【SF宇宙短編小説】「双星の奏でる永遠の交響曲 ~アルマとミラの宇宙紀行と生命循環~」

藍埜佑(あいのたすく)

第一章:「星の胎動 ―分子雲に宿る双子の意識―」

 無限の闇が広がる宇宙の片隅で、一つの分子雲が静かに漂っていた。漆黒の宇宙空間に浮かぶその姿は、まるで母なる海のように広大で深遠だった。分子雲の内部では、水素とヘリウムを主とする気体分子が絶え間なく衝突を繰り返していた。その一つ一つの衝突は微弱な熱と光を生み出し、雲全体は淡く輝きながら、ゆっくりと収縮していった。


 やがて、分子雲の中心部に二つの高密度領域が形成された。互いに引き合いながらも、独自の個性を持ち始めたそれらの領域は、いわば双子の卵のようだった。宇宙という母体の中で、新たな生命が芽生える瞬間だった。


「姉さん、怖いよ……」


 弱々しい声が闇の中から聞こえてきた。それは、二つの高密度領域の一つから発せられた意識の萌芽だった。


「大丈夫よ、私がいるわ」


 もう一方の領域からは、少し強く、しかし優しい声が返ってきた。


「私たちはこれから生まれるの。母なる雲から離れて、自分自身の光を放つ存在になるのよ」


 姉と呼ばれた方の密度領域は、すでに強い重力を生み出し始めていた。その重力は周囲のガスを引き寄せ、自らの質量を着実に増やしていった。妹もまた同様だったが、姉に比べるとその成長速度はやや緩やかだった。


「姉さんはいつも先に行っちゃうね」


「それが長女の務めよ。でも心配しないで、私たちはいつも一緒だから」


 二つの密度領域は、互いの重力に引かれながら中心部を回転し始めた。この回転運動は次第に速度を増し、周囲のガスとの間に摩擦を生じさせた。摩擦熱は中心部の温度をさらに上昇させ、ガスの分子は次第にイオン化していった。


 数十万年の時を経て、二つの密度領域はついに原始星へと進化した。まだ完全な星の姿ではないものの、その中心部では徐々に熱核反応の準備が整いつつあった。


 原始星の段階になると、二人の個性はより鮮明になっていった。姉の方はより質量が大きく、青白く輝く傾向を見せ始めていた。一方の妹は、やや小さな質量で、温かみのある赤い光を放っていた。


「私たちって、どうして違うの? 同じ雲から生まれたのに」


 妹は不思議そうに姉に問いかけた。二人は同じ分子雲から誕生したのに、なぜか異なる性質を持ち始めていたのだ。


「それが宇宙の面白いところよ。一つの源から生まれても、それぞれが独自の道を歩むの。でも安心して、私たちは永遠に共に在るわ」


 姉はそう言いながらも、自分たちの未来に何が待ち受けているのか、まだ完全には理解していなかった。ただ、互いの重力に引かれながら踊るように回転し続けることが、彼女たちの運命であることだけは感じていた。


 やがて、中心部の温度が数百万度に達すると、水素原子の核融合反応が始まった。これこそ、真の星の誕生の瞬間だった。


「姉さん! 私たちの中で何かが始まったよ!」


 妹は自分の内部で起こっている変化に驚きの声を上げた。


「ええ、これが私たちの本当の生まれの時よ。今から私たちは自分自身の光を放って、この宇宙を照らすの」


 姉の声には誇りと期待が混ざっていた。彼女はすでに、妹よりも明るく輝き始めていた。その光は周囲の残留ガスを押し流し、二人を取り巻いていた胎盤のような円盤を徐々に晴らしていった。


 こうして、双子の星は真の恒星として、宇宙の広大な舞台に登場したのだった。二人は互いを周回しながら、時にはフィラメント状のガス流を通じて物質を交換し合い、共に成長していった。宇宙の厳しい環境の中で、二人の絆はますます強くなっていった。

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