第4話 家政婦
「お嬢様、部屋にいるのですか?」
静寂を切り裂くように、家政婦の声が響いた。
マズイ。
いや、これはもはや「マズイ」の域を超えている。
もし今、この部屋のドアが開かれたら、俺の人生は大きく狂うかもしれない。
いや、すでに狂い始めているのかもしれないが。
目は開かない。
視界は暗闇に閉ざされている。
だが、耳ははっきりと周囲の音を拾っていた。
「美佐子さん、ただいま。」
愛華の落ち着いた声が聞こえる。
「お嬢様、その方は一体……?」
「彼は同じクラスの山崎直哉。気にしないで、ただの栄養剤よ」
……は?
俺は自分の耳を疑った。
ただの、栄養剤?
愛華は一体何を言っているんだ。
「その者から魔力を補給なされたのですか?」
「えぇ、さっき力を使っちゃったからね」
魔力?補給?
なんだそれは。
俺の常識の範疇を完全に逸脱している単語が、
当然のように飛び交っている。
「この近くで無人のトラックが人にぶつかったと聞きました。まさかお嬢様が……」
「えぇ。例の黒服の男が私を狙っていたから仕方なくそうしたまでよ」
愛華の声は至って冷静だった。
「ま、あいつは不死身だからまた襲ってくるかもしれないけど、
足止めにはなったわ」
……。
…………。
………………いやいやいやいやいや!!!!!
俺は飛び起きた。
「どういうことだよ!!!」
自分の声が、部屋の静けさを破る。
愛華はベッドの横でこちらを見下ろし、僅かに目を細めた。
「全部聞いていたの?」
「あぁ、最初から最後までな」
心臓がまだバクバクしている。いや、それどころじゃない。
「……あんたたち、一体何者なんだ?」
しばらくの沈黙。
愛華はゆっくりとため息をつき、軽く肩をすくめた。
「私は魔野愛華。で、隣にいる彼女は家政婦の美佐子さん」
そして、まるで何でもないことのように言った。
「それ以外の何者でもないわ」
――いや、そんなわけあるか!!
「なぁ!あんた!本当のことを俺に話してくれ!!」
俺は家政婦に愛華の代わりに説明するように促した。
正直、今の俺には何が何だかよくわからないし、
どうしていいのかもわからない。
それでも、少しでも愛華のことが分かるならそれにこしたことはない。
そう思った。
家政婦は淡々とした口調で、まるで全く驚いていないかのように話し始めた。
「お嬢様のご一族は代々、魔法と呼ばれる特殊な力を持っております。
そのことをある組織に知られてしまい、
お嬢様は黒い服を着た男に狙われることになったのです」
家政婦の言葉で、俺の頭がフル回転を始めた。
魔法?組織?黒い服の男?
どれもこれも現実離れしているが、真実なのだろう。
「その組織は愛華お嬢様をとらえて、
特殊な能力がどんなものなのかを解明しようとしているのだと思われます」
と家政婦は言った。
人体実験……。
その言葉が俺の脳内で反響して、息が詰まる。
特殊な力を持っているってだけで愛華がそんな目に遭うのか?
「山崎さま、このことはどうか誰にも話さないでいただきたいのですが…」
家政婦が真剣に頼んできた。
その眼差しに押され、俺はただうなずくしかなかった。
言いたくても、何も言えない。
この状況じゃ、どうにもできないんだ。
俺は愛華を見て、さっきのことを思い出した。
「さっきキスしたのは、魔力を補給するためだって言ってたよな?」
愛華は少し困ったような顔をして、けれどしっかりと答えた。
「えぇ、あの学校の中であなたが一番魔力のオーラが出ていたから、
そうしたまでよ」
俺はその言葉に、少し傷つくと同時に、妙に納得するような気持ちが湧き上がる。
魔力のオーラなんて、俺は感じたこともない。
だけど、それは愛華にとって必要不可欠なものなのだろう。
「また魔力が必要になったら、さっきと同じことをするのか?」
俺は問いかける。
愛華は少し考えた後、俺に背を向けて答える。
「えぇ。だけど、あなたが嫌なら他の人を探すわ」
その言葉に、俺の胸の中に一気に嫌な感情が湧き上がった。
愛華が他の誰かとキスしている姿を想像すると、なんだか嫌な気持ちになる。
「俺は嫌じゃない。ただ…」
「ただ?なに?」
愛華が俺の方を見て問いかける。
その視線が痛い。
「なんか不公平だ。俺だけ一方的に魔力をしぼり取られるなんて…」
俺の言葉が部屋に響くと、愛華は少し驚いたように目を見開いた。
そして、しばらく黙った後、少しだけ強い口調で言った。
「だったら、どうすればいいの?」
「……美佐子さん。家政婦の給料、どれくらいなんですか?」
俺は思わず尋ねた。
美佐子さんは少し驚いた様子だったが、すぐに答える。
「50万円ほどですね」
その言葉を聞いて、俺は驚く。
50万円…!
裕福な家の家政婦としては妥当な額かもしれないが、
俺にとっては十分すぎる金額だ。
「まだ高校生だというのに、ここで働くおつもりですか?」と美佐子が尋ねた。
「えぇ。実は今、ぼろアパートで一人で暮らしてて、
これからバイト先を探さないといけないんですよ」
俺はため息をつきながら答えた。
「そうなの?」
愛華がちょっと驚いた顔をする。
それでも、すぐに俺の状況を理解したのか、考え込むように黙りこむ。
俺はその沈黙に耐えられず、続けて言った。
「愛華、ここで働かせてほしい。家政婦じゃなくても、何か役に立つことがあればなんでもする、だから…」
愛華は少し考える素振りを見せてから、ゆっくりと口を開いた。
「歩合制だったらいいわ」
「歩合制!?」
俺は思わず驚く。
歩合制なんて、そんな不安定な収入で一体どうやって生活するんだ・・・。
「安心して、悪いようにはしないわ。全てはあなたの頑張り次第よ」
愛華は微笑みながら続ける。
「それに、歩合制なら、お父様もきっと了承してくれるはず」
その言葉に、俺はどう返せばいいのか迷った。
でも、ここで断ったら何も変わらない。
ここで働けば、少なくとも生活の目処が立つかもしれない。
「わかった。その条件で働かせてもらう」
そう言うと、愛華は
「じゃあ、それで決まりね」
と立ち上がり、
俺を隣の部屋へと連れて行った。
小さなテーブルとベッドが置かれただけの殺風景な部屋の中に入ると、
愛華は一言も言わずにクローゼットを開ける。
そして、そこから一着の服を取り出す。
それは、見たこともないような立派なスーツだった。
よく見ると執事が着そうな服にもみえなくもない。
「さっそく今日から働いてもらうわ」
愛華はそう言って、俺に向かって手をかざす。
次の瞬間、俺の服が魔法の力で一瞬で脱がされ、執事の服に変わった。
「なっ、なんだ?!」
驚きと戸惑いが入り混じった声が、思わず口から出る。
「それがあなたの新しい仕事着よ」
愛華はニッコリと笑いながら言った。
俺は呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。
自分が今、何をされているのか、全然理解できなかった。
でも、もう後戻りはできない。
「で、今日からここがあなたの部屋」
愛華はそう言って、俺が立っている前のベッドに座った。
俺はその言葉に驚き、思わず言葉を失う。
「俺の部屋?」
愛華はにっこりと微笑んだまま、まるで当然のように答える。
「そう。あなたにはここで住み込みで働いてもらうから」
その一言で、俺の心はますます混乱した。住み込み?
それも、突然決まったようなものだ。しかも、この家で。
何もかもが急すぎて、頭が追いつかない。
「夜になると、美佐子さんは帰っちゃうから」
愛華は少しだけ手を伸ばして、俺を見つめながら言った。
「あなたには私のボディガードとして、これから住み込みで働いてもらうわ」
その言葉に、俺は喉をゴクリと鳴らして飲み込んだ。
「家賃と光熱費に関しては、そうね…」
愛華は少しだけ考え込んだように目を細め、俺の反応を見てから言葉を続ける。
「あなたの魔力でおぎなってもらうことにする。それでいいかしら?」
その瞬間、俺は愛華とさっきのキスを思い出した。
魔力を補充するためにキスをして、その時の感覚が今もまだ胸に残っている。
それを思い出しながら、俺は言葉を探す。
「それって…」
俺は言葉に詰まる。
「毎月、愛華に魔力を渡して家賃や光熱費を払うってことか?」
愛華は優雅にうなずくと、微笑んで言った。
「えぇ、そういうこと」
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