第19話 姉、誘拐される

 姉と椿姫が入った門の前で両親がキッチンカーで商売をしていた。

 その大行列に俺と紅葉は唖然として硬直する。


「いや、なんだよこの人気は」

「前以上だな。二百人ぐらい並んでるぞ」


 駅前に現れている門。

 キッチンカーは駅の横に付く位置にあり、行列は駅の中から伸びている。

 大忙しに父親が汗を流しているのを見て、俺たちは二人の元へと走って行く。


「手伝うよ」

「太陽、紅葉。ダンジョンをクリアしたんだな」

「ああ。手は空いてるから何かやることは?」

「お母さん。二人に何かやってもらおうか?」

「そうね~」


 母親が手を動かしながら、俺たちが出来ることを模索している。

 だがそんな時、椿姫が門から出てきて、全力でこちらに向かって来ていた。


「あ、お兄ちゃん、紅葉!!」

「どうしたんだよそんなに慌てて。あれ、それに姉ちゃんは?」

「そのお姉ちゃんが大変なの! お姉ちゃんの同級生って人が一緒に討伐体のメンバーに参加してたんだけど、お姉ちゃんがその人に拉致されちゃって」

「お父さん」

「ああ。すぐに行って来る。すまないがお母さんはここを頼む」


 椿姫が言った思いがけない事態に、父親と母親の目つきが変わる。

 父親はつけていたエプロンを脱ぎ、門へと走って行く。


「俺たちも行って来る」

「葵ちゃんのこと頼んだわよ」


 その場を母親一人に任せ、俺たちは門へと進入することにした。

 ダンジョンの中はというと――まるで月のようだ。

 白い砂で造られた世界でクレータがあり、頭上には宇宙。

 だが重力は地球と同じらしく、体感は全く変わらない。

 

「椿姫、葵はどこだ?」

「あっちの方だよ!」


 ダンジョンの中には人工的に作られた小さな穴がいくつもあり、戻れるように目印をしておいたのだろう。

 穴を辿って行き、俺たちは姉の姿を探す。

 だが途中からその目印が無くなり、いくつかの足跡だけが残っている。


「足跡がいくつかあるな……どういうことだ」

「一緒に来ていた討伐者の人たちのだと思う。それで一つはお姉ちゃんたちの分」

「他の討伐者たちは葵を助けてくれなかったのか?」

「面倒事に巻き込まれるのは嫌だって、勝手に進んで行っちゃたんだよ。私も助けようとしたんだけど、お姉ちゃんが人質に取られてて、戻るように言われて……お父さんに助けを求めに帰ったの」


 助けてくれないなんて、薄情は人ばかりなんだな。

 だが俺は怒りを鎮めて、姉の行方を案ずる。

 他人のことなんかより姉ちゃんのほうが先決だ。


「この足跡がお姉ちゃんのだと思うんだけど」


 椿姫が指差したのは、ヒールの足跡。

 これは姉で間違いないだろう。

 こんな靴を履いてダンジョンに来るのは姉ぐらいだろうし。


「じゃあこの足跡を追えば姉ちゃんの元に辿り着けるってことだな」

「行くぞ」


 ヒールの足跡を追う俺たち。

 しかし少し先に進むと、足跡が綺麗さっぱり無くなってしまう。

 追跡はここまでしかできないようで、俺たちは愕然とする。


「どういうことなんだよ!」

「恐らくだけど、誘拐した人が自分の能力で足跡を消したんじゃない? 例えば風を起こす能力だったら、それぐらいは可能だろうし」


 風を使用して足跡を消す。

 確かにそれは可能だろう。


「ここからは別れて探すぞ。お父さんは真っ直ぐに行く」

「じゃあ俺はこっちに」


 四人それぞれ別れて姉を捜索することに。

 足跡は無いが、どこかにいるのは確実なんだ。

 絶対に探し出してやる。


「姉ちゃん!」


 暗い空の下、だが不思議に周囲を見渡すことはできる。

 俺は姉の名前を叫びながら彼女を探した。

 返事は無い。そして人の気配も無い。

 俺が探している場所には姉がいないのだろうか。

 引き返そう。


 そう考えた時だった。


「いた……姉ちゃん!」


 金髪の男が姉ちゃんの手を引き、走っている姿を発見した。

 男は振り向きながら、足跡を破裂させている。

 あれがあいつの能力か。

 小規模の爆発を起こしているが、自分の視線の先を爆発させられるのだろうか。


 俺は姉の後を追い、すぐに追いついてみせう。


「待て!」

「太陽!」


 姉は足元が悪く、走るのにもたもたしている。

 あんなヒールで走るのなんて難しいよな。

 だがそれが幸いして追いつくことができたんだ。

 姉ちゃんのファッションに感謝しなければ。


「な、なんだお前は?」

「弟だ、その人のな」

「太陽、早く助けてほしいんだけど」

「そうしたいのは山々だけど、近づいたら危ないよな」

「多分」


 姉は焦った様子を見せず、いつも通り飄々としている。

 男はそんな姉に腹を立てることなく、俺を睨むばかり。


「近づくなよ。近づいたら葵を殺す」

「知り合いなんだっけ?」

「一応同級生だけど、知ってるのは顔ぐらい」

「嘘だろ!? 俺、告白したよな?」

「あー、毎日告白されているから誰が誰か分かんないんだよね~」


 笑う姉であったが、男からすれば信じれらないことだったようで、表情には確かな怒りが含まれている。

 俺は姉の態度に呆れながらも、男を刺激しないように言う。


「姉は金持ちしか興味無いから、覚えられないのは仕方ないかと」

「それでも告白した男の顔ぐらいは覚えとくのは当たり前じゃないか!?」


 当たり前かどうかは置いておいて、彼の怒りも分からないでもない。

 だけど拉致するのは絶対に違う。

 大きな間違いを犯したこの男を許すわけにはいかない。


「でもあんたは姉を誘拐してるんだ。あんたが言っていることが正しかったとしてもそれは間違いだろ」

「間違いでもいいんだよ。今日、討伐者として参加したのは正解だった。こうして堂道さんに会えたんだからな」

「だから、何で拉致されないといけないわけ、私」

「それは……前も言ったけどずっと好きだったから。堂道さんのこと」

「それとこれがどういう関係あんの?」


 姉は溜息をつきながら男にそう聞く。


「好きだったんだ……でも手に入らないなら、無理矢理にでも手に入れるしかないだろ」

「は? キモッ」

「キ、キモくてもいいんだよ。俺は堂道さんを手に入れる。堂道さんを自分の物にして、そして死ぬんだよ!」

「なんで死ぬんだよ! そんなことにどんな意味が?」

「どうせ外に出たら捕まる。人生は終わりだ。だから死ぬんだよ、俺と堂道さんは」


 目が血走っている。

 足跡を消したのも、もう戻れなくてもいいからと判断したのだろう。

 追跡されて邪魔されるのを嫌がったのだろうが、姉は悪運の強い人だ。

 俺と紅葉が自分たちのダンジョンを攻略して救助に来れてのも、彼女のそういう部分が関係していると思う。

 だからこそ俺は確信を得る。


 姉ちゃんは確実に助かると。


「とにかく、姉ちゃんを返せよ」

「近づくなよ。近づいたら堂道さんを殺すからな」

「殺されるのは勘弁なんだけど」

「姉ちゃんの能力で逃げることってできない?」

「私の能力ね……できるのかな?」


 自分の能力のことは把握しているらしいが、相手から逃れることが可能かどうかを思案しているようだ。

 後ろにいる男を気にしない、断端な人。

 こんな状況なのに焦り一つ見せない。


「な、何もするなよ。何かしたらすぐに殺すからな」

「どっちにしても死ぬわけでしょ?」

「それは……そうだけど」

「じゃあ何か抵抗する手段を考えないと。私、まだ死にたくないし」


 姉は足元を見下ろしながら何やら思案顔をする。


「うーん……やっぱ無理だな!」

「思わせぶりな顔は止めて! こんな状況もマイペースだよね」

「普通にやりとりしてんじゃねえよ!」


 俺たち姉弟の会話が気に障ったようで、男は怒りに声を荒げた。

 姉ちゃんが普通過ぎて、俺も普通に接してしまった。

 状況的には危ないはずなのに、姉の性格がそう思わせない。

 しかし俺は内心焦りながら、二人のことを注視する。

 どうにかして助けないと。

 俺は姉を助ける手段を頭の中で模索するのであった。

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