数馬 KAZUMA
宮北 恵輔
第1話 粉砕
人で賑わう金曜日の夜。
夏にしては涼しい熊本の街を圭吾と青子は歩いていた。二人は地元の大学の同級生だ。紺の浴衣を着た青子は小柄だが端正な顔立ちで、凛とした印象が人目を引く。圭吾は青子をチラ見しては我が身の幸運を神に感謝する。
「なんて可愛いんだ」
我ながらのぼせ上がっているのが分かるし、すれ違う男たちが振り返る気持ちも分かる。圭吾はとにかく幸せだった。青子に逆立ちしてって言われたら逆立ちして歩くかもしれない。
二人が新市街から下通りの交差点に差し掛かったとき、「あっ!」っと何かを見つけた青子が甲高い声で叫び、圭吾も足を止めた。
「数馬?数馬君よね?」
その声に振り向いた男は、Tシャツに破れたジーンズというラフな格好がよく似合う、彼女の幼馴染だった。
「圭吾、数馬は地元の美大なんだよ!久しぶり!」と言うと。数馬はペコリと圭吾に頭を下げ
「よう」
とに適当に答えた。
どうも青子が一人で盛り上がっているように見えた。数馬は態度は緩いが顔が妙に凛々しく背も高い、適当に目立つので圭吾は急に自分が脇役になったみたいに感じていた。まぁ悪い奴ではなさそうだけど。それにしても数馬に会った途端奴にまとわりつくみたいに歩いて、幼馴染って皆こんな感じか?
「これから王様ラーメン食べに行くんだけど、よかったら数馬もこない?」と青子が誘った。
「え」
圭吾は身体が固まる。
「ラーメンか。いいね」
数馬が快諾した。
「えええ」
(なんでそうなる?)
正直、せっかく二人きりだったのにと思いつつ、(幼馴染みじゃしょうがないか)とすぐに思い直した。何より青子が楽しそうだ。物凄く悔しいけど、楽しそうだと余計可愛い。それに、小さい男に見られたくない。ここは余裕を見せとかないと。圭吾は観念した。
「もう少しだからね!」
二人の男を従えて、青子ははしゃいで小走りに先歩く。やがて通町筋の大きな交差点に差し掛かると、ライトアップされた熊本城の天守閣が夜の街を静かに見守っていた。この交差点を渡ると上通り。目的の店はすぐだ。三人がその大きな交差点を渡っていた時、事件は起こった。
バリバリバリという夜を切り裂く地鳴りのような大音量がして、遠くから車とバイクがこちらに向って道いっぱいに広がってくるのが見えた。目を疑いたくなるような光景と強烈なノイズに平和な日常は一瞬で破られる。何が起こったのか理解できず、圭吾の足は竦んだ。驚いた人々は、半分パニックになりながら蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げたが、圭吾はただその異様な光景に立ち尽くすことしかできなかった。
いきなり現れたその黒づくめの暴走族は、十数台の車とバイクで次々と交差点に突っ込んで来る。耳がどうかなりそうな大きなクラクションとエンジン音、目も眩む強いライトの波にその場にいた全ての人々は震え上がり逃げ惑った。ようやく我に返った圭吾は、とっさに青子の手を取り上通りまで走った。心臓の鼓動がドクドク鳴っているのが自分でも分かる。
「危なかった、はーーー」
とりあえず逃げ切った圭吾は天を仰いで安堵する。青子の無事も確認した。はー怖い。なんなんだと振り返ると数馬がいない。元いた場所を見ると、まだ交差点の中に慌てる様子もなく車を縫って歩いている数馬の姿があった。
「な、なにやってるんだあいつ」
平然と逃げもせず歩いて道を渡ろうとしている数馬は、「わざと」逃げなかったとしか思えない。。でもなんで?さっきまであんなにはしゃいでいた青子は圭吾の腕を強くつかんで数馬を見ながら口もきけずに成り行きを見ていた。その表情には、今まで見たことのないような緊張と、僅かながら畏怖のような感情が混じっているように見えた。
「ヤバイよ圭吾」
と、青子がつぶやいた。
確かにこの状況はヤバい。
「数馬がキレるかも」
「??」
あの細い青年がキレたらどうだというのだ。交差点に完全に一人で取り残されてた男ではなくて族の心配をしてるのか?圭吾の頭は混乱した。
バイクが数馬の身体スレスレまで走ってきて「もうぶつかる!」と思う瞬間、クイっと身体を避けていく。その距離は信じられないほど近い。
次の瞬間、反対からくる車がサンドイッチするように数馬の身体ギリギリにスピードを上げて通り過ぎる。バイクと車で挟み撃ちにされているのだ。これを繰り返して逃げ道を無くし、踊るように逃げ惑う数馬を見て面白がるという趣向で「踊らせる」というやつだ。
ところが、数馬は車とバイクをそのたびにスィと避けて何事もなく歩いている。圭吾は見ているだけでこちらが倒れそうになり「危ない!」とその度に心で叫ぶのだが、数馬はまるで風のように、何事もなかったかのように身をかわす。信じられない。どうなってるんだ?
数馬はバイクと車の爆音をBGMくらいにしか思っていないように見える。その落ち着きぶりは常人ではない。圭吾は言いようのない不気味さを感じ始めていた。
「コケにしてるのか」
そう感じた暴走族「烏」の頭(ヘッド)の京介は、特攻隊長のシンに激を入れた。
「シン!もっと踊らせろ!お前がヌルいからナメられてるんじゃないのか!」
特攻隊長のシンは金髪の髪をゆっくりとかきあげエンジンをふかし、車のハンドルを握り直す。遊びだった数馬を見る目に狂気が宿った。京介に言われるまでもなく自分が「踊らせている」はずの数馬が、さっきから自分を詰まらなそうに見ているのに気が付いていたからだ。
「ナメやがって、、、」
このまま数馬に悠々と歩いて交差点を渡られたら、シンの面子はまる潰れだ。シンの行動はエスカレートしていく。車のスピードを上げて身体との間隔をギリギリまで狭めていき、ついに数馬を車で引っ掛けにきた。もし数馬が避けられなければ間違いなくその身体は宙に飛ぶ。
数馬は、シンの車を紙一重でかわしていたが、その攻撃が一線を越えると顔つきが変わった。タイミングを計り、スルスルとベルトを抜き取ると腰を落として半身になり、車を避けた瞬間、重い金属のバックルをブン!!!と一閃
パァアアアアアンンッ!!!
という音とともにフロントガラスを叩き割った。
「うわぁあああ!!」
粉々になったガラスの破片にシンの視界は奪われ、眼の前が一瞬で真っ白になる。それは彼にとってまるで、予想がつかない悪夢のような反撃だった。居合いの剣のような動きとだけ記憶に残ったが、早すぎて何が起こったか分からない。ただ、その時の数馬の悪魔のような目だけがシンの心に刻まれた。あの男にもう一度何かしたら普通に殺される。と思った。フロントガラスを粉々にされたシンの車は、急ブレーキを踏み、周りで控えていた仲間の車に次々にぶつかりやっと止まった。
シンはすぐに車から飛び出したが、そこで彼が見たものは、返す刀で同じくベルトのバックルをヘルメットに打ち付けられて宙に舞う後輩のコウタと、仲間の車に突っ込んでいく操縦者を失った無人のバイクだった。
バイクも凄いスピードのまま他のバイク2台にぶつかって止まった。これで遠巻きに周りを取り囲んでいた彼らの車3台とバイク2台が大破した。その場に居た族もギャラリーもことの成り行きに絶句する中、圭吾と青子の真後ろから声がした。
「おぉ、凄いことになってるね」
驚いてふたりが振り向くと、さっきまで道の真ん中にいた数馬が何事もなかったかのように立っている。彼は車とバイクが、大破する隙に道を渡っていた。
遅ればせながら現場に到着した北警察署のパトカーのけたたましいサイレンが響いた。京介の合図で、族は壊れた車とバイクを残してバラバラに逃げ去った。圭吾は、背筋が凍りつくような恐怖を感じ、改めて数馬をマジマジと見直した。一体、何が起こったんだ?
「青子、コイツは一体何者なんだ」
圭吾は、絞るような声でやっとそれだけ言った。
「あなたそのベルト仕込みでしょ」と青子は言って数馬を睨んだ。それから圭吾に向かって
「数馬は、吉川数馬は、吉川流古武術道場の16代目よ」
といった。
「さ、行こうよ、ラーメン」
数馬はカチャカチャベルトを締め直すと何事もなかったかのように歩きだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます