躊躇
『まってて世羅くん! コイツ、さくっと終わらせるからっ!』
ボスは世羅に振り向きもせず声を張り上げた。
鎧の内から漏れでるその声は、厚みを帯びて鼓膜を叩く。
目のまえに立つ月乃へ向かって巨腕を振り上げると、間髪を入れず踏み込んだ。
地面が爆ぜ、舞い上がった土が散る。速度と巨体が生む圧は空気ごと巻き込み、烈風を生む。
切り落とされたはずの両腕は元通り――いや、倍の太さとなって備わっている。
加速する巨腕は、自らの体を引きずるほどの重量と威力をはらんでいた。
体勢を失わないよう踏み込んだ支え脚が、月乃に迫る。
受ければ致命傷となる、即死してもおかしくはない。その威力を察することは容易だった。
対峙する月乃は肌で感じ取り、すこし離れた世羅にもヤミ子にも、その殺気ははっきりと伝わっていた。
「なめるなっ!」
月乃は避けなかった。退きもしなかった。
例え必殺の威力でも、あまりに単調。あまりに力押しが過ぎる。
それを御せずして何が“武”だと、正々堂々と迎え討つ。
利き手で支えていた野太刀に、もう一方の手を添える。
万力で締め付けるように柄を握りしめ、地を払う軌道で斬撃を放った。
キィン、と鉄が鉄を断つ音が鳴る。
『脚ぃい!?』
踏み込みのために“送り出された”脚。その膝から下が、地を踏むより先に飛んだ。
「――フッ!」
月乃は短く息を吐く。
弧を描いた勢いそのままに、白刃は流水の尾を引いた。
支えとなるはずの脚。それを失ったボスは体勢を崩し、そのまま倒れ込む――
その無防備な
一瞬の攻防、その先を“
『うわぁっ!』
月乃が想定していた動き、そのままの展開だった。
ボスは振りかぶった巨腕を攻撃ではなく、体を支えるために使った。
そのおかげで地面へのダイブを回避したが、明らかに体勢を崩し、無防備な背中を
「――スゥッ!」
月乃は短く息を吸う。
野太刀は高く振り上げられ、すでに頭上に構えられている。
見据える先には
「……」
月乃は
「月乃っ! 迷うなっ!」
世羅の声に、月乃の体が跳ねた。
「……ッッッ!!」
慌てて振り下ろした白刃には、半端な覚悟しか宿っていなかった。
ガキィンッ!
その一太刀は、ボスの装甲に弾かれた。
散った火花が、月乃の目には妙にゆっくりと映った。
『着岩っ!』
岩鉄で覆われた頭部から、
直後、切断された右脚を補うように、青いオーラが揺らめく。
ゴガガガ――ガンッ!
まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、土が絡み、石が集まる。
切り離された脚の代わりに、地そのものが吸い寄せられ、形を成していく。
それは拭えば散るような代物ではない。
落とされた脚よりも堅く、より
「また生えたっ! トカゲではあるまいに!」
『死ねぇえっっ!』
ボスは絶叫し、脚を地面に叩きつける。大地を踏み抜かんほどの力だった。
その反作用が拳へと集まり、丸太のような剛腕が地面を
ドゴォンッ!!
交通事故じみた衝突音が、空気を震わせた。
「アアッッ!!」
体が宙に舞った。
車がアッパーカットの
月乃は反射的に野太刀を盾にし、さらに腕と脚を重ねてガードしていたが、まるごと吹き飛ばされた。
骨の砕ける音が肉の内側から響き、抑えきれない痛みが全身を駆け抜けていく。
自らの拳で打ち上げた女を、ボスは背伸びでもするように見上げた。
岩鉄の面の奥、幼児じみた笑みがこぼれる。
『ぜったいころすからっ! もっとデカいのくれよっ! ちゃああくがぁああんっ!!』
貴種である“変異型:ゴーレム”の
岩鉄をまとい、防御と剛力を底上げするだけの、単純にして強力な能力だ。
これほど強力で特異な
だが、世羅やソフィアといった“変異型:亜人”と比較すると、応用力に欠けるのも確かだ。
着岩以外の
だが、トランスしたボスはその枠を踏み越えた。
目のまえの"ビッチ”を“肉片”に変える――その目的のため、“着岩”を拡大解釈したのだ。
いつもの装甲ではなく、人を殴り砕くことに適した形状へと、変化させていく。
応用力や汎用性という面では亜人には劣る。
だがボスは、自らの力のその先を、本能で引き出していた。
「ッッッッッ!!」
声にならない声が、月乃の喉から漏れた。
ボスの三メートルの巨体。そのさらに上、三人分は優に重なる高さ。そこが最高到達点だった。
次にはじまるのは当然ながら落下だ。
その最中、視界に巨体が飛び込む。
ハンマーのように肥大化した拳を、風車のごとく回しながら待ち構えていた。
『こい! こい! こい! こぉおおおおいっっ!!』
グルグルパンチなど児戯に等しい。だが、百キロ重りのついた鎖を振り回すのだと考えるなら、話は別だ。回避しなければ――死ぬ。
脳が発した危険信号が月乃の体を巡るが、返ってくるのは耐えがたい痛みだけだった。
怒島流には、忍びに通じる技術も伝えられている。
本来であれば、体の軸と四肢の操作で、空中でも身を翻せる。
だが、砕けた骨ではそれもままならない。ダメージは背骨にまで及んでいるのだ。
「万事休す……っ!」
『返せよっ! 世羅くんはボクの“
打つ手なし。絶体絶命。
止めを
浮かんだのは、自らの甘さへの“後悔”、ただそれだけであった。
『しねよっ!! ばぁーか、ばぁーかっ!!』
ボスは月乃の落下に狙いを定めた、が――その瞬間。
「
空気を押しのけ、青白い衝撃が迫る。
ドグォンッ!
『世羅くんかっ!?』
不意の介入に、巨体がわずかに揺れた。
『それさぁ! ボクには効かないやつだからね!? ホントに!』
辺りを揺るがす
「だろうなっ!」
ボスは背を向けたまま、その声の主に視線だけを向けた。
視界の端で捉えたのは、当然だが、世羅だ。両腕を添え木で固定したまま、まっすぐに駆け寄ってくる。
『世羅くんっ!? 折れてるんでしょ!? 無理するなよっ!!』
自分が負わせた怪我など忘れたように、心配の声を上げた。だが、世羅は止まらなかった。
『世羅くん!! これはキミのためなんだけどっ!!』
身の程を知らず、世羅に付きまとう害虫。
これは駆除であり、男を惑わす毒婦への
ボスは本気だった。迫る世羅の存在など、もはや問題ではない。
折れた腕で何ができる? 例え折れていなかったとしても、“いま”の自分には“何も”通じない――そう確信していた。
だからこそ、“グルグル”で溜めた力を、迷いなく月乃へと放った。
「
世羅の背から、影のような二本の触手が伸び上がった。
彼が放った
折れた腕など言い訳には成らない。独占下にある月乃を守る為、彼は動いた。
ボスの背を踏み台に駆け上がる。
影の触手の一本が振り上げられた鉄拳を絡め取り、軌道をわずかに逸らす。
空を裂くように拳は虚しく振り抜け、その拳圧で世羅はさらに押し上げられた。
残る一本はしなるように伸び、落下中の月乃を絡めとる。
そのまま引き寄せ、抱きかかえるように落下。月乃を
「~~~~ッッッ!!」
落下の衝撃で、世羅は無言の悲鳴を上げた。
『ちょっ! 世羅ぁあ!!』
信じられない。なぜだ、理解できない。
ボクを――ボクの気持ちを――想いを――世羅は、なぜ気づかない。
ボスの“
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