嫉妬

「だから、いまどこにいるのか聞いてるんだよっ! はっ? なに? 廃工場? どこの? 住所は? おい! 答えろっ! ……狙撃されてる? 何に!? オマエ何言ってんの!? おいっ!! 場所を教えろっ!!」


 多胡は左腕のR.I.N.Gリングに向かって喚いた。

 相手は、いまはそれどころでないと、取り合う余裕を見せず、塩対応。

 一方的に通話は切られた。


「くそっ! きりやがった! 廃工場ってどこだよ!? とにかく走って……それじゃあおそいじゃねーかっ!」


 場所は分からない。ただ、何となくびれた工場地帯がある場所は知っている。

 そう遠くはない。戦場は、おそらくそこなのだろう。

 確信などないが、いまはとにかく急ぎたい。

 胸のなかのモヤモヤを受け止めきれない。晴らしにいかなければ――多胡は立ち止まってなどいられなかった。


 いまこの場所は第三学園の敷地内。辺りをキョロキョロと見回すと、数人の生徒を見つけた。


「おいっ! オマエ降りろっ!」


 多胡は声を荒げながら、ハンドルを乱暴に揺すった。


「なにするのっ!? 返してっ!」

「うるせぇブスっ! 借りるだけだっ!」


 下校途中の女生徒から自転車を奪い、跳ねるようにまたがった。

 抵抗する手を引きがし、立ちこぎのスピードで校門を飛び出す。


「ちくしょう! ちくしょう!」


 多胡は泣いていた。


「ヤミ子ぉおおおおっ!!」


 多胡は夢中でペダルを踏み続けた。動かなければ思いだしてしまうからだ。

 ヤミ子の敵意――いや、それすらもない完全な無関心。

 もし彼女が文句のひとつでも向けてくれれば、まだ自分に関心があった証拠になる。そう思いたかった。

 だが、その考えすら多胡の身勝手な錯覚に過ぎないのだ。

 それでも、冷めきった眼差しを向けられるよりは、怒りでも憎しみでも向けてもらえる方が、何百倍もマシに思えた。


 ギャギャギャギャギャッッーー


「うわぁああああっ!!」


 変異島では自家用車という概念が薄く、道路にも車道にも車を見かけることはほとんどない。

 そのような事情に加え、何よりも“急がなければ”という焦りから、爆走。

 入り組んだ路地を、曲がりきれずに、タイヤがスリップ――派手に事故った。


 アスファルトに向かって、ママチャリと共にダイブし、ゴロゴロと転がっていく。


「うぐぅ!!」


 一軒家の壁にぶつかり、回転が収まると、服は砂にまみれボロボロ。


「うぅうう……なんで俺ばっかりこんな目に……ううぅうーっ!」


 額や腕にはしる痛みとともに、血がにじんでいた。

 変異体の頑丈さを持ってしても、軽傷と呼ぶには無理のあるダメージを負っていた。


「痛ぇ……痛ぇよぉ! ヤミ子ぉ!!」


 あふれる涙を拭おうと、袖で顔を擦ると、べっとりと血で濡れていた。

 彼は、ぎょっとした表情を浮かべ、慌てて額の傷口を抑えた。


「裏切りやがって! 裏切りやがって! ヤミ子ぉ!!」


 血を流した原因すらも、ヤミ子に求めるようにえた。

 その声は、誰も居ない路地裏に空しく消えていく。


「うううぅううっっ! くそったれぇえええ!! ヤミ子ぉぉぉぉぉ!!」


 喚いても、毒づいても、どれだけ名を叫んでも、ヤミ子が振り向くことはない。


「……そもそも……そもそもだ……悪いのはアイツだろ……?」


 多胡の怨嗟えんさはようやく行き着いた。


「先にヤミ子に目をつけたのは俺だろーがっ!! 抜け駆けやがって!! 許さねぇ!! 卑怯ひきょうなことしやがって!! 世羅ぁ!!」


 好きな女を取られたと嘆くのであれば、女ではなく、取った相手を責めるべきだろう。

 多胡にとって、自分が座るはずだった、座りたいと願った"席"には世羅がいた。


 競合する"おとこ"は世羅。牙をむけるべき"おす"は世羅なのだ。


 排除しなければ――欲望リビドーの矛先が決まったその瞬間だった。

 沈黙していたR.I.N.Gリングが明滅する。


《“嫉妬”トリガーによるカタリシス反応……120パーセント……》


 欲望強化リビドーブースト――多胡は内側から湧き上がる力を感じた。


「な、なんだっ! 力が湧いて来やがるっ!? なんだこりゃ!?」


 治療因果ヒーリングファクターも呼応し、肉体が復元を始める。

 転落事故による損傷ダメージが消え去っていく。


「これなら……世羅をぶっ飛ばせるっ! ヤミ子を取り戻せるっ!!」


 失恋の痛みなど、欲望リビドーで塗りつぶせばいい。

 例えそれが、恥ずかしく、みっともなく、滑稽で、情けない――“嫉妬”だったとして、その純度で焼き尽くせばいい。


 ここは“変異島”――“勝った者”がすべてを得る場所――


《さらに上昇中……140%……》

「はやく! はやくいかなきゃ! てか、どこにだよっ!?」


 多胡は焦った。

 この熱が醒めるまえに世羅にぶつけなければ――と。


《多胡弘樹》

「なんだ!? 誰だ!?」

《私はMONOLITHモノリスです》

「は? なんだよ! 管理者がなんのようだよ! 俺は何も悪いことしてねーぞ!」

《世羅悠希の居場所を知りたいですか?》

「なに!? 知ってるのか!?」

《私はすべてを把握しています。あなたはいま見当違いの場所に向かっています》

「うるせぇ! そんなのわかってんだよっ! 世羅はどこだ! おしえろよっ!!」


 多胡は居ても立ってもいられず、無闇に走り出していただけだった。目的地など分かるはずもない。


《地図アプリに目的地を設定しました。いそぎなさい、決闘デュエルはすでにクライマックスです》

「おお! まってろ……まってろよヤミ子っ! いまいくからなっ! 世羅ぁ!! ぶっ殺してやるっ!!」

《更に上昇中……160%……》


 投げ出され、カゴがベコベコに潰れ、ライトも吹き飛んだママチャリ。多胡はそれにまたがると、猛スピードで走り出した。

 青いオーラが閃光せんこうのようにはしり、チェーンが悲鳴を上げる。

 欲望強化リビドーブーストで強化された脚力が、ボロボロの自転車を駆り立てていく。

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