第6話 王子様と遇飯喫飯 遇茶喫茶

 突貫! 隣の晩ごはん。


 今日のメニューはなんだろね。


 牡蠣のグラタン。

 うなぎの蒲焼。

 山芋のサラダ。

 すっぽんのスープ。

 レバーのパテ。

 バゲット。


 なかなか偏ってるな?


「さあ、遠慮なく食べてくれ」


「30分で準備したにしては手が込んだ料理ばっかなんだが、どうやったんだ?」


 ゲームを物色してるうちに、あっという間に食事の用意が終わっていた。


「手料理を期待したのかもしれないが、まだまだ勉強中でね。冷凍だったり真空パックだったりの加工品だが味は保証するよ。

 ああ、ドレッシングはお手製だ」


「へー」


 最近の加工技術と保存技術はすごいね。


 食事のバランスうんぬんへのツッコミはしないでおこう。美味そうだし。


 それよりも…


「なぜ、オマエはオレの隣に座るんだ?」


「え?」


 何を言ってるんだ?という表情でこちらを見てきた。


 普通正面に座るだろ!?


 かなり大きなダイニングテーブルだ。わざわざ隣に座る必要はない。


 しかもなんか距離感が近い…


「食事のときはいつもキミの隣に座っているじゃないか?

 それに隣じゃないと、食べさせてあげにくいだろう?」


「??!?!!」


 見れば、フォーク、スプーン、箸などの食器は一人分しか用意されていない。


 そして、必要以上に距離が近い。


 なぜかコイツはオレの首に顔を寄せ、すーと息を吸い込んだ。


「美味しそうだね?」


 なんでオレの匂いを嗅いで、そのセリフがでてくるんだよ!


「そ、そうだな、どれも美味そうな料理だ!」


「ふふ、それじゃあ何から食べるんだい?

 ボクのオススメとしてはサラダかな?

 さっきも言ったがドレッシングはお手製で、キミのためだけに、ボクで作った特別製だ」


「いやいやいや、子供じゃないんだからじぶ…んで…」


 食べる、と言おうとして思わず口を噤んだ。


 オレの顔を見て覗き込んでくる王子様があの眼をしていた。


 つい数時間前、二人きりの教室を氷点下にしたあの眼差しだ。


 ぽっかりと空いた闇冥。


「さあなにからたべる?」


「や、山芋のサラダからで」


 右手の箸で山芋を取り、左手で手皿を作る。


 千切りにされた山芋に、滴るほどたっぷりとドレッシングがついていた。


「はい、あーん」


「…あーん」


 ままよっ!


 サラダが優しく舌の上に乗せられた。口を閉じると箸が引き抜かれ、サラダが口中に残る。


 鼻から抜けるさわやかな香草の香り。


 酸味、塩味、ほんの少しの甘味。


 シャッキリとした山芋の食感と相まってシンプルに美味だ。


「どうだい、ボクのドレッシング…」


 王子様が、なんかうっとりとオレが食べる様を眺めている。


「美味い。やたら美味いな。不思議な味だ。シンプルなのに懐かしい? なんか昼の卵焼きと共通してるような? 全然違う料理なのになんでだ?

 なあ、レシピ教えてくれよ」


「ふふ、今は教えられないかな。

 でも言ってくれればいつでも分けてあげるさ、キミにならね。

 それにしても卵焼きとの共通点を感じ取るなんて、鋭い味覚だよ」


「そうか?」


「ああ、キミの味覚はとても確かだ。さあ、次は何を食べるんだい?」


「もう一口サラダ」


「っ!! キミは本当にボクを喜ばせることが得意だね。まいってしまうよ」


 何かしてるつもりはないんだが?


 あーん、と口を開けると同じようにサラダを食べさせられた。


 料理は上手いんだが、これは少々まずいことになってきたぞ。


 二口目にして抵抗感が薄れてきている。


「取り寄せた物だけど、この牡蠣のグラタンもなかなか美味しい。呉の牡蠣だ。

 本当なら生牡蠣がいいんだけど、さすがに準備ができなかった。

 亜鉛が豊富だ。

 濃くするんだよ、亜鉛は…」


「な、何を…?」


「さぁ、なんだろうね?

 ほら、熱いから注意して」


 ふー、ふー、と息を吹きかけて冷ましてからフォークを差し出してきた。


 まぁ、もういいか。


 逡巡することなく食べる。


 ぷりぷりとした牡蠣の食感と風味がチーズにマッチしている。


「うまいな」


「そうだろう? どれボクも一口…」


 当然のように、同じフォークでグラタンを食べる王子様。


 実に美味そうに食べるじゃないか。


「いいね。美味いね。やはり最高の調味料だ!」


「そうだな。一人で食うよりも誰かと一緒にする食事のほうがいい」


「ははは、そうゆうことではないんだけどね。

 だがキミと一緒の食事は、たとえそれがレトルトだったとしてもボクにとってはどんな高級なレストランよりも勝っているよ」


「あいかわらず大げさな物言いだな。

 どれ、じゃあ次はうなぎの蒲焼を…」


 と、さりげなく箸を持って自分で食べようとしたところ…


「うなぎだね。ボクが食べさせて、あ・げ・る・よ」


 がしっと手首を掴まれて、にっこりと笑顔を向けられた。


 手首が、痛い。


「…お願いします」


 指を絡めるように箸を取り上げられた。


 そして、そのまま恋人繋ぎへ。


 王子様は目を細めて、ささやくように言った。


「あきらめろ…」


 あぁ、もうお手上げだ。


 観念したよ。


 大人しく口を開けてうなぎにかぶりついた。


 肉厚で柔らかな白身からは濃厚な脂が染み出し、甘じょっぱいタレと絶妙に合う。脂とタレで濃い味なのにしつこくなく、焼き立てでないのに炭の香りがした。


 美味いなー。美味いけど、じっと見られていると食べにくいなー。


「浜名湖産のうなぎだね。真空パックだが焼き加減に丁寧な職人の仕事を感じられるね。

 精の付く食べ物といえばうなぎだ」


 自分もうなぎを切り分け口に運ぶ。


 最早何も言うまい。


「次はすっぽんのスープはどうだい?

 口移しで飲ませてあげようか?」


「さすがにそれは勘弁してくれ」


 冗談だと思うが…思いたいが、ここまでの行動、言動、気配からするとやりかねない。


「ははは、さすがにすっぽんでは色気がないね。

 唇を重ねるならもっとロマンチックなほうがいい。

 ここは素直に食べさせるだけにしておこうか」


 それは、色気のある物だったら実行したということなんだろうか…生卵とか?


「さぁ、おかわりもあるからどんどん食べるといい。

 遠慮はいらないよ」


「…あんまり食いすぎると鼻血でそうだな」


「ふむ、確かに精のつく料理が多いね。

 気が付かなかったよ」


 白々しい。


 まぁ、乗ったオレも悪い。


「量的には十分だ。スープくれ」


「ふふ、はいどうぞ」


 何がそんなに楽しいのか。笑顔のまま、スプーンですくったスープが差し出された。


 合間合間に自分も食べながら、丁寧にオレへの給餌を続ける王子様。


 まるで雛鳥になった気分だ。


 それとも土に埋められたアヒルか?


 その後も食事は続き、あらかた平らげたところでようやく開放された。


「ごちそうさん」


「はい、おそまつさま」


 本日二度目のやり取りを経て、場所をソファーに移して食休みだ。


 アイツは機嫌良さそうに片付けをしつつ、コーヒーを淹れる準備をしている。


「いつも通りブラックでいいかい?」


「あぁ、濃いめで頼む」


「了解した」


 キュッと蛇口をひねる音がして水が止まる。少しするとゴリゴリとミルでコーヒー豆を挽く音が聞こえてきて、次第によい香りがしてきた。


 チョコレートのような甘い香りと、香ばしい焦げたような香りだ。


 深煎りのコーヒー豆か?


 アイツが好きなカフェオレとの相性も良いだろう。


「おまたせしたね。

 お茶請けはひとくちチョコレートだ」


 マグカップ2つとお茶請けの皿をローテーブルに置いて、王子様はオレの隣に座った。


 オレのために淹れたブラックコーヒーとアイツが飲むカフェオレだ。


 マグカップのデザインは同じで、ロゴの色だけが違う。


 カップに波々と注がれたコーヒーは、オレの言った通り濃いめに淹れたのだろう。湯気とともに立ち上る深煎り特有の香気が鼻腔を撫でる。


 黒々として表面にはかすかに油分が浮かび、くるくると回っていた。


 カップを手に取ると、より強く香りを感じられる。


「オマエ、そのチョコ好きだよな」


「ん? そんなこともないけど、どうしてだい?」


「あぁ、よく食べてるのを見ると思ってな」


「それはキミの家に常備してあって、遊びに行くとおやつで出してくれるからじゃないかい?」


「それもそうか。でも、オマエは明らかに多めに食っている」


「ふふ、ボクのことをよく見ているね」


 嬉しそうな声色だ。


 なんとなく不利な話題になりそうだったので話をすり替える。


「そういえば、このソファー昔はなかったよな」


「ん? ああ、春先に大きな物に変えたんだ。

 四人掛けだね。部屋をカジュアルにしたくて布製にしたんだ。

 キミとボクの二人が横になってもけっこう余裕がある。

 素肌でも布製だから心地よい。

 あぁ、汚れてしまっても気にしなくていい。

 記念になるだろう」


 藪蛇な方向に行ってしまった。


 それはいい。


「さぁ、冷めないうちにコーヒーを飲んでくれ。なかなか上手く淹れられたと思う」


 自分はチョコレートを取りながら、そう勧めてきた。


 いいんだが、なぜそんなに近い!


 四人掛けのソファーに二人で座っているのだ。肩の触れ合う距離でいる必要もないだろう。


 パーカーも脱いでるし。


「どうしたんだい? コーヒーが冷めてしまうよ?

 あぁ、そうか! 口移しで飲ませて欲しいんだね。

 少々待っててくれ」


 オレのカップを取って口に含もうとする王子様。


「やめとけ。すっぽんスープよりはマシだが、コーヒーじゃ熱すぎるわ」


「ふむ、それもそうだね。どうせなら映画のワンシーンのように劇的に、コーヒーよりも熱いモノにしようじゃないか」


 そう言いながら、オレの手を取った。


 ただでさえ近い距離を更に詰め膝を寄せる。マグカップの取っ手にわざわざ指を掛けさせ、最後にオレの手とマグカップを手のひらで包むようにして渡してきた。


「冷めないうちに…」


「あ、あぁ…」


 先程から、生足の膝が当たっていて意識せざるを得ない。


 わざとなのか、この王子様はオレの隣に座ってから、表現しきれないほどの微妙さと頻度で身体に触れてくるのだ。


 指先、肘、肩、膝、爪先。


 オレの方を覗き込んでくる王子様の視線が、恐ろしいほど深い。


 同時に湿度の高い暗い感情も見え隠れしている。


 …ちょっと焦らしてみようかな。


 マグカップを口元まで持っていき、香りを楽しむ。


 うん、とてもいい香りだ。


 オレは口をつけようとして、

「すっげーいい匂い。どこの銘柄?」 


「っ! インドネシア産のマンデリンだね。フレンチローストでカフェオレに良く合う。ブラックで飲んでも美味しいはずだ」


 お、ちょっと苛ついたな。表情には出なかったが少しだけ気配が漏れたぞ。


 このあたりは伊達に長く幼馴染をやってない。


「へー、ウチじゃ近所のコンビニの粉だからなー」


「コンビニコーヒーも十分美味しいけどね。100円程度で飲めるコーヒーとしてコスパは最高だと思うよ。

 さぁ、冷めないうちに飲んでくれ、上手く淹れられたと思うんだ」


 つつーとオレの太ももに指先を這わせ膝先をより強く当て、爪先は器用に足指を動かしてオレの足に絡めてくる。


 トドメにその豊かな胸を…胸の先をオレの肩あたりにツンと当ててきた。


「お、おう、どれどれ…」


 真っ黒な瞳で、すっげー凝視してる。


 オレは今度こそマグカップに口をつけ、

「そういえば、今日の授業でさ…」


「早く飲め!」


「…はい」


 焦らしすぎたか。


 観念したオレはコーヒーを口に含んだ。


 深煎り特有の芳醇な香りが口内に広がる。濃いめのリクエスト通り強い苦みとコク。酸味が無いのが実にオレ好みだ。


「うまいなー」


 オレはしみじみと感想を伝えた。


「すげーうまい」


 二口目。

「確かにこれならカフェオレにしてもよさそうだ」


 三口目。

「何と言っても香りがいい。蒸らし時間が絶妙だ」


 四口目。

「抽出も時間もちょうどいいのは間違いなくオマエの技術だな。豆が細かく挽かれているから苦みが濃い」


 一息に飲んでカップを置いた。


「さぁ、飲んだぞ」


「…あぁ、飲んだね。とうとう飲んでくれたね」


 最早、気配を隠そうともしていない。


 夕暮れの教室。


 帰りがけの道。


 コイツの家の門扉に立ち塞がったとき。


 家に入った後も隠しきれず、時折見え隠れしてしまっていたコイツの不穏な空気。


「さぁ、もう少しこっちに来てくれ」


 もうこれ以上近寄れねーよ。


 やられっぱなしも癪なのでセクハラの一つもしてやろうじゃないか。


 まずはその巨大な乳を鷲掴みにしてやろうとした矢先に急激に来た!


 視界が傾いていく。


 倒れ込みそうになるオレの身体を誘導し、自分の太ももに持っていく幼馴染の王子様。 


 おー、太ももが柔らかい。


 せめてコイツの体臭を思いっきり堪能してやろう。


「キミが焦らしたりなんかするから、ボクはもう暴発寸前だったよ?

 あまりにも間をもたせるものだから、ホントに口移しで飲ませてやろうかと思ったんだけど」


 愛おしそうにオレの頭を撫でながら見下ろす暗い視線。


 まだ意識は保てている。


 しばらく二人とも無言。


 オレも何かやり返してやろうと、腕を上げようとしたがピクリとも動かない。


 残念、せめて尻でも触ってやろうと思ったのに。


 だが喋ることはできそうだ。


 オレは一言、

「盛ったな?」


「ふふ、わかっていてそれに付き合ってくれるキミが…」


 アイツの嬉しげな顔が霞んでいく。




 ――ボクは大好きさ。




 最後の方は空耳だったのかもしれない。


 オレは素直に意識を手放した。

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