過去に戻ったら元嫁が俺に熱烈アプローチしてきて困っています

オリウス

第1話

 処刑姫。

 それが、黒崎くろさきはるかにつけられた異名だ。遥はとにかくモテる。長い黒髪は絹のように綺麗だし、目鼻立ちも整っている。加えて胸も大きく、男子生徒の視線を釘付けにする。まさに魔性の女なのだが、本人は恋愛ごとに一切興味がなく、告白されても振りまくっている。

 そしてまた一人、彼女の餌食になる男子生徒が、近寄る。


「ねえ、黒崎さん、連絡先交換しようよ」


 遥に声を掛けた男子生徒は羽生陽翔。イケメンで女子たちにモテまくっている男子生徒だ。


「なぜ?」

「なぜって、黒崎さんと友達になりたいからさ」

「そう。断るわ」

「ど、どうして?」


 断られることが意外だったのか、羽生の声に動揺が混ざる。遥は羽生を真っ直ぐ見据えると、はっきりと告げた。


「私はあなたと友達になりたいとは思わないから。迷惑だからこれからは話しかけないで」


 あまりに容赦のない処刑っぷりに、クラスの男子たちに緊張が走る。


「嘘だろ。羽生でも駄目なのかよ」

「羽生で無理ならこの学校で黒崎さんと仲良くなれる男子はいないな」


 羽生はがっくりと肩を落として去っていった。

 遥は溜め息を吐くと、俺の隣の席に座る。


「まったく、どうしてああ下心を剥き出しにしてくるのかしら、男子って」


 それは遥が美少女だからに他ならない。遥とお近づきになりたいと願う男子はごまんといる。しかし、遥はそれを許さない。かつては俺も、遥に熱を上げた男子の一人だった。

 俺は今、タイムリープしてここにいる。十五年前の高校二年生に戻ってきた。

 俺と遥は夫婦だった。高校生の頃に遥に惚れた俺は遥に何度もアプローチした。固まった氷を溶かすのは簡単ではなかった。俺は何度も振られたし、何度も立ち上がった。めげずに遥にアタックし続けて、大学も遥と同じ大学を受験した。そして、俺の想いは実り、遥は俺の告白を受け入れてくれた。

 それから俺たちは結婚して、夫婦となった。だが、幸せな期間はそう長くは続かなかった。互いに仕事が忙しく、なかなか一緒の時間を取れずに、俺たちはすれ違っていく。些細なことで喧嘩になり、口を効かない時間が増えていった。

 最後の方は相手の存在を無視するようになってしまった。あれだけ好きだったのに、結婚したら上手くいかず、愛情が冷めてしまった。

 だからせっかくタイムリープしたこの世界では上手く人生をやり直したい。今度は遥にアタックせずに、別の誰かと幸せになる未来を目指す。

 俺はそう誓っていた。

 だが、現実は俺の思惑とは違った方向に進み始めていた。


「ねえ、篠原しのはらくん。連絡先を交換しないかしら」


 なぜか、遥が俺との距離を積極的に縮めようとしてくるのだ。過去、遥が俺との距離を縮めようとしたことなんて、ただの一度もない。


「いや、女子の連絡先を入れるのは恥ずかしいから」

「あら、周囲の目なんて気にしなければいいだけだわ。私はあなたと友達になりたいの」


 俺も処刑姫と呼ばれる遥のように、強気で断れたらいいのだが、生憎と俺の性格は違う。遥の容姿が、好きだった学生時代に戻っていることもあり、俺は強く逆らえない。


「連絡先だけなら」

「ありがとう」


 スマホを取り出して、連絡先を交換する。当然、その現場はクラスメイトにも目撃されているわけで。クラスメイトたちは目を丸くしてその状況を見守っていた。


「よろしくね。篠原くん。そうだ、お近づきの印に一緒に映画でもどう?」

「いや、用事があって」

「日程はあなたに合わせるわ」


 そう言われては逃げ道を塞がれてしまう。俺は溜め息を吐きながら、「次の土曜日でどう?」と提案する。


「土曜日ね。いいわ。楽しみにしているわね」


 遥はうきうきで目を細めた。

 いったいどうなっている。ここは俺が歩いてきた人生とは別の世界線なのか? 高校時代、俺は遥には相手にされていなかったはずだ。それなのにこの世界の遥は俺に好意すら匂わせるような行動を取っている。

 だが、いくら好意を向けられたところで、俺は遥の気持ちに応えるつもりはない。俺たちの結婚生活は失敗した。終わったのだ。俺たちは。


「篠原くんはどんな映画が好き?」

「俺は別に何でもいいよ」

「じゃあこのアニメのやつにしようかしら」

「え?」

「どうかした?」

「いや、何でもない」


 驚いた。遥がアニメを選ぶなんて。俺と結婚してからならともかく、学生時代の遥はアニメを一切見たかったと記憶している。遥が好きだったのはホラーよりの映画で、よく付き合わされた。

 だが、アニメ映画であれば、俺も退屈しないでよさそうだ。

 あくまで遥とは友達として接しなければ。それ以上踏み込ませてはいけない。俺の為にも、遥の為にも。俺とは違った人と結ばれた方が、幸せになれる可能性がある。

 不意に最後の光景がフラッシュバックする。離婚届に署名した遥は悲しそうに目を伏せていた。


「どうして、こうなったのかしら」


 手で目を覆い、涙を流した。そんな感情なんてないと思っていたから鮮明に覚えている。俺は結婚生活を振り返り、後悔はない。やれるだけのことはやった。だからやり直す気はない。



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