悪夢を見ないで済む方法

宮永レン

第1話

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 白いローブをまとった私が、広場の中央に跪き、群衆の無慈悲な視線を浴びながら震えている。


 目の前に立つ兵士が持つ白刃に、自分の恐怖に歪んだ顔が映っていた。艶の消えた長い金の髪、虹のようだと褒めたたえられた瞳に光は失われている。


 やせ細り、唇はひび割れ、醜いと罵る声が投げかけられた。


 やがて、剣が私の上に振り下ろされ――毎回そこで激しい動機と脂汗で目が覚める。


 最初に見たのは10歳の誕生日で、私が『聖女』として大教会に迎えられた最初の年だった。


 慣れない場所での生活で疲れがあったのかもしれない、そう思っていたけれど、毎年誕生日には必ず同じ夢を見るようになった。


「ファラ」

 名前を呼ばれて振り返ると、そこには見知った顔。


「元気がないね。どうかしたの?」

 そう尋ねてきたのは、同じ大教会の聖騎士、アルゴスだ。


 蕩ける淡い金色の髪は、陽の光が当たると真珠のように煌めく。同じ色の長い睫毛から覗く深い碧色の瞳は、まるで凪いだ湖面のように澄んでいた。端整な顔立ちが優雅な笑みを浮かべれば、たちまち女性たちの心をつかんで離さない。


 けれども彼は神に仕える身だからといって、誰に対しても一線を引いていた。

 それは私も同じ考えだ。癒しの力で救われた人々の中には私をぜひ妻にと切望する者もいるが、すべて断っている。


 今は自分の幸せよりも、人々の幸せを祈ることが使命だ。


「なんでもないわ」

 私は長身の彼を見上げ、にこりと笑ってみせる。


 聖女は人々に安らぎを与えるべき存在で、不安や悲しみは表に出してはいけないとされているので、どんな時でも笑顔を絶やしたことはない。少なくとも大教会こちらに来てからは。


「何年一緒にいると思っているの?」

 アルゴスはやや呆れたように肩をすくめ、私の明るい金の髪に大きな手を置いて、くしゃくしゃと撫でまわした。


「もうっ。私、子供じゃないんだから、やめて」

 私は笑顔のまま、語気を強める。


 アルゴスはもともと孤児で、私が大教会へやってくる前から騎士見習いとして励んでいた。当時は、剣術の稽古だけではなく、掃除や奉仕活動の手伝い、儀式の準備など、毎日休む暇もなく働いていた。


 故郷が恋しくて笑顔が作れない時、彼はわざとふざけて私を笑わせてくれた。人々から過剰な期待や好奇の目を向けられた時、さりげなく彼の背中に隠してくれた。


 その頃から、彼は私の騎士だった。


 大きくなって、正式に聖騎士団に入り、魔物の討伐にもでかける。私はそんな彼を守りたくて、危険だと周囲から言われても遠征に同行し、傷ついた騎士たちの怪我を癒した。


 与えられた使命を、粛々とこなす毎日。信頼できるアルゴスとなら、頑張れる気がした。


 でも――。


「夢を……見るの」

 私はぽつりと独り言のように呟いた。


「10歳の頃から、誕生日の夜に必ず怖い夢を……」

 もう黙ってはおけなかった。誰かに聞いてほしかった。

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