ステラは涼しい顔で頭を下げた。その内心はどうかと言えば、「この分だと近いうちに、もっと騒ぎが大きくなりそうね」と冷静に予測している。だが、それを表立って言う気はない。ガイルが余計な不安に駆られれば、自分の立ち回りがしづらくなるからだ。


(まあ、私は私で、さっきの男が持ち出した話をどこかに売れば、ちょっとした小遣いにもなるわね。ガイル様、お気の毒だけど、あなたがどんなに威張っても現実は変わらないもの)


 ガイルはガイルで、まだ怒りが収まらないのか、珍しくテーブルを叩きながら「我が家の名誉を汚す連中は許さんぞ……!」などとつぶやいている。


 そんな主人を尻目に、ステラは「では、私はお茶の用意をいたしますね」と涼しげな表情を浮かべるだけだ。ごく自然に屋敷の奥へ引っ込み、その間に男の姿を窓越しに見送る。


「やれやれ……。当主はあんな調子でエレノア様には何も知らせず、いつまで隠し通すつもりなのかしら」


 ステラが小さくつぶやいた声は、もちろん誰の耳にも届かない。だが、その目は明らかに「この家はもう長くないかもしれない」と悟っていた。


 一方、当のエレノアは外出先で「あら、あのドレス可愛いじゃない」「新作の帽子も欲しいわね」などとのんきに買い物を楽しんでいる。彼女は父が借金取りを追い返しているとも知らず、そしてそもそも自分の家に借金があること自体を深刻に受け止めていないのだ。


(まあ、エレノア様はもうすぐ婚約で家がうるおうと思ってるみたいだし、しばらくはあの調子かしら。さて、私もこの情報をどう活用するか考えましょうかね)


 ステラは笑みを浮かべて、廊下をさっそうと歩き始めた。

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