第3話 偽貴族アルバート

「これは……」

 どういうことですか、という言葉を私は飲み込んだ。


 どういうことかとは、こういうことである。エリンに曖昧な質問をしたってしっかりとした答えが返ってくるとは思えない。というか、大した答えを持っていないこともあるし、文字通り「こういうこと」と言われてお終いのパターンも多い。


 エリンに真面目に付き合うと損が大きいのだ。今までのことで私は深く学んでいるのである。


 私がやることと言えば、エリンの捜索と、エリンの助手と、後処理と、後処理と――


「ほら~大丈夫だったでしょ、リゼ」

 今後の仕事を想像して憂鬱になりかけていたところ、リゼが底抜けで楽しそうに弾ませた声で話しかけてきた。私はため息を隠さずリゼに吐きつけると、言葉を続ける。


「何が大丈夫ですか。私は今後のことを考えると頭が痛いですよ」

 地べたに転がったアルバートを一瞥する。アルバートはエリンの水魔法によって体の自由を奪われており、水の触手は口をも塞いでいて喋ることが出来なくなっていた。


 さらには、口をモガモガしながら必死の形相で私とエリンを睨みつけており、怒りはまだまだ収まっていないのように見える。


「リゼ、しつこいよ。もう少し私を信頼してほしいものね」


「そう言われましても――」


「うるさいうるさい!」

 エリンは私の続く言葉を予知しているかのような間で割り込むと、わざとらしく大げさに耳をふさいで見せた。このモードのエリンは話を聞いてくれない。


 ――いや、いつも聞いていないかもしれない。


 そう思い直した私が半眼でうなづいて見せると、エリンは安心した様子で耳から手を離した。続けて意気揚々としゃべりだす。


「リゼが苦労することはあまりないと思うよ。だって、こいつを嘘つきの犯罪者として処理するだけだから」


「エリン様……」

 処理、というお嬢様らしからぬ発言に目を覆いたくなってしまう。


 というかそもそも、こいつの言動で動じない周りの住民たちも悪い。


 何だこの奇妙な空間は。苦労するのは私だけなのか。エリンの言動で怒られるのは私だけなのである。エリンの父で雇い主でもあるエレスト侯爵の顔が浮かんでしまい、頭痛がしてきた。


「アルバート、調子はどう?」

 思考があらぬ方向に向き始めた私を放って、エリンは転がっているアルバートの前に座り込んだ。今のエリンは女性用の乗馬服を身に着けており、あぐらをかいている。


「――ごほっ、ごほ! 貴様、俺を溺死させるつもりか!?」

 エリンが人差し指を反時計回りで二回転、くいくいっとすると、アルバートの口をふさいでいた水の触手がただの水に変わった。彼の口内に残っていた水が暴れてむせてしまったようである。


 苦しそうに顔を歪めるアルバートをワクワクとした表情で見つめつつ、エリンは続けた。


「取り調べの時間よ。リゼ、水鳥の親子丼……こういった場合はカツ丼って言うんだっけ? を持ってきて」


「何ですかそれ。ふざけてないで早く済ませてくださいよ。私にはこの後も仕事があるんです」


「取り調べだと? それはカイベルク公爵の息子である俺を犯罪者であると言っているようなものだぞ。無礼な! 身の程をわきまえろ!」

 犯罪者呼ばわりは偽物呼ばわりと同様に我慢できるようなものではなかったらしい。刺すような視線を私たちに向けて威圧してくる。


 エリンはその視線に怖がる素振りもなく、逆にアルバートを見据えた。


「あなたは同じようなことしか言えないわけ? やれ、公爵家が偉いだの。やれ侯爵家風情だの。そもそもそのボキャ貧具合と口調が貴族らしくないのよね」


 ……貴族らしくない口ぶりはあんたもよ。


「な、なな……」


「そういうところ。モノ申されたなら、貴族らしく気の利いた言葉の一つや二つ、言ってほしいよね」

 そう思うでしょ? と言いたげにエリンがこちらを見てきた。私はその視線にうなづいて返すと、エリンの隣に並ぶ。


 エリンがこの場面でわざわざ私になげかけをしてきたということは、つまるところ会話に入れということだろう。こんな以心伝心は会得したくなかったと思いつつ、言葉を重ねる。


「確かに、アルバート様の立ち振る舞いはあまり貴族らしいと言えたものではありません。ただ――」


「そんな貴族たちは腐るほどいる。って感じ?」


「……はい」


 ちなみに、あんたもその一人だから。


 エリンの淀みない補足に一拍置いて言葉を返す。この場に関係のない貴族たちに飛び火する可能性大なので、エリンの明け透けな物言いにひやひやしてしまう。


 しかし、従者として主の言葉を無視することはできない。内心で嫌がっていても、体裁というものがある。躊躇いがちに肯定の意を示すしかなかった。


「それはそうなんだよね。地位や権力を笠に着て大柄な態度を取る貴族が多いこと多いこと」

 エリンは大げさに肩をすくめて見せたのち、厳しい目をアルバートに向ける。


「じゃあ理由二つ目。こいつ、変に貴族の知識が偏ってるのよ。ちぐはぐで気持ち悪いことこの上ないと思わない?」


「それはどういう……?」

 エリンの言うことが理解できず、質問に質問で返してしまった。しかし、エリンは気にするそぶりも見せず、むしろ自ら語りたいというように続ける。


「高級な衣服に剣、毛先まで手入れされたツヤツヤの髪や言葉遣い――は悪い意味で貴族らしい。私のこともそうだけど、エレスト侯爵についてもある程度の情報を持っていそう。でも――」

 エリンはそこで言葉を区切り、再び人差し指をくるっと振った。すると、アルバートを拘束していた水の触手がうごめきだし、彼が宙に浮かび上がる。


 まるで吊られた罪人のようだと思ったが、それは事実だったと思い直す。そんな様子を目の前に住民たちはいくらか落ち着いたようだ。エリンが何とかしたのだと思ったのである。


 胡坐をかいていたエリンだったが、アルバートと高さを合わせるように立ち上がると、今日一の鋭い目を彼に向けた。


「あの名乗りは何かしら? 貴族が貴族に対して剣を抜いた時点で、それは正真正銘の戦争。両家の誇りと存在を懸けた真剣勝負なの。無駄に名乗って相手に詠唱の隙を与えるなんて愚の骨頂。やるならすぐに斬りかかってくればよかった」


 確かに、エリンの言う通りだ。剣を抜いた時点で、エリンが応じた時点で、二人の勝負は始まっていた。ロベリア王国において、貴族同士の決闘の際に名乗らなければいけないというルールはない。


 むしろ、我が国における決闘には超実戦的ルールが採用されており、互いが了承した時点で真剣勝負が開始される。


「決闘の作法を違えるなんて、貴族としてあるまじき行為だよ」


 アルバートが名乗りをせずに剣を振っていれば、先手を打てる可能性があっただろう(それでもエリンが先に魔法を放つだろうが)。


 その有利性を捨て、決闘という貴族の誇りと存在を懸けるような事柄の作法を違えるのは、貴族としての矜持を持っていないと同義。


 ちなみに――


「名乗りは決闘の際にするものじゃない。するのは国と国との戦争時のみ。アルバート、お前は貴族の作法をんじゃない?」


「……確かに、俺は作法を間違えていた。しかし、俺だって人間だ。間違いの一つや二つはあるだろう。お前だってそうだ」

 エリンの度重なる追及を受けてもなお、敵意の残った強い目つきのアルバート。まだ負けていないといった雰囲気だ。実際、言い訳には等しいが筋は通った主張を続けている。


「それにお前の言ったことはすべて推測だろ。俺が偽貴族だって明確な証拠を出せよ。そうしないとお前の家は取り潰しだ。堕ちて娼婦にでもなっちまうかもな」


「こいつぅ……」

 エリンが貴族令嬢にあるまじき歪んだ表情をしてアルバートを睨みつける。先ほどまでの余裕あるふるまいはどこへやら。在野の絵師が広めてしまいそうなほど珍妙な怒り顔である。


 ……この人、本当に大物貴族の令嬢なのだろうか。


 さらに、アルバートは水の拘束による痛みを感じさせながらも、口撃を繰り出してくる。


「お前、貴族としては微妙な顔立ちだが、娼婦の中で比べりゃ一級品だと思うぜ。実際に堕ちたら俺が買ってやるよ。あ、でもちょっと――」


 嫌な予感がする。主に私の胃にまつわる――


「胸が、な。一級娼婦としては物足りないかもしれん」


「ひょっ!?」

 自分でも驚いてしまうくらいの素っ頓狂な声を上げた私は、その勢いのままガバッとエリンの方を見る。


 そこには……


「ふしゅぅ~~~」

 

 悪鬼がいた。


「こいつ、完璧にライン越えたっ、ライン超えたぁああ!? 奥歯ガタガタ揺らしてあげるから歯ぁ食いしばりなよ! あんたのケ――」


「それ以上はいけません! 我慢を……貴族令嬢として、どうかっ」

 

 さようなら、私の愛しい消化器官たち……

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