第2話 転校したら変な美少女に目をつけられた件②
翌日もまだ、学校は午前中のみだ。とはいえ、まだ授業はない。委員を決めたり、学年集会があったり、まぁいろいろ。
昨日の担任の言葉どおり、学級委員は呉井さんに決まった。立候補者はおらず、一目でわかるお調子者男子が、「呉井でいいんじゃね?」と言い出す。「で」とはなんだ、「で」とは。失礼な奴だ。そう思うが、生来の「パリピ怖い」という感情が邪魔をして、黙っていることしかできなかった。
呉井さんは、「わたくし
妄想を振り切り、俺は呉井さんの委員長就任を、温かく見守る。けれど、クラスの連中は違う。隣の人間と声を潜めて話をして、くすくすと笑う。それは決して好意的なものではなく、どちらかといえば嘲笑の類だ。
その反応が解せなかった。耳を澄ませていると、「クレイジー・マッド……」「なんだあれ。芝居?」という中傷が聞こえた。
芝居がかっている、というのは否定しない。でも、前者の「クレイジー・マッド」とはなんぞ?
俺の疑問は解消されることなく、時間は過ぎていく。あっという間に放課後だ。
呉井さんはつかつかと近づいてきて、微笑んだ。清らかで、控えめな花のような笑顔に動悸が激しくなるばかりだ。
「それでは参りましょうか。明日川くん」
話をするのは教室ではない。ついでに校舎も案内してくれるというから、助かる。俺はまだ、自分の教室と体育館、職員室と最寄りのトイレしかわからない。本格的に授業が始まる前に、学校の構造を把握しておかないとな。
彼女は手短に説明をしながら進む。途中、購買でパンを二つ買った。案内のお礼に、彼女の分も買おうとしたが、断られた。落ち込むが、彼女に安い菓子パンは似合わないと、無理矢理納得する。
「わたくしすでに、昼食は用意されておりますので……」
俺の気分を害したと思った彼女は、慌てて言い訳をする。
「たまには菓子パンもいただきますよ。メロンパン、美味しいですよね」
俺の手の中のパンを見て、にっこりと笑う呉井さんに、メロンパンを押しつけた。
「で、デザートとか、家に帰ってからのおやつとかにどうぞ!」
一度は断った彼女だが、他人からの好意を無下にはしないタイプだ。ありがとうございます、と受け取って、それから「わたくしの家のお弁当も、召し上がってくださいね」と、嬉しいことを申し出てくれる。
見た目も中身も正真正銘のお嬢様な呉井さんの家の弁当は、庶民の俺が想像がつかないくらい美味いんだろう。おしゃれなサンドウィッチか、それとも上品な和食か。少なくとも、うちの母親が作るような、でかさだけが取り柄の歪なおにぎりは、入っていないだろう。
しかし、彼女が持っているのは学生鞄のみだ。到底そこに、弁当箱が入るとは思えない。俺の指摘に、彼女は種明かしをする。
「もうすでに、今から向かうところに用意してくれているのです」
「へぇ……そうなんだ」
もしかしたら、シェフがいる可能性があるんじゃないか、これ。その場でラクレットチーズ(テレビでしか見たことない)を炙って溶かして、パンや肉の上にでろーん、と載せるんじゃないか。
何せ彼女が向かったのが、家庭科室だった。特別教室を私物化して、豪華フレンチを食べる呉井さんを想像した。味気ない黒いテーブルでも、三ツ星レストランのように見えそうだ。
そんな妄想をしていたが、呉井さんが手をかけたのは、家庭科室の隣の、もっと小さな部屋だった。
「ここは?」
「被服室です。今はもう、授業では使われていませんので、私たちが借りているのです」
鍵はかかっていなかった。失礼します、の一言もなかった。呉井さんは無造作に、自室のドアを開けるように扉を開いた。
中にいたのは、教師と生徒の二人だった。転校二日目だから、教師の顔は担任と校長くらいしか覚えていない。それにしても、彼は目立つだろう。座っていても、すらりとした長身であることがわかる。白衣を着ているということは、理系科目の担当だろうか。でもこの白衣、きれいなままだ。化学の先生の白衣とか、チョークの汚れが落ちなくなっているのが、普通なのに。
生徒の方は、すでにデザートタイムだとばかりに、コンビニデザートを貪っている。ぽっちゃりした肉体だが、不快さを覚えることがないのは、背筋がしゃんと伸びていて、おっとりと優雅に召し上がっていらっしゃるからだろう。顔立ちも、よくよく見れば整っている、はずだ。盛り上がった頬肉で、目は半分埋もれてしまっているけれど。
しかし、女子一人に男が二人。俺も入れれば三人。ここは呉井さんのハーレムなのだろうか。ハーレム要員になるには俺、ちょっとパンチが弱くないですかね。目の前の二人に比べると。頭はピンクだけど、こんな個性持った連中の間に放り込まれると、自信がなくなる。
「円香お嬢様。彼は……?」
教師だとばかり思っていた男は、呉井さんを「お嬢様」と呼んだ。あ、あれ? 教師? じゃないのか?
呉井さんは「何言ってるんですか」と突っ込むこともなく、ナチュラルに自分がお嬢様であることを受け入れ、俺のことを紹介する。
「彼は転校生の明日川匡くんよ」
同級生に対しても敬語を崩さない彼女が、男に対してだけ敬語をやめた。随分と親しい。彼女が彼を紹介してくれて、すべての疑問は解けた。
「
「
ハスキーボイスとともに差し出された手を握る。長く細い指は、爪まできれいに手入れされている。呉井家がどの程度の家柄なのかは不明だが、彼の洗練された様子を見るに、相当のものだと思った。
「よろしくお願いします」
逆に握り込まれ、ぎりぎりと絞めつけられる。え、痛い。マジで。シャレにならんくらい痛いんだけど!
「よろしく」
馬鹿力ときらきらしい王子様のような笑顔が釣り合わない。怖い。俺もへらへらとうすら笑いする以外に取れる手段がなくて、呉井さんが止めるまでずっと手を握ったままだった。
「そしてこっちが、
赤くなった手をさすりさすり、今度はぽっちゃり系男子と握手を交わす。手がふくふくもちもちして、ひんやりして気持ちがいい。思わずすりすりしたくなるけれど、相手は男子高校生だ。
「よろしくお願いします。日向先輩」
「よろしくね。僕のことは下の名前で呼んでくれると嬉しいな。恵美も円香ちゃんも、瑞樹って呼ぶからさ」
瑞樹先輩と円香ちゃん……じゃない、うつった。呉井さんは、いとこなのだという。
同好会のメンバーは、ここにいるので全員らしい。正確に言えば、仙川(本当は「先生」と言わなければならないのだろうが、一方的に痛めつけられたので、呼びたくない)は生徒ではないので、呉井さんと瑞樹先輩だけ。
俺? 俺は別に、入れとは言われてないし……。
「明日川くんも入部してくれて、嬉しいです」
「僕と円香ちゃんだけだったから、寂しくてさ。週一回、だいたいここでお菓子を食べながらおしゃべりするだけだから、他の部と兼部しても大丈夫だよ」
微笑むいとこコンビの中では、すでに俺の入部は決定事項だった。まあいいけど。特に入りたい部活もないし。
仙川が取り出した重箱を開け、呉井さんはお行儀よく手を合わせ、箸をつけた。お節料理以外で、重箱って使ってもいいんだな。大和撫子然とした呉井さんが、赤い塗りの箸を上品に使う。美しさのあまりに、お腹がいっぱいになりそうだった。
「それで? この同好会って、何するんですか?」
同好会の会長は、順当に三年の瑞樹先輩だろうと話を振ったが、応えたのは呉井さん。しかも彼女に似合わぬ不気味な笑みを浮かべている。凄みがあって、まるで魔女だ。目を輝かせて、俺の質問はスルーされ、代わりにとんでもない質問が投げかけられる。
「明日川くんは、どこの世界からいらっしゃったの?」
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