迷宮症予防注射会場、ただいま配信中!
ウボァー
ある日の迷宮都市
広場にて、軽装鎧と全身鎧の戦士が取っ組み合いをしていた。
「やだー! やだやだやだ注射やだーっ!」
「やだやだ言うんじゃない!」
高めの声で叫び涙目でぷるぷる震えている猫系獣人の女性は歴戦の戦士である。持ち前の素早さを活かし、戦闘では前線で撹乱を担う。
……現在は注射の魔の手から逃れるべく全力で逃走しようとしている。
全力で逃げようとしている彼女の首根っこを引っ掴んでいる男もまた歴戦の戦士である。戦闘ではずっしりと待ち構え、後方の魔法詠唱者を狙う魔物を返り討ちにする。
……現在は大槌を軽々振り回せる握力で逃げようとする仲間を捕まえている。
「お前ドラゴンの口の中に単身突っ込んだこともあるんだから注射ぐらいいけるだろ! 全身ズタボロになる可能性なんて一つもないんだぞ!」
「ヤダーッ!!」
普段は立派にピンと立っているはずの猫耳はぺたんと倒れ、猫を飼う人が俗に言うイカ耳になっている。大絶賛警戒中だ。
「打たないとあの迷宮は潜れねぇんだぞ!」
「じゃあもう行かなくていーい!!」
「乗り合いの馬車で予防注射受ける決意完了したって言ってた口で何言ってんだァ!」
人目があるというのに口論を止める気のない二人組。
こんな姿を晒しているが、二人とも数々の凶悪な怪物をちぎっては投げちぎっては投げしてきた戦士である。
……この状況では全くそう見えないので、いちおう、がついてしまうけど。
迷宮攻略時になればちゃんとした戦士になるのである! 今は違うけど!
「――すみません、撮影よろしいでしょうか」
『デショカー?』
彼らに横槍を入れたのは申し訳なさそうな声と、その後に続く合成音声。
アッ自分無関係デス、と離れたくなるほど口論がヒートアップしている戦士に声をかける……という危機感受性センサーの故障を疑う行動をする人がいた。
黒髪のどこか幼なげに見える女の子と、背後にはふよふよ浮かぶ光る手のひらサイズの長方形の板。
武器も盾も握ったことのない女の子には似合わぬ、ちょっとした防具と同じぐらいの守備力を持つ厚手の衣服……いや、所属する組織の制服を纏い礼儀正しく一礼する。
「【渾冥迷宮支援会】の
『デース!』
【渾冥迷宮支援会】。
とある事件により出現した渾冥迷宮へ挑む探索者のサポート、バックアップを中心に活動するチームだ。
声をかけて来た少女――
曰く、別世界出身。ニホンなる国に住むニホンジン。
鑑定や魔法による解析の結果、その発言は洗脳や幻覚を含まない真実であると証明された。
残念なことに、互いの同意で発動する召喚魔法以外で来てしまったが故に、彼女が元いた世界への正式な帰り道は存在しない。
いかなる魔法を以てしても存在しない通り道を探して送り返すことは不可能である。
しかし、そんな不可能を覆せるものが迷宮である。
世界に満ちる不思議を蓄え、通常ではあり得ない事ばかり起こる、欲望と危険が渦巻く場所。
リスクにはリターンがあるように、迷宮を攻略した者は迷宮をどうするかを決められる。
存続か、改造か、消滅か、変換か。
存続を望めば、攻略前と同じままの迷宮が残る。再び迷宮を攻略しても迷宮の未来を決める権利は与えられないが、迷宮からの恵みで生きる者にとっては一番良い選択肢だろう。
改造を望めば、広さや階層の数、出現する魔物や宝物を変化させられる。迷宮からの恵みに特化させるか……出現する魔物を凶悪にしてしまうか。改造の方向によっては周辺国家から宣戦布告されてしまう可能性もある。
消滅を望めば、迷宮は消える。魔物が溢れるかもしれない、という危険は無くなる。しかし宝物も採れなくなる。この選択肢は周辺にて迷宮がどのように扱われているかを念入りに調査してからの検討をお勧めする。
変換を望めば、迷宮に蓄えられた不思議を使って一つの魔法が使える。
望みを叶える魔法。
叶う望みはなんでも……というわけではなく、攻略した迷宮の規模による。
未だに底が見えない渾冥迷宮を攻略し、変換したならば――きっと、世界を越えてきた少女を無事に送り届けることが可能だろう。
それほどの迷宮なら国が軍隊を派遣して攻略を狙うのでは、と考えた者もいるだろう。
渾冥迷宮には宝物が一切ない。代わりに魔物と罠がワンサカある。しかも魔物を倒しても素材を残さず、すぐさま消えていく。
迷宮攻略に掛かる金銭を補填するための手段が、他所から金銭を持ってくるしか無い。国が挑めば税金の無駄遣いと支持率は急降下するだろう。
だからこそ、こんな迷宮に好き好んで入ろうとするのは腕試しに来た強者と――金も名誉もいらない、異世界からの迷子を助けてあげたいと力を貸すお人好しだけだ。
受けた恩は返したい。
しかし少女には戦闘技術も特殊能力もない。
それでもなんとか支援活動がしたいと考えて、考えて。
「撮影してもよろしいでしょうか……?」
「あっ顔出し大丈夫ですいつも見てます! ファンです!」
『ワーイ! アリガトゴジマース!』
「撮影はいいけど注射イヤーッ!!」
――考え抜いた結果が、彼女がいた世界で行われていたという【ダンジョン配信】をすることだった。
「それでは名前をお願いしてもいいでしょうか」
三つの目に見えなくもない小さな丸ガラスをこちらに向けて、光る板が寄ってくる。
彼女が迷宮都市に広めた【ダンジョン配信】を見たことのある彼は、それが何を意味するのかを知っていた。
「あ、俺が【フェイタル・フェイス】リーダーのアルノです。他の面子は街でブラブラしてます。今日はまあ、見ての通りで」
「キ・ヨヒーナでーすぅうぬぬぬぬ、いにゃーっ!」
【フェイタル・フェイス】。広い知名度とそれに伴う実力もある迷宮探索チームだ。配信された動画を見て何か助けになれたらいいな、と来てくれたいい人である。
「うにゃにゃにゃにゃ」
そんないい人達が、もみくちゃになっている。
「これだけはしたくなかったが仕方がない」
アルノはヨヒーナを小脇に抱えるように持ち替えて。
「う゛に゛ゃっ!?」
「ふんぬっ」
きゅっと力を込めた。
突然の拘束でヨヒーナはバタバタドタドタと暴れるも、だんだんと動きが鈍くなり。
「フニャーン」
かくっ、と力が抜けた。
……締め落とした!
「あー、あー……いいんです?」
「大人しくできないこいつが悪いんで」
『ジーゴージトク』
不安そうに問いかけるも、まあ仕方ないよね、な感じで流された。
いいのかなあ。異世界だし常識が違うのかな、いいのかなあ……? ううん、異世界だとしても多分よくないと思う。
「あ、お金と案内状預かりましょうか」
「すんませんお願いします」
小さめの皮袋に必要なものが全部入っているのを確認し、待機所のほうへと手を振る。
「はい痛くないですからね力抜いてくださいねー」
合図を受け取り目にも止まらぬスピードでささっとやって来たお医者さんがでろんでろんになっちゃったヨヒーナにぷすっ、からの、ちゅーっと注入。
「数日は激しい運動を控えてくださいねー」
お医者さんは注射を受けた証明となる紙を手渡してすぐにささっと離れる。……アルノの手によってノックアウトされているため絶対に注意事項は聞けていない。
「協力ありがとうございました!」
『マシター』
気を失った仲間を雑に引きずっていく全身鎧の後ろ姿を見ながらぺこり、とお見送りの礼。
「――そこな機械を連れた下等生物よ、もしやお前が異世界とやらの者か?」
――そしてまた、予防注射を受けに違う人がやってくる。
たくさんの人と関わりつつ、出演時間は短時間。
これをたくさん積み重ねて一つの動画にする。
彼女が始めた【ダンジョン配信】。それは迷宮探索者を沢山の人に知ってもらうためだったり、ファンを獲得したり、配信の途中で宣伝や広告を入れてお金をちょびっと貰ったり、いろんなことをするために考えついたもの。
配信のタイトルは『迷宮症予防注射会場』。又の名を『ドタバタ広場』。
――これは、異世界から来てしまった女の子をきっかけにこんな感じの騒がしさをずっと繰り返し続ける、とある迷宮都市のお話。
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