第2話

 風邪をひく! しかも、明日の朝までに!

 そんな決意をしたのはいいけど、今のわたしはいたって健康。ついでに言うと、数年間全く風邪をひいたことがないっていう、無駄に頑丈な健康優良児だ。


 念のため体温計で測ってみたけど、今のわたしの体温は36.6度。めちゃめちゃ平熱だ。

 念のため、ゴシゴシ擦って摩擦熱で温度を上げようとしたけど、結果は36.8度。誤差の範囲だった。

 やっぱり、こんな姑息な手じゃダメだ。それに、これよりほんの少し高かったとしても、これくらいなら大丈夫って言われかねない。

 つまり、もっとガツンと体温が上がるくらい、本格的な風邪をひかなきゃダメってこと。


 けど風邪なんて、ひこうと思ってひけるもんじゃない。

 なんて思うのは素人だ。いや、風邪をひくのに素人やプロや達人があるのかは知らないけど、風邪をひきやすくなる条件ってのはある。


「しっかり温まらないと風邪ひくよ」「そんな薄着でいると風邪ひくよ」「きちんと布団で寝ないと風邪ひくよ」。みんなはそんなことを言われた経験はないだろうか。

 そう。つまりこれらを意図的に引き起こせば、風邪をひくことができるかもしれない。


 そこに一縷の望みをかけたわたしは、勝負に出た。

 決行は、その日の夜。

 一日の予定を全て終え、明日のスキー教室の準備をして、後は寝るだけ。だけど何度も言ってる通り、スキー教室になんて行く気はない。わざわざ準備をしたのは、ダミーだ。

 こうすることで、ちゃんとスキー教室に行く気はあったんですよ。風邪をひいたのは偶然なんですよってアピールができる。

 しっかり準備をしておいて、サボるためにわざと風邪をひくなんて誰も思うまい。

 けどわたしはやる。なんとしても、スキー教室をサボるんだ!


「さあ、始めよう! 名付けて、『寒さで風邪をひこう大作戦!』」


 まずわたしは、部屋のエアコンのスイッチを切った。それまでエアコンから出ていた、暖かい空気が止まる。


 風邪をひくには、とにかく体を冷やせばいい。そのためには、暖房なんていらないの。


 だけど、エアコンを切ったくらいじゃまだ風邪をひくとは限らない。この程度でわたしの無駄に頑丈な体がどうにかなるとは思えない。


 ならばと、次に窓を開ける。外から冷たい空気が入ってきて、部屋の中の温度が一気に下がり始める。


「これこれ。一晩で風邪をひこうっていうんだから、せめてこれくらいはやらなくちゃね」


 もちろんわたしだって寒いのは嫌だけど、風邪をひくためなら仕方ない。我慢だ我慢。


 だけど、これでもまだ不安だ。これでなんともなかったら、ただ無駄に寒い思いをするだけの、骨折り損になる。

 より確実に風邪をひくため、やるならもっと徹底的にやろう。


 エアコンを切った。窓を開けた。なら、次にやるのはこれだ。


「よし、脱ごう!」


 パジャマのボタンを全部外して上の部分をとっぱらい、ズボンを一気に下げる。必要最低限の、ちょい下くらいのものしか身につけない。

 ちょうどそのタイミングで窓から夜の冷たい風が差し込んできて、素肌に当たった。


「ひゃあ! こ、これは、かなり効果あるかも」


 みんな、服を脱いだ状態で冬の夜の冷たい風に当たったことってある?

 あっという間に、全身がブルリと震えるんだよ。

 こんな状態で一晩過ごせば、いくらなんでもさすがに風邪をひくでしょう。


 というわけで、その格好のまま部屋の電気を消して、寝る。

 ただし寝るのはベッドじゃなくて、床の上だ。だってそうでしょ。せっかく服を脱いだのに、ベッドで寝たんじゃ、無意識のうちに布団にくるまるかもしれない。それじゃ意味が無いから、床の上に寝転がるの。


「つ、冷たーい!」


 わたしの部屋の床にはカーペットみたいなのは敷いてなくて、木でできたフローリング。

 外からの風ですっかり冷たくなった板が直接肌に触れるから、すっごく冷たいの。


 もちろん、外からの風はさらに入ってきて、部屋の温度はどんどん下がっていく。


「あれ? これって、思ってたよりキツいかも」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る