第2話
ラーティーとクィル、二人の魔術師は、人のいない村を散策しながら辺りの気配を探っていた。
「いやー、相変わらず嫌われてますね、魔術師。さっきの子供といい、村から離された宿泊所といい」
彼らがしばらく前から寝泊まりしているのは、村の中心から離れた村人達の集会所である。
村長は口にこそ出さなかったが、魔術師達を歓迎しているわけではない事が態度でわかった。
「おいクィル、旅行に来たわけじゃねえんだ、文句ばっかり言ってないでお前も妖精共を捕まえてこい」
ラーティーが不真面目な態度のクィルを怒る。
「ハイハイ。まあ、僕の観測ではおそらく、今日で警護も終わりでしょうけど」
そう言ってクィルは、空の上で白く輝く月を見る。
ラーティーも同じく月を見上げて頷いた。
「この村に逃げ込んだのは間違いなさそうだが、そのせいか鼻が効かなくなりやがった」 ラーティーは鼻を空に向けて、妖精の匂いを嗅ぎ取ろうとするが、いかんせんこの村に来てからその匂いが濃く充満しており、正確な位置を探し出す事が出来なくなっていた。
「そういや、あのボウズの態度、少しおかしくなかったか?」
「ラーティーさんが睨むからですよ」
「別に睨んだわけじゃねえよ」
ラーティーの顔つきは、元々目つきも悪く傷だらけのうえに、入れ墨のような文様がその異様さを増し、普段から人に距離をとられがちだった。
「いくら魔術師が嫌われてるからって、村を守りに来た俺たちをそんなに怖がるか?それに赤い月が出るかもしれないって言うのに、こんな時間まで外で遊んでるようなやつがだぞ」
「たしかに……、あっ、そろそろ来ますよ」
見上げると、空の色が厚い雲で月を隠したようにみるみると暗くなっていく。
しかし夜空に雲は無く、月だけが徐々に暗く錆びたような赤い色に変わっていった。
月が完全に染まった時、辺りに泥と腐ったタマネギが混ざったようなにおいが、漂ってきた。
ラーティーが嗅ぐまでもなく、その強い匂いは一つの方向から押し寄せてきていた。
「あっちか。?おい、あのボウズが走って行ったのはどっちだった」
「ええ、まずいですよ。思っていたより、かなり賢い」
二人はジミーの家に向けて、はじかれたように駆け出した。
「どうしたんだよ、シビリー。おれの言う事がわからないのか?」
『理解っているわ、ジミー。あなたには感謝してるの、私を魔術師からかばってくれて、食事まで用意してくれてたんですもの』
シビリーは家族が寝静まった頃、ジミーの家に保管してあった食べ物を全てたいらげ、今ジミーの家族までも食べようとしていた。
「お前は、他の妖精が赤い月で変わるのが恐かったんじゃないのか。助けて欲しいって泣いたのはウソだったのかよ?」
『ジミー、私の可愛いおバカさん。妖精を信じるなんて、なんて純粋なのかしら。安心して、すぐにあなたたち家族は同じ所へ送ってあげるから。あなたはお礼に最後に食べてあげる、家族が全員食べるられるところを、見届けさせた後でね』
ジミーは叫びながらシビリーに突進をするが、何かが足に絡まりあと少しのところで転んでしまう。
それはシビリーのカラダから飛び出した糸で、両足を縛るその糸は細いがとても頑丈で、ちぎろうとするジミーの指先だけが、血まみれで傷だらけになっていった。
もがき苦しむジミーを愉しそうに眺めていたシビリーが、ベッドの上に横たわっている、糸で縛られて身動きのとれないリサの方を見る。
『そうそう、こんな時あなたたちはこう言うんだったわねえ』
シビリーの身体が大きく裂けて、全身が牙の生えた口のような形になっていき、その大きな口がリサをまるごと飲み込もうとする。
『いただきます』
「やめろおおおおお」
ジミーの制止もむなしく、リサの小さな頭がその口内に覆い隠されそうとした時、突然部屋中に強い光が走った。
その瞬間シビリーは咆哮を上げ、吹き飛ばされる。
歩道に面した壁がボロボロと崩れ落ちると、ラーティーがそこに立っていた。
『いつの間に』
「お前だけじゃねーんだよ。気配を消せるのはな」
唸るような声でラーティーと対峙していたシビリーは、四本足の獣に姿を変えると、突然きびすを返し反対側の壁を壊しながら、外へ逃げていった。
「大丈夫か、ボウズ?」
ラーティーが呪文を唱えると、何をしても切れなかった両親や足を縛る妖精の糸が、一瞬で霧散した。
「言いたい事はあるが、とりあえず後だ」
逃げていった壁の穴から追いかけようとするラーティーの、ローブの袖を掴んでジミーが止める。
「ボウズ、まだあいつをかばうつもりか!」
「ちがう、リサが、妹が連れて行かれた。おれも連れてって」
シビリーは逃げる際に妖精の糸を引っ張り、リサを引き寄せて連れて行っていた。
「足手まといだ。ここで待ってろ」
「おれのせいだ。もしリサに何かあったら、一生自分を許せない。お願いだ」
ジミーの瞳をのぞき込んだラーティーは、その光の強さに説得を諦める。
「連れて行く以上、ボウズには役に立ってもらう」
「ジミーだ、おれの名前はボウズじゃない」
その言葉にラーティーはふっと微笑む。
「つかまれ。振り落とされんじゃねえぞ、ジミー」
ラーティーはジミーを背負うと、壁の穴から勢いよく飛び出していった。
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