第一章『仕立て屋のはじまりと、想いの手ざわり』

第1話『ボロボロのコートと魔法の仕立て屋』

 **カフェ『ノクターン』**の夜は、いつも静かだ。

 窓際に灯るランプの光が、外の闇をそっと押し返している。


 その夜、探偵のノアは事務所の奥から姿を現した。

 ラムはノアの姿を見て、思わず「にゃっ!?」と飛び上がった。


「ノ、ノア!? その服……ボロボロにゃ!」


 ノアの黒いコートは、袖が裂け、襟の部分には焦げ跡が広がっていた。


「……昨日、揉み合いになったときに破れた」


「にゃ〜、もうその服じゃカッコよくないにゃ〜」


「仕方ないだろ」


「ならにゃ!」


 ラムは勢いよく胸を張った。


「ボクの知り合いに、めちゃくちゃすごい服職人がいるにゃ! ミルフィに頼むにゃ!」


「ミルフィ?」


「そうにゃ! ノクターンのすぐ近くで、すご〜く可愛いアトリエをやってるにゃ!」


「……まぁ、他に頼れる人もいないしな」


 ノアは仕方なさそうに肩をすくめ、ラムに導かれるままカフェ『ノクターン』を出た。


──*──✧──*──


◆ ミルフィのアトリエ ◆


 ノクターンの裏通りに、ぽつんと佇むレンガ造りの小さな建物があった。

 ドアの上には、**「ミルフィの仕立て屋」**と描かれた木製のプレートがかかっている。


「ミルフィ〜! ボクが来たにゃ!」


「はいはい、待ってて!」


 軽やかな声が響き、奥の作業台からミルフィが姿を現した。


 ふんわりと広がる水色のドレスに、ベレー帽とお花の飾り。

 しかし、それ以上に目を引くのは——


 ふわふわの大きな尻尾と、ピクピク動く小さな耳。


「……あなたが、ミルフィ?」


「そうよ♪」


「ミルフィはすごいんだにゃ! ボクの服だって直してくれたにゃ!」


「ラム、あなたの服はボタンが取れただけだったじゃないの」


「にゃ〜っ! それだって大事件だったにゃ!」


「はいはい」


 ミルフィは笑いながら、ノアの服に目をやった。


「うわぁ……ひどい状態ね」


「にゃ? ノアはカッコいいにゃ!」


「これじゃカッコよさも半減だわ」


 ミルフィは、ひょいっとノアのコートを手に取り、裂け目や焦げ跡をじっくりと見つめた。

 その尻尾がぴょこぴょこと揺れながら、目は真剣だ。


「ふふっ、いい素材ね。この生地なら……ちょっとカッコいいアレンジを入れちゃおうかしら」


「勝手にするな」


「そんなに心配しないで。……ん? もしかしてノアって、“カッコよくなりたい系男子”?」


「……違う」


「じゃあ、“カッコつけたい系”?」


「……どっちも違う」


「にゃははっ! ノアが“カッコいい系”なのは間違いないにゃ!」


 ノアは無言で額に手を当てた。


「ほらほら、そんなに渋い顔しないの。ちゃんと仕上げるから、信じて待ってて♪」


──*──✧──*──


◆ 魔法の仕立て ◆


「にゃっ!? その針、光ってるにゃ!」


「ふふ、これはね、魔法の針よ」


「にゃにゃにゃ!? そんなの反則にゃ!」


「仕立て屋なんだから、これくらいの工夫はしなくちゃね♪」


 ミルフィが針をひと刺しすると、青い魔法の糸がするすると布をなぞっていく。

 その軌跡が星の光のように輝き、コートの裂け目が次々と縫い合わされていった。


「にゃ、すごいにゃ! キラキラしてるにゃ!」


「この魔法の糸はね、その人の“守り”になるの」


「……守り?」


「きっと、ノアの仕事は危険がいっぱいなんでしょう?」


「まぁ、そういうことだな」


 ミルフィは優しく微笑みながら、最後の一針を刺した。


「これで、ノアがまた危ない目に遭っても、ちゃんと無事でいられるはず」


 ノアのコートの胸元には、青い星の模様がきらめいていた。

 襟の裏には、小さな魔法陣の刺繍が繊細に刻まれていた。


「完成!」


「おぉ〜! すごいにゃ、ミルフィ!」


「ふふ、カッコよくなったでしょ?」


──*──✧──*──


◆ アトリエの温かさ ◆


 ミルフィは満足そうにノアのコートを折りたたみ、アトリエの奥の暖炉に目を向けた。

 暖かい火がゆらゆらと揺れ、部屋の中を優しく照らしている。


「寒いでしょ? 紅茶、淹れたから飲んでいって」


「にゃっ! 飲むにゃ!」


「ラムはいつも通り元気ね」


「にゃっ? ノアも元気出すにゃ!」


「……元気な時は無駄に騒がないんだ」


「にゃにゃ〜! ノアはいつもクールすぎるにゃ!」


 ノアは思わず笑みをこぼしそうになったが、ぐっとこらえて静かにカップを口に運んだ。


(……このアトリエ、なんだか落ち着くな)


 焚き火の温かさ、紅茶の優しい香り、そしてミルフィのにこやかな笑顔。


「また来てもいいかもしれない」——そんな気がしていた。


「……悪くないな」


「でしょ?」


 ミルフィの笑顔が、暖炉の火よりも温かく感じられた。


(完)


──*──✧──*──

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