物の尺度と臨機応変の天秤(2)
魔術協会において遺跡の調査は珍しくない案件だ。
同じ場所を掘り返しての再調査や、未踏の地や新しく発見された大小さまざまな魔術関連の遺跡の調査などが含まれる。ひと月に十人程度の小隊を組んで、大陸のあちこちに派遣されることもよくあるため、特段目新しい話ではなかった。
ただ、今回のように調査隊が壊滅するという状況はほとんどなかった。
調査には当然、魔物がつきまとうものだし、遺跡に関わる魔術が凶悪なものや禁忌性の高いもの、あるいは長らく封印・秘匿されていた理由を持つ場合もある。そのため、調査隊は高位の魔術師を中心に編成される。
黒衣と治癒師の同行は必須であり、加えて契約の護衛騎士が組み込まれる。黒衣以外の魔術師には護衛騎士がいる者とそうでない者がいるが、ファルジェなどの白銀位以下の魔術師、あるいは魔女には、よほどの事情がない限り護衛騎士が付く。そのため、小隊といえど、それなりの手練れが揃い、一定の規模となる。
中程度以上の魔物であれば、防衛を主軸にすれば上手く討伐も可能だろうし、それ以上の上位魔物に遭遇した場合でも、重軽傷者こそ出るものの、撤退の判断さえ誤らなければ被害はそこまで甚大にはならないはずだった。
だからこそ、異様なのだ。
あれほどまでに人命を損なうとは、一体何があったのだろうか——。
「俺たちが向かったのは、イストールという村の奥にある、坑道の横穴から突如出現した遺跡だった」
「坑道の横穴?」
「鉱山はすでに閉じられているが、クズ石程度の石炭が取れるということで重宝されていたそうだ。本来なら入口を閉じるべきだったが、生活資源を求めて地元民が暗黙の了解のうちに掘っていたという。老朽化が進んでいて奥には進めないが、手前を左右に掘る分には問題ないらしい。横へ横へと掘り進めているうちに玄室と思われる空間が見つかったらしい」
「玄室、というと霊廟……ですか」
「レトーネ……。隊を仕切っていた白銀の話によれば、中世期以前の魔術様式が見られることから、封印墓だった可能性が高いという。瘴気の有無を確認するため、アゼハと共に潜ったが、中は綺麗なものだったよ」
封印墓というのは、当時の社会階層が高い人物の霊魂が、魔物に喰われたり魔物と化したりしないよう、霊廟全体を禁忌の場所として術をかけて保全する墓所のことを指す。
現在も王族や一部の高位貴族、あるいは高位の魔術師の埋葬に使われることのある手法だ。年々減少はしているが、安らかなる死を望む貴人は今も少なくない。
しかし、封印墓の構築は膨大な労力を要する上に、下手な術者が手がけると欠陥だらけになり、逆に魔物を呼び寄せる瘴気のたまり場になることがある。
(だからこそ、自分たちの身の安全を考え、瘴気を払うという建前で黒衣の魔女であるアゼハを先導させたのだろう)
シェイリーンは、すぐにそう予測した。
(全く。嫌なやり口だわ)
瘴気に満ち、魔物の住処となっている場所に黒衣が足を踏み入れれば、空腹必至の魔物たちがこぞって狙うことは目に見えている。瘴気を祓うにしても、浄化の最中、一切身動きができない黒衣は非常に無防備だ。
死に向かわせるような采配に、さしものシェイリーンも怒りを隠せなかった。
けれど、怒りの矛先を向けるべき相手の命はもう失われてしまっている。やり場のない怒りをどうやり過ごすべきかとため息をつく。
「瘴気がないとなれば、中の術式は完璧な状態で保全されていた、ということになりますよね。封印墓だった可能性が高いとわかるほどには、組み込まれた魔術が維持されていたということですか?」
ヘイリルの口ぶりからわかるのは、誰かがその玄室の封印を解くまで、霊廟にかけられていた魔術は動き続けていたということになる。残滓が感知できるとなれば、術が破れてあまり日が経っていないと推測することができる。長く完璧に保たれていたということから、結界の一部が削れても予備装置的なものが働く仕掛けになっていた可能性もある。
「封印の魔術の仕組みに関してはわからないが、アゼハによれば空間自体に淀みや閉じ込められたままの霊魂はないということだった」
「部屋の中には何が?」
そこまで厳重に守られているものが何かによって、魔術者の対応は変わる。
副葬品が込められている部屋なのか、それとも棺そのものなのか。
おそらくこれまでの話からすると、部屋には「魔術」を知っている者は入れるが、そうでないものは入れなかったのだろう。副葬品がうずたかく積み上げられた部屋であれば、民間の流れ者の魔術師を雇って中のものを取ってきてもらってもよいだろうが、協会に「調査」の依頼が来たということは、財宝ではないものが置かれていたはずだ。
「――棺だ」
「……棺。――だからこその封印墓なのですね」
部屋の中には「棺」があった。
とすれば、棺の中はかなり高位で尊い人物、あるいはその真逆の何かが封じられている可能性が高い。かなり緻密で面倒くさい手法を複数人によって丁寧に編まなければ、霊廟全体を封じるほどに強力かつ完璧な封印を施すことはできない。
中に入っているのが災禍でないという保証はどこにもない。
「壁を掘り進めていたところ、急に現れた中に入ることができない部屋と棺。すぐに霊廟だと気づいただろう。もしくは元々土地にそのような伝承があったのか。棺は死の管轄だ。小さな村に黒衣が常駐しているのは少ないだろうし、仮に常駐していたとしても単身で乗り込むような愚かな真似はするわけがない。手には負えないと思って、管轄のノースドールへ連絡をした。そして俺たちは、その霊廟にある棺の調査を命じられた」
これが事のあらましだとヘイリルは淡々と説明を続けた。
悲痛な表情とは裏腹の、感情を押し殺しているのとも違う平坦な声だ。
「棺の中には何が?」
問題はそこだ。
遺跡の内部の調査はあまり手間取ることもなくできたということはわかったが、棺の話が出てから雲行きはかなり怪しい。封印されている棺の調査を協会側がどこまで要求していたのかも気にかかるところだ。
中世期以前の霊廟ともなれば、術式としてはかなり古いだろうし、結界が生きていたということはかなり長い間稼働条件を満たす要素が揃っていたということになる。その仕組みを研究したいという魔術者は多いだろうし、協会がそうしたある意味での遺産を見逃すとは思えない。
本来なら棺を開けないまま、取り敢えずは部屋の内部の状況の確認をして、一度持ち帰り、上層部の意見を仰ぎながら棺に関して調査を行うかどうか段階を踏むべきだろう。
けれど。
「ラザとレトーネ、イスレナルカの性格はお前も知っての通りだ」
ファルジェに対抗意識を燃やすレトーネに、その仲間のラザ。そしてラザの護衛騎士のイスレナルカは黒衣の魔女の言うことなど砂粒程度も重要視していない厄介な人物だ。権力主義に魔術階位絶対主義者、さらに猪突猛進の三拍子揃ってとあっては、周囲にまともな常識人がいたとしても制御することは難しいだろう。
ラザの最期はシェイリーンが看取ったが、会話すらままならない容態であったことを思い出し、静かに目を伏せる。
「棺は開かれて、封印が解かれた。中に封じられていた何かは、――魔物ですか?」
「そうだ。――棺の魔物だ」
机の上でヘイリルが拳を握った。指先が白く染まるほどに、強く。
その後の顛末は、シェイリーンの予測通りだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます