妖精の呪いと加護~モテすぎる女の子を拾ったら面倒に巻き込まれました~

藤之恵

第1話 押しかけ強盗のような出会い


 エルンは風の音に耳を澄ませた。森がざわめいている。普段は静かに流れる風が、妙に乱れているのを感じた。


「なんだろ」


 首を傾げながら翼を軽く動かす。すぐに枝が近くなった。音もなく木々の間をすり抜けるように上っていく。

 飛ぶより跳ねる方が早い。森で生きるなら、無駄な労力は使わないに限る。

 高い梢の上へと舞い上がり、見晴らしのいい枝に止まると、エルンは周囲を見渡した。


「……人?」


 目を細める。遠くに視線を集中した。まるで拡大したように集中の部分が大きく見える。

 木々の揺れが不自然な場所だった。

 モンスターではない。木の揺れ方土煙の立ち方が違う。

 じっと目を凝らせば、そこには見慣れない大勢の人間の姿があった。彼らは荒々しく地面を踏み鳴らしながら、ある一点へと殺到している。

 さすがに状況を把握できず、エルンは静かに近くへと飛んだ。


「止めて、来ないで!」

「リリエ! 逃さないぞ!」


 見えたのは奇妙な光景だった。

 リリエと呼ばれる少女が大勢の人間が追いかけている。

 どの人間の目も正気を失ったように血走っているか、ギラギラと輝いていた。


「あっちから回れ!」

「リリエは最初に掴まえた人間のものだっ」


 男たちは血走った目で少女を追いかけ、声を張り上げていた。中には女の姿もある。

 面倒ごとだ。エルンは眉をひそめた。

 何の事情か知らないが、普段静かな森が踏み荒らされるのはいただけない。


(無防備な人間だ)


 ここは風牙の森だ。普通の人間がそう簡単に入り込める場所ではない。

 何も知らずに足を踏み入れれば、容赦なく襲いかかるモンスターたちの餌食になる。

 森のモンスターは、音と気配に敏感だ。


「そんな騒いでたら……」


 GRyyyyy——


 野太い咆哮が響き渡る。木々が揺れ、草葉が震える。

 ジルファングだ。

 鋭い鉤爪を持つ獣型のモンスター。小型ながら群れを作り、統率された動きで獲物を仕留める習性を持つ。


「ほら、危ない」


 予想が当たったことに唇の端を吊り上げる。

 エルンは枝を蹴り、素早く別の位置へ移動した。視線の先で、ジルファングの群れが勢いよく飛び出し、男たちに襲いかかる。


「ヒイィィィ!」


 恐怖に駆られた人間たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。だが、その混乱の中で、ただひとり逃げようとしない少女の姿があった。


「リリエ、だっけ? あの子は逃げないのかな?」


 息をひそめて状況を見つめる。

 そっと弓を放つ準備をした。さすがに、目の前で襲われるのは忍びない。

 弓を引き絞ろうとしたエルンの前で驚くべき光景が広がる。


「助けてくれて、ありがとう」


 リリエがモンスターに向かって微笑みかける。

 なんて命知らずな光景。さきほどまで男たちに追いかけられていたのに。しかも、その男たちはジルファングに今でも追い立てられているのに。

 エルンは顔をしかめて矢を放とうとした。

 と、ジルファングは牙をむくどころか、喉を鳴らしているではないか。


「なっ……懐いた?」


 状況を理解できず、少しだけ弓を引く力が緩む。

 だが、首を伸ばしリリエにすり寄ろうとする姿はハンターから見れば、絶好のチャンスだった。


「悪いね」


 エルンは矢を放つ。鋭い一撃がジルファングの首筋を貫き、声を上げることもできずジルファングはは地面に崩れ落ちた。

 リリエがすばやくジルファングから距離を取る。

 どうやら間抜けな人間というわけでもなさそうだ。

 エルンは木からジルファングの下に飛び降りた。


「誰?!」


 鋭い視線が飛んできた。エルンは危害を加えるつもりはないと両手を上げる。それからゆっくりとジルファングを指さす。


「エルン、ハンター。それ貰っていい?」

「いいけど、人と会話している相手を撃つのは感心しないわ」


 いいと言っている割に、リリエの視線は鋭い。

 見張られているような視線を感じながら、エルンはジルファングに近づく。

 リリエはまるでそういうバリアでも貼ってあるかのように、一定の距離を保っていた。


「手なづけるなんて、どうやったの?」


 エルンはジルファングの解体をしながら尋ねた。

 必要なのは肉と皮。あと屋の材料になる骨。必要な分だけを集め、あとは置いておく。自然に返すのだ。

 リリエは警戒そのままに腕を組み、目じりを吊り上げた。


「どうやった? そんなの、あたしが知りたいわよ」


 エルンは一瞬固まった。意味が分からない。


「君、変なこと言うね?」


 もう一度リリエを見る。

 赤い髪色は燃えるようで目立つが、きちんと編み込まれていて、特に手が込んでいるわけでもない。

 目鼻立ちも、そんなに印象的ではない。


(なんで追いかけられてたんだろう)


 そう思えてしまうくらいには、普通の女の子だった。

 視力の良い鳥人が見ても、特に変わった部分はない。ただの人。

 変な薬も使ってなさそう。

 じっと見ていたら、逆にリリエの表情が困惑してきた。


「……あなた、あたしと話してて平気なの?」

「なにが?」

「胸がドキドキしたりとか、襲いたくなったりとか」

「しないけど……え、魅力のスキルとか使う系?」


 エルンは無意識に身を引いた。そういうのが使えるならば、さっきの大勢の人も納得がいく。

 ジルファングまで魅了できるなら大した使い手だろう。


「使わないわよっ!」


 リリエはぷくっと頬を膨らませ、ヒステリックに叫んだ。

 なんだ使ってないのか。良かった。まぁ、私にはたぶん効かないけど、とエルンが思った所でリリエがぼそりと呟く。


「自動的に発動してるだけで」

「してるんじゃん!」

「してるのに効いてないから聞いてるんでしょ?」


 まるで早口言葉のようだ。

 地面を苛立たし気にける少女にエルンは怪訝そうに首を傾げた。


「私、妖精の加護持ちだからかな?」

「え、ほんと?」

「うん。小さい頃から呪いとか弾く体質」

「天の助けだわっ」


 リリエはぱぁっと満面の笑みを浮かべると急にエルンの手を握った。解体で汚れた手であるにも関わらず、まるで気にした様子もない。


「あたし、リリエ! 妖精の呪いを解きたくて、ここまで来たの」

「はい?」


 ほぼ押しかけ強盗のような少女、リリエにエルンはこうやって出会った。

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