ファントムデッキ~俺は"すべて"を「独占」する~

まけない犬

最初の短編

プロローグ

 ヒュンッ――ズバァン!


 空を裂く刃の軌跡。鋭い剣風が電柱に食い込み、瞬時に両断する。

 鉄筋コンクリート製の電柱は、朽ちているとはいえ、そう簡単に切れるものではない。

 その鋭い一撃は、入り組んだ路地の向こうから突き抜けた。

 しかし、放った本人の姿は見えない。

 ただ、男たちの悲鳴と、壁が砕ける音、それだけが響いていた。


「アイツのことだ、どうせ峰打ちにしてるだろうが……斬らなきゃ死なないってわけでもないぞ」


 私はそうつぶやきながら、目のまえの男たちを見据えた。


「別に殺しても構わんがな」


 ゴッ! ガツッ……!


 静寂が落ちる。


「……さて」


 地面に転がる男たちを見下ろし、私は一歩踏み出した。


「ソフィア、残りの連中はどこだ?」


 私は左腕に嵌めたR.I.N.Gリング越しに問いかけた。


『その場所から1ブロック先、廃ビルの3階……他にも2グループ散り散りになっているわ』


 ソフィアからの返答もR.I.N.Gリングから発せられる。


「アイツラが既に交戦中だな?」

『ええ、加勢は必要ないわね』

「当然だ。廃ビルに向かう」


 私はそう言いながら走りだした。


『承知したわ。マスター』


 グシャーー


 配下であるソフィアからの応答直後、足元で死に体になった男どもを、ひとりかふたり踏んだ気がした。

 しばらくは起き上がれないほどに痛めつけてあるせいか、何の反応もない。まるでしかばねのようだ。


「無様に転がるだけの男に、価値はないな……」


 私はその“屍”を見下しながら、つぶやいた。

 まぁ……仮に立ち上がれたとしても……こいつらに“興味”はない。


「さっきの連中の懸賞金バウンティ、オマエが回収しておけ。忘れないうちにな」


 廃ビルに向かいながらも、私はソフィアにそう指示した。


「了解」

「タダ働きは萎えるからな……で、どの窓からエントリーすればいい?」


 私の視線は廃ビルに向けていて、その視覚情報はR.I.N.Gリングを介してソフィアに共有されている。

 ソフィアであればその情報だけで完璧なオペレーションが可能だ。ソレができるからこそ彼女を手元に置いている。


「正面玄関から、入るつもりはないの?」

「丁寧に呼び鈴でも鳴らしながら……か? 窓から押し入ったほうが派手だし、手っ取りはやいだろ?」

「なるほど……正面の排水ダクト、そのすぐ隣の窓がターゲットにもっとも近いわね」

「おうっ!」


 私は両脚に力を込めて速度を上げた。

 三階の窓まで約十メートル……二、三歩壁を駆け上がれば届く距離だ。


異能ドライブ加速アクセラレーション!」


 空気が弾けた。視界の色も変わる。音の流れが遅くなり、景色が僅かに歪む――。


 ダンッ!


 壁を蹴ると同時に、私の体は加速する。

 その衝撃が波紋のように広がり、廃ビルの窓ガラスを震わせた。

 ガラスの向こうでは、荒んだ連中が口汚く怒鳴り合っている。


「チクショウ、アイツら何者なんだよっ! 黒尽くめのフード野郎がいきなり現れたかと思ったら……デケー刀を振り回すヤツに、妙な異能ドライブで仲間割れさせるヤツまでいるじゃねぇか!」

「騒ぐなよっ! 見つかったら厄介だぞ!」

「ああん! 見つかったからって何なんだよっ! やっちまえばいいだろーがっ!」

「あんだこらぁ! 尻尾巻いて逃げたのだれだこらぁ!」

「ああっ⁉ おめーだろコラっ!」

「うるせーよ、黙れよ! とにかくボスに連絡を……」


 ガッシャアァンッ!


 高速の蹴りが窓を叩き割る。砕けたガラス片が宙に舞い、そこに飛び込む影――私だ。

 窓枠を足場に、バク宙するように室内へエントリー。そのまま床を滑り込みながら、次の動作へと移る。


加速アクセラレーションはまだ体に馴染んでない異能ドライブだ……数秒が限界か……)


 そう考えながら、目のまえの男ふたりに突きと蹴りを一発ずつ見舞った。


「げぇ!」

「ぐえっ!」


 私がコンクリートむき出しの床をすべりきったあとに、ワンテンポ遅れて男ふたりは倒れ込む。


「くそっ! オマエ、俺らが誰か分かってやってんのか⁉ 死んだぞ、オマエ!」

「……」

「なんか喋れよぉっ!」


 こいつらはこの周辺を縄張りにするクラン……ギャングを自称しているが、実態はただの不良だ。

 この変異島では恐喝や強盗、殺人すら珍しくない。

 だが、第八特別区では素行の悪さが懸賞金バウンティの積み上げにつながる。


「おい! 喋れってっ!」


 不良クランギャング狩りの鉄則は正体を明かさないことだ、顔を隠すのは当然、声だって発しない。

 報復ってのは面倒だからな、一方的に狩る側でいるのがいいんだ。


「くそがぁっ! 俺らはここら一帯をしめてるギャング! アイアンメイデンだぞっ! それわかってんのかっ⁉」

「……」

「喋れってっ! 喋らないなら、せめてそのフードを脱ぎやがれっ! くそがぁあ!」


 ギャングバカどもの残りは四人、そのうちのひとりが逆上して襲い掛かってきた。


 ドガッ……ガッ!


 大振りのパンチをさばき、腹に一発。くの字に折れ曲がった男の顎に、続けざまの膝蹴りを一発。

 男は崩れ落ちビクビクと痙攣けいれんを始める。


「うわっ! くそ、こいつっ! おいオマエいけよっ! このなかで異能ドライブできるのはオマエだけなんだ!」

「おっ……おおっ! やってやるっ! 舐められてたまるかっ! 異能ドライブ電撃鎧ショックアーマー!」


 バチィッ! バチバチっ!


 男の体に青白い電撃が走った。


「おっしゃぁっ! いけーっ!」


 バリバリバリっ!


「ぎゃあああああああっ!」


 異能ドライブした男の背を、別の男が不用意に押した。

 瞬間、ビリッと青白い光が弾け、悲鳴とともに崩れ落ちる。

 鼻を突く焦げた髪の匂い。


「おいっ、バカ野郎っ! 俺に素手で触れるなよっ! そうなっちまうっ! くそったれっ、オマエのせいだぞっ!」


 なんでそう考えた? だが広い意味で考えるなら理解できる。

 私がお前達を襲わなければこうはなっていなかったはずだから。


 男が叫ぶ。


「俺に触れるなよぉ? でも俺はおまえをブン殴ってやる! 一方的になっ! ぐっちゃぐちゃにしてや……」


 ズドォンッ!


「……異能ドライブ……衝撃破ブラスター……」


 私は男たちには聞こえないほどの小声でつぶやいた。

 触れずとも、大の男ひとりを数メートル吹き飛ばす――それくらいの手段は持っている。それが、変異体という存在だ。


 内なる異能ドライブを引き出せない者もいるが……不良クランギャングを名乗るなら、その程度は習得しておけ。

 私は衝撃破ブラスターを放った手を軽く返し、手招きする。雑魚と遊んでいる暇はない。さっさと終わらせる。


「うぬぁああ!」


 残るはふたり。そのうちのひとりが突っ込んできた。

 唇は青ざめ、焦りがにじむ。挑発にのったわけでもない。ただのパニックだ。

 ヤケクソで拳を振るうしか、もう選択肢がないのだろう。


 ボゴォッ! ドゴォ!


 滅茶苦茶に振り回される拳はそれなりに厄介だ。

 軌道が読めない分、かわしにくい。それでも敵の後ろに回り込む円運動でさばき続ける。

 男の両腕が壁に打ちつけられるたびに、コンクリート片が飛び散った。


『マスター気をつけて。腐っても変異体よっ!』


 ソフィアの声が聞こえる。

 理解できていることを注意されるのは少々イラつく……戦闘中ならなおさらだ。

 とはいえ彼女の言葉にも一理ある。

 異能ドライブができなくとも、変異体の腕力は侮れない。

 人を超えた何か……それが我々、変異体なのだ。

 男は扇風機の羽のように振り回していた腕を止め、膝を折った。


「はぁはぁ……くそ……ふざけんな……おまえ、何者なんだよ……」


 目のまえの男は息も絶え絶えで、あるくこともおぼつかない。


「こたえろぉ……!」


 男の質問に答える必要はない。

 仮に義務があったとしても、応える気も、答える気もない。


「アイアンメイデンが欲しいのか……? だったら闇討ちなんて汚ねぇー真似せずにっ……決闘デュエルだろうがっ!」


 私は「オマエ達にはその価値はない」という言葉を飲み込んだ。

 男が言ったことは間違ってはいない。今回の襲撃も深夜に行った……文字通りの闇討ちだ。

 その手段を用いた理由は明確にある。


 戦闘力の問題ではない。こいつらが一ダース増えても結果は変わらない。

 私はこいつらとは違って、悪ぶって目立つ趣味はない。

 日々のスコアを得るため、軽く仕事をしたかったに過ぎない。


 それに考えてもみろ? ギャングおまえたちにとっても悪くない話だろ?

 白昼堂々と醜態をさらすよりは、誰にも知られずひっそりとボコられる方がマシだろう?


 肉体の怪我は治る。敗北の味も一週間もあれば忘れる。

 ギャングおまえたちにはもとから守るべき矜持プライドはなく、他にやることもない。

 面子さえ保てれば、また立ち上がれるさ……。


 そうして、同じことを繰り返せ。懸賞金バウンティが貯まったころにまた会おうじゃないか。


 私の為に悪事を働け。


 ドギャッ!


「ぐはぁっ!」


 不良クランギャングの残りはひとりになった。


「ひぃ! ひぃ!」


 そのひとりは悲鳴に似た声を発しながらあとずさる、出入り口に通じる階段とは真逆に向かって。

 それほど広くもない廃ビルの一室。ゆっくりと詰め寄る。逃げ場はない。


「ひぃ!」


 私は拳を振り上げた。


 その瞬間——


「マスター! こっちは終わったよー! 褒めてくれていいんじゃね?」


 振り上げた右腕に、突然の重みと柔らかな感触――両腕で抱きつかれ、動きを封じられる。


「ばっ……!」


 ばかやろうと叫びかけ、寸前で飲み込んだ。

 ここまで正体を隠してきたのだ。いまさら台なしにはできない。


「マスターぁ❤」


 普段なら心地いい声が、いまは耳に刺さる。

 素性を隠して動けと命じたはずだ。なのに、なぜ口を開く?


「くそがぁ! 死ねっ!」


 不良クランギャングの最後のひとりが、どこで拾ったのかも分からないバールを振り上げる。

 人を抱えたまま動けない私を見て、好機と踏んだのだろう。


 バチンッ!


 バールが空を切る――その瞬間、一筋の鋭い風圧が私の頬をかすめた。


 ヒュゥゥ……


 フードが宙を舞い、床に落ちる。

 露わになった私の顔をみるなり、男は息をのんだ。

 その姿をみた私も、一瞬だけ体を強張らせた。


「……嘘だろ……女、だと……?」


 男の瞳孔が開き、顔が青ざめる。


「まさか……俺、女に……?」

衝撃破ブラスター!」


 ドン!


 少々焦った私は、男と密着したまま衝撃破ブラスターを叩き込んだ。

 これは、相手を殺さずに無力化できる便利な異能ドライブだ。

 それなりに離れた相手にも対応できるから、気に入っている。

 だが、この至近距離では話が違う。当たりどころが悪ければ危険な代物だ。

 もっとも、この島では戦闘での負傷など日常茶飯事。


 最悪、死んでも問題ない。


 ここは変異島――鋼鉄のカーテンに閉ざされた陸の孤島。

 "外界げかい”の倫理など、とうに置き去りにされた場所だ。


「ぐっ……がぁ……」


 男は私の左腕にすがりつき、ゆっくりと崩れ落ちた。

 全体重を預けられ、正直、鬱陶しい。


「ホントに……おまえら、一体……誰なんだ……?  何者なんだ……? それに……女……女にやられた……? ふざけんな……」


 男はそう言い残し、地面に突っ伏す。そして、すぐに意識を失った。


「ちっ……顔を見られた……」


 私はちいさく舌打ちした。

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