第13話:合理的な決断 vs 非合理な感情
「お邪魔しまーす!」
陽向が軽く手を振りながら結菜の部屋に入る。
ここに来るのは二度目だが、今回は“審査”という名目のもと、数時間ではなく、もっと長く一緒に過ごすことになる。
「さて、いよいよ最終審査ですね!」
「ええ。今日で適性を判断します」
結菜は冷静に頷きながら、すでに決めていた審査項目を思い浮かべる。
家事の協力態度、生活リズムの適合、適切な距離感の取り方——
生活を共にするパートナーに相応しいかどうかを、合理的に判断する。
陽向はキョロキョロと部屋を見回し、リビングに視線をやった。
「クロちゃん、今日はどこにいるんですか?」
「ソファの後ろです」
指をさすと、黒い影が動くのが見えた。
「うわ、しっかり隠れてる……この前もちょっとは触らせてくれたのに」
「クロは警戒心が強いので」
「うーん……今日こそ仲良くなれるかな?」
「……難しいかと」
陽向は小さく息を吐きながら、それでもめげる気配はない。
「まぁ、気長にやりますよ!」
「では、まずは食事の準備をしましょう」
「はーい!」
結菜はキッチンへ向かい、陽向も後を追った。
「さて、今日のメニューは?」
「オムライスです」
「お、いいですね! じゃあ僕はご飯炒め担当で!」
「ええ、では私は卵を担当します」
調理を進めながら、結菜は内心で観察を続ける。
陽向の手際は悪くない。
食材の扱い方や火加減の調整など、カフェで働いているだけあって、必要な技術は身についているようだった。
しかし——
「お姉さん、卵ふわとろ派ですか? それともしっかり焼く派?」
「ふわとろです。卵料理は繊細な火加減が重要です」
「なるほどー、じゃあ俺がちょっとアレンジして……」
「レシピ通りに作るべきでは?」
「いやいや、料理は自由ですよ! なんなら、ご飯もバター多めにしてコク出します!」
「……それは、バターの風味を活かしたいという意図でしょうか?」
「うん!」
「では、適量で調整してください」
「おっけー!」
思ったより素直に頷く陽向に、結菜は少しだけ意外に感じた。
(合理的な説明をすれば、納得するんですね)
一方で、陽向が「適当にやってみるのも面白いですよ」と軽いノリで言った時には、心の中で小さくため息をついた。
(料理は計算された化学反応です……)
結菜は半ば諦めたように、卵を慎重に焼き始めた。
ふわとろに仕上げるには、火加減と時間の管理が重要だ。
「うわ、やばっ!」
陽向が小さく声を上げた。
「何をしたんですか?」
「バター入れすぎました!」
「……だから言いましたよね」
「いやー、コクが出るかと思ったんですけど……まぁ、美味しいはず!」
「合理的に考えれば、適量を守るのが正解です」
「でも、ちょっとくらい冒険したほうが楽しくないですか?」
(……楽しい?)
陽向は笑いながら、仕上げたチキンライスを皿に盛り付ける。
結菜も卵を上にのせ、手早くケチャップで文字を書く。
「ん? なんて書いたんですか?」
「“合理”です」
「いや、デカデカと“合理”って書かれたオムライス、初めて見ましたよ!」
陽向が腹を抱えて笑う。
結菜は真顔のままだったが、ほんの少しだけ唇の端が緩んだ気がした。
「では、食べましょう」
「いただきます!」
スプーンを手に取り、一口食べる。
「……」
「どうです?」
「……思ったより美味しいですね」
「でしょー!」
「しかし、バターの風味が若干強いです」
「まぁまぁ、多少の誤差はご愛嬌ってことで!」
(合理的ではありませんね……)
それでも、思ったよりも悪くないと感じている自分がいた。
食事を終え、後片付けも終わる頃には、すっかり夕方になっていた。
リビングでくつろぐ陽向を横目に、結菜は今日の審査の結果を考えていた。
(彼は、合理的なパートナーとしての適性があるのか?)
家事の協力意識はある。
しかし、非合理的な行動も多い。
(……結論を出すべきですね)
「佐倉さん」
「はい?」
陽向が振り向いた、その瞬間だった。
黒い影がすっと動き、陽向の膝の上に乗った。
「……えっ?」
「……クロ?」
驚く結菜の横で、陽向は固まっている。
「おぉ……クロちゃん、自分から乗ってきた!」
「……信じられません」
クロは警戒心が強く、初対面の人間には決して懐かない。
それなのに、今は陽向の膝の上で、まるで当然のように丸まっている。
「クロは……合理的な判断でこれをしているのでしょうか?」
「いや、多分だけど……こういうのって、直感じゃないですか?」
陽向がそっとクロの背を撫でる。
「俺、クロちゃんには嫌われてるかと思ってたんですけど……」
「……」
結菜はじっとクロを見つめた。
(合理的な理由もないのに……)
クロは、ただ「ここが心地よい」と思ったから、そうしただけ。
(……私も?)
思い返せば、合理的なデートは完璧だったが、楽しくなかった。
しかし、非合理的なデートは、楽しかった。
(……決めました)
結菜は静かに息を吸い込み、顔を上げた。
「佐倉さん」
「はい!」
「あなたは……私のパートナーとして、適性があります」
「え?」
「つまり、合格です」
陽向は一瞬呆然とし——
次の瞬間、満面の笑みを浮かべた。
「やったーーーーーーー!!!!!!」
思わず立ち上がり、ガッツポーズをする陽向を見て、結菜は小さくため息をついた。
(……まったく、子供みたいな人ですね)
しかし、その頬は、ほんの少しだけ緩んでいた。
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