第4話 ミノタウロス
討伐者は危険が付き物だと理解していたが、まさかこんな目に遭うとは。
相手はこちらを狙い定めている。
男性一人を担いで逃げ切るのは不可能だろう。
どうやって切り抜けるべきか。
全力で思考するが……何も思い浮かばない。
そもそも素人の俺が何できるっていうんだよ。
俺にはあるのは深淵だけ――
そうだ、俺には深淵があるじゃないか。
弱いモンスターしか飲み込めないが、やりようによっては戦えるかも知れない。
逃げて背後からやられるよりかは、生き残れる可能性が高いはず。
俺は深呼吸し、椿姫に向かって叫ぶ。
「椿姫、俺に力を貸してくれ!」
「わ、分かった! 私は何をしたらいい?」
「その時が来れば分かる」
ゆっくりと距離を縮めて来るモンスター。
俺は相手の動く速度に合わせるようにして、慎重に後退していく。
「…………」
相手の静かに唸る声、獣臭がする。
緊張したまま後ろに下がって行くとドンと壁にぶつかり、そこで俺は怪我をした男の人を下ろすことにした。
「さあ来るなら来い。お前を倒す方法は思いついた」
後は上手く行くかどうか。
それだけが問題で、それが全てだ。
「ゴゥウウウウ!!」
モンスターが駆け出す。
これまでよりもさらに速く、俺を仕留めるのに全力を注ぐつもりだ。
相手はバカの一つ覚えみたいに突進をして来るので、それを避けてみせる。
次も巨大な腕を振るってくるのでは――そう考えた俺の予感は的中し、回避することに成功した。
「グオアアアアアアア!!」
苛立ちを覚えているのか、相手はさらに怒気を増す。
そして血眼になって再び突撃を仕掛けてきた。
「こんなのはどうだ!」
深淵よりスライムの塊を取り出し、地面に設置する。
相手はそれに気づかないまま走り続け――スライムの塊を踏みつけた。
あれはゼリーみたいなもので、足元は滑るはず。
俺の作戦通りに行くなら――
「よし!!」
相手がこちらの予想通り、派手に倒れる。
この瞬間なら安全に椿姫が接近できるはず。
椿姫は俺の考えを読んでいたように、モンスターが倒れた瞬間に走り出していた。
「えいっ!!」
椿姫の拳がモンスターの顔面を捉える。
ドゴッ! と凄まじい音を立てながら相手の牙が折れた。
「グワオァアアアアアアアア!!」
痛みにもがいているモンスターに対し、椿姫がもう一撃食らわそうとするが――
「あ、あれ?」
椿姫は突然、その場で尻餅をついてしまう。
何があったのか?
心配するように彼女の方を見ると、申し訳なさそうな顔をこちらに向けてくる。
「ごめんお兄ちゃん……私の能力、燃費が悪いみたい」
グーッと鳴る椿姫の腹の音。
燃費が悪いって……そんなことある!?
でもこれまで椿姫のあんな様子は見たこと無い。
倒れそうなほどお腹を空かすなんてありえないはずだ。
能力が原因しているのは明らかだろう。
しかし……今ので倒せると考えていたのに計算が完全に狂った。
俺は舌打ちをし、まだ倒れたままのモンスターに接近する。
そして相手の背中に触れ、深淵を発動した。
どうだ?
吸い込むことができれば俺の勝ち。
だが悲しいことにそれは叶わない。
激しい静電気が発生したように、俺の手が弾かれる。
「ダメか!」
弱ったモンスターを取り込めるはずだが、まだ相手を弱らせきれていない。
もしかしたらと思ったが、無理だったか。
モンスターが起き上がろうとし、俺は相手の足に蹴りを入れる。
攻撃が通用するとは思っていない。
ただ椿姫からこちらに気を逸らす為だけにそうしただけだ。
ありがたいことにモンスターはこちらを向いて睨んでいる。
俺は変な笑いを浮かべながら叫んだ。
「椿姫、逃げろ!」
「無理だよ、お兄ちゃんを置いて逃げれない!」
「逃げろったら逃げろ! 俺も逃げるから。椿姫たちを悲しまるようなことはしない!」
家族のためにも死ぬわけには行かない。
そう思案するが、だが現実が分からないほど馬鹿じゃない。
その言葉で椿姫が逃げてくれたらいい、その程度の考えで叫んだが――効果は無かった。
力が出ないが背後からモンスターを攻撃しようとする椿姫。
止めろ。
そんなことをしたら椿姫が死んじゃうだろ。
そんなこと……そんなこと……
俺が許さない。
スローモーションになるモンスターの動き。
いや、こいつだけじゃない。
俺が感じるもの全てがスローモーションになっている。
死の直前にこういう現象を体験する人がいるなんて話は聞いたことあるが、まさか自分が体験することになるとは。
驚くほどに頭の中は静かだ。
音も聞こえない。匂いもない。
世界から視覚以外が消えたような感覚。
俺は死なない。
椿姫たちのためにも生きてみせる。
だから俺は――こいつに勝つ。
スローモーションとなっている中で俺は右手を前に突き出す。
自分にできることなんて何も無い。
でも何もせずにやられるわけにはいかないんだ。
心の奥に感じる
それを解放しろ!
「!?」
モンスターの動きが止まる。
自分の体の異変に感づいたようだ。
敵は自分の胸の当たりを見下ろし――腹から胸の当たりまで
何が起きたのか自分にも分からない。
俺の手から生まれた漆黒の闇が相手を食らい、腹に風穴を開けたのだ。
「ゴオオオオオオオオァアアアアアアアアアアアア!!」
モンスターの咆哮。
ズン、ズン、と大きな音を立てながら後退していく。
「今だ……今ならやれる」
俺は深淵を発動し、相手の体を飲み込んでみせる。
敵の姿は消え、緊張感から解放された俺はその場で膝をついた。
「お兄ちゃん!!」
唖然としていた椿姫であったが、俺に抱きついてきた。
「ははは……何とかなったな」
「死んじゃうと思ったよ……でも何をやったの、お兄ちゃん?」
「俺にも分からない。まだ自分が知らない能力があるんだろうな」
妹の温もりを感じながら、俺は溜息をつく。
ルールは4つだけではないみたいだ。
その全てをまだ把握できていないが、隠された力はまだまだありそうだな。
でも今はそんなことどうでもいい。
生き残れただけでも儲けものだ。
「今のモンスターの名前、ミノタウロスって言うんだってさ」
「あ、解析ができたんだ」
「ああ。ステータスも全て更新されたみたいだし、今なら同じ奴が出てきたも対等に戦えるぞ」
ミノタウロスの解析と分解が進み、そのステータスとミノタウロスの肉、そしてミノタウロスの角を手に入れた。
これはどう使うかは……また考えるとしよう。
「よし。とにかくこの人を連れて外に出よう。あ、クリスタルも壊していかないとな」
「クリスタルは私が壊すよ。お兄ちゃんは休んでいて」
「いや、疲れているのは椿姫の方だろ。俺は無傷だし大丈夫だ」
クリスタルはさほど大きくない。
これぐらいなら簡単に壊せそうだが――全力で殴ってやるとあっさりと破壊することができた。
凄いな、ミノタウロスの力は。
「この後ダンジョンが崩壊するんだったな。さっさと出るとするか」
「うん」
男性を担いで、俺たちは外を目指す。
入り口付近に到着すると、逃げ出した人たちがオロオロしながら待っているようだった。
「き、君たち! 大丈夫だったのか!」
「何とか倒すことができたよ」
「た、倒したのか……あの化け物を!?」
「うん。偶然だけどね。さ、クリスタルも壊したし、外に出よう」
崩壊する前にダンジョンから脱出する。
俺たちが出ると門にヒビが入り、ガラスが割れるようにして消え去っていく。
「はー、まさかいきなりあんなのと遭遇するとは……生き残れて良かった」
「お兄ちゃんのおかげだね」
「椿姫がいなかったら皆死んでたと思う。だからこれは椿姫のおかげだ」
「違うよ、お兄ちゃんのおかげだよ」
「いやいや、椿姫のおかげだ」
そんなやり取りをしていると、助けた男の一人が半笑いしながらも頭を下げてくる。
「本当にありがとう。君たちのおかげで助かった!」
「そうだよ。イチャイチャしなくても君たち二人のおかげだってことは分かるさ」
「イ、イチャイチャだなんて……私たちそんな関係じゃありませんから」
何故か赤くなる椿姫。
俺はそんな椿姫の気持ちを代弁するよう、彼らに言う。
「そうだよ。俺たちは兄妹だから」
「あ、そうなの?」
首肯で俺は返事をするが……何故か椿姫は頬を膨らませて機嫌悪そうな顔をしていた。
なんでだ?
ちなみに報酬は全て俺たちが貰うこととなり、それなりの儲けになったのであった。
これで家族に少しは良い物を食べさせてあげられるかな。
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