第3話 星に願いを

「でねー、最近買ったペンが良くて、書きやすくて、なんだろ、もうースケート?スケートで踊ってるくらい軽い!!」


 配信アーカイブの彼女の声が聞こえる。買ったペンがそんなにいいのだろうか。

軽くて、滑りもよく⋯⋯あずさがそんなペンで書いて、喜ぶさまを頭に浮かべると

じんわりと心が暖かくなった。今、自分も手紙を書こうとしていることもあって、

そんな良いペンがあるなら、自分も書きたいなと思った。


 あずさが体験していることを自分でも体験する。

 紙にペンをすべらせる。文字になった姿を見る。

きっと息を呑んでしまうだろう。目だって輝いてしまうかもしれない。

こらえきれないその喜びは、光が弾けるように楽しく、そして⋯⋯。


「あずさちゃんとの思い出はきらきらして美しく感じてます」


 千秋のファンレターはそんな書き出しから始まった。


 千秋はもともとVtuberを見たことがなかった。

もともと陸上部で頑張っていて、体を動かすことが大好きだった。

汗をかく感覚や、動かした体が脈打つように興奮してる感覚。

外の空気を切るような、自分の体の動き。そこに夢中になってしまったのだから

正直、Vtuberなんて、本当に見る余地もなかったのだ。


 ただ話として変わってきたのは、高校三年の冬だった。

受験に合格し、学校も単位を取り終えたことで、行く必要もなくなった。

友人とそんなしょっちゅう遊びまくることも、お金の関係でできなかったので

家で、動画サイトを見ることが増えた。


 その中で、見つけたのだ。桜見あずさを。


 正直、あずさに一番最初に興味をもったきっかけは容姿だった。

桜色のボブの髪に、白い桜の花飾り。少し魔法少女のようなキュートさを持った

ドレスを着た彼女は、昔千秋が欲しくなったお人形とそっくりだった。


 子供の頃、カワイイものが別にとりたてて好きではなかったが、そのお人形だけは

どうしようもないくらいに執着してしまう自分がいた。

 心臓をひきよせられるかのような、魔法にかかっていた。


 しかし親は自分のことをサッカー好きで、青色のヒーローが好きと思い込んでいる。

 子供心に思ってしまったのだ、この人形を欲しがるのは


「自分らしくない」って。


 服の袖をぎゅっとつかみながら、毎日人形に気にかけていながら

しかし一度として「欲しい」と言えなかった。


 そのお人形によく似たVtuberが、配信をしている。


⋯⋯これでクリックしない理由があるのだろうか。


 あずさは初見の自分に対して、楽しそうにあいさつしてくれた。

見た目のイメージよりは少し声が低めで、フラットな印象があった。

大人感がちゃんとあるというか。


 だが、千秋が話題になっていたきぐるみについて、知ってるし好きとコメントしたら。


「え、知ってるんだ、いいよね! あの絶妙なゆるさとか、そのくせ声が渋いとか!!」


 一瞬、戸惑った。感情が急に上ずったから、視界が揺れた。


 あずさの跳ね上がった感情と、上ずって少し幼く聞こえる声のキー。

カワイイだけではなく、なにより心に残っている姿、大きく見開いた目。


 心が掴まれた。素で思ってしまったのだ。


 かわいいって。子どものようにドキドキするくらいに、キュンとした。


 自分の中で、桜見あずさという存在が花開いた瞬間だった。

 桜のようにふっくらと蕾がほころび、心から美しいといいたくなるような

可憐さで、千秋の心に咲きほこる。


 それは⋯⋯暇で退屈だった世界に、朝日がさし、水は流れ、きらめき、

何より風が通り過ぎて、走っていた頃のような爽快さがあった。

 モノクロが色づいただけじゃない、世界の変革のようで。


 彼女が輝いて見えた。

まるで、祝福のようだった。


「俺にとって何よりも素敵なものに見えました。あずさちゃんは本物のアイドルです。いや、ほんとはアイドルって言い方がいいのかって思っちゃいます。でも、アイドルだからすごい応援したいんじゃなくて、なんだろ、きっと俺が本当にあずさちゃんを応援したいと思ったのは⋯⋯」


 ⋯⋯千秋は大学一年の終わりで実は大変なことになっていた。

一年のうちに取っておかないといけない、単位を取り損ないかけたのだ。

テストのときに、熱で頭が回らず、途中退席。さすがに哀れに思ったのか

講師から課題をクリアすれば、単位をという話になっていた。


 しかし温情の課題ですら体がおいつかず、しめきり前なのに、十分書けない自分が嫌になりそうだった。正直逃げ出したい、大学からも家からも。走って、遠くに行きたくなるような。

 そこまでに、心が追い込まれていた。袋小路から出られないネズミだった。


 泣いても、袋小路の中を走り回っても、なんともならない、ネズミ⋯⋯。


 普段は配信で変なことを言わないようにしていたが、さすがに心が限界過ぎて

コメントを勝手に打っていた。


【課題が本気で終わんない、しんどすぎる】


 打った後で、あっ、となった。

なんてことを打ってしまっているのだ、配信の流れに影響しかねないじゃないか。

それこそ、自分の弱いところをほろりと出してしまったみたいで、目を逸らしたくなった。

あまりにダサすぎる⋯⋯こそこそコメントを消そうとする。しかしその前に⋯⋯。


「大丈夫? なんかさ、私、大学に行ったことないからわかんないけど。単位を落とすと色んな意味でやばいんでしょ」


【やばい、次の年に影響が来る、こんなことにならないようにしてたのに、苦しいんだ】


 ああ、やばいやばいと思う。言わなくてもいいことを、ぽろぽろ指で打ち出してしまう。

指の動きはあまりに止められないほどにすばやい。それは必死な駈込み訴えだった。


「そっかー、じゃあそれでも頑張ってるのえらいね、きっとすごい努力してるんだと思う。

だってそこまで努力してなきゃ、ここまで必死にならないでしょ」


 あずさの声は本当に優しかった。冬に飲むコーンポタージュみたいだ。

駅で飲む缶のコーンポタージュは寒さを少し遠ざけてくれる、魔法の飲み物のようだ。

いま、そんなぬくもりを、あずさから受け取った。


「だから、きっとさ、私の想像を超えるくらいに辛いと思うけど。くじけないでほしい。

あなたはきっと、できるよ⋯⋯だって、私に頼っちゃうんだから、なんせ、あずさの応援は

すんごいパワーになるって、超評判だからね」


 あずさはウインクしながら、話を終える。

それを見た千秋は思わず、ぷっと吹き出した。なんだ、そのシメの言葉はと思うと同時に。


「これじゃ、凹んでられないな⋯⋯」と口から言葉が漏れていた。


 言いたいから言う言葉じゃなかった。思いが、声になってしみだしていた。

彼女の言葉は、カサついたあかぎれの肌に塗る、優しい軟膏だった。

肌に染み渡るように、千秋の心も息を吹き返していく。


 この暖かさを受けて、凹んで何もできなかったら⋯⋯あまりにもダサい。

 千秋は唇を引き結んだ。気合をいれるように深呼吸をする。

肺へ届く新鮮な空気が、頭のもやもやを晴らしていった。


「あのはげましのあと、無事単位を取れました。あの言葉がなかったらだめでした、本当にすんごいパワーです、いや、そうじゃないかも、あずさちゃんは、俺の力で、光です」


⋯⋯彼女は夢があると言った。

昔、自分を助けてくれた看護師みたいになると。

まっすぐすぎる彼女の思いを⋯⋯あらためて、噛みしめる。


 現実、こうして手紙を書いたとしても何も変わらないだろう。

彼女が、引退取り消しするわけじゃない、どんなに愛を綴ったとしても。

 それでもあずさへの感謝を伝えることは悪い気分じゃなかった。


 きっと引退撤回して欲しいとか言う前に、言いたいことはたくさんあったのだ。

彼女のことを、ゆるっとガチ恋していると思っていた。でも本当は。


 あずさという星を見る、旅人だったんだ。


 一番星のようなあずさを見て、人生に迷いそうなときも、気持ちをとりもどす。

いわば心の羅針盤だった。

 ときにあずさの光を見て、見惚れ、ときめき、一緒に笑いたいとおもい、掴めないからこそ


 何よりの宝だと思えたんだ。


 すんと鼻をならした。いけない、と思った。なんだよ、ここまでこんなことなかったのに。

あずさの事を頭に浮かべようとして、視界が濡れて歪んでいく。雨に濡れた窓のようだ。


 感情に飲み込まれて、どうかしてしまう前に、最後の文章を書いた。


「どうか、夢をかなえて、別の場所でまた輝く星になってください」


 星に願うということは、自分の願いを叶えるためのものだと思っていた。

でも、そうじゃないこともあるらしい⋯⋯。


 ただ、愛したものの幸せを祈る

 そんな願い方もあるんだろう。

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