第9話:完璧なはずのデート
「では、出発しましょうか」
土曜日の昼下がり。
結菜は腕時計を確認しながら、陽向に向かって静かに言った。
「お、おう!」
陽向はどこか緊張した面持ちで頷く。
普段なら「今日のデートはどんな感じっすか!?」とか「お姉さん、今日はちょっと可愛くないです?」とか、軽口を叩いてくるのに、今日は妙に落ち着いている。
(……どうやら、本当に“審査”として受け止めているようですね)
結菜は小さく息をつきながら、用意していたスケジュールを確認する。
——今日のデートは、合理性を重視したパートナー適性の最終試験の一環。
まずはランチ。予約済みのレストランに着くと、陽向はすかさず入り口で扉を開け、結菜を先に通した。
「お姉さん、どうぞ」
「ありがとうございます」
(……こういう気遣いは悪くないですね)
店内に案内されると、陽向は席に座る前に、さっとウェイターを呼び、メニューを確認した。
「すみません、おすすめのメニューはどれですか?」
「こちらの季節限定コースがおすすめです」
「じゃあ、それにします。お姉さんは?」
「同じもので構いません」
陽向はすぐにウェイターに注文を伝え、カトラリーを整えた。
(判断が早い……)
優柔不断に迷うことなく、状況を素早く理解し、適切な選択をする。
カフェの仕事ぶりを見た時も思ったが、陽向は意外にも状況判断力が高く、機転が利くタイプだ。
(仕事を回す能力が高い人なら、パートナーとしての適性は悪くないのでは……?)
結菜は少し考えながら、目の前の彼を見る。
陽向はすっかり「合理的なデート」に適応しようと努力しているようだった。
「料理、楽しみですね」
「ええ、評価の高いレストランですから、味の期待値は十分です」
「そうですね。レビューによると、特にソースの味が絶妙らしいですよ」
「レビューを事前に確認したのですか?」
「もちろん! せっかくの審査デートですから、しっかり下調べしておきました!」
(……意外と真面目ですね)
食事の間も、陽向は適度な会話を心がけ、無駄な雑談を極力減らしていた。
「最近、仕事は忙しいですか?」
「ええ、裁判がいくつか重なっているので、それなりに」
「なるほど。お姉さんみたいな人が弁護士だと、依頼人は安心できますね」
「それはどういう意味ですか?」
「決める時は、ちゃんと決めてくれるってことです!」
(……悪くない評価ですね)
陽向の話し方は普段より落ち着いていて、冷静な意見を述べている。
あの騒がしくて、余計なことばかり言う男とは思えないほど、大人しく、理性的な対応だった。
だが——
(なぜでしょう、何か物足りない気がします)
会話に無駄がない。
スケジュールも完璧で、食事もスムーズに進んでいる。
(——なのに、どうして私は少しも楽しくないのでしょう)
その後、映画館へ向かった。
選んだのは、レビュー評価の高い社会派ドラマ。
上映時間に無駄が出ないよう、時間調整は完璧。
チケットも事前に予約済みで、席も快適な位置。
(……スムーズですね)
映画の内容も、予想通り評価が高いだけあって、しっかりした作りだった。
鑑賞後、二人はカフェへ向かい、感想を述べ合うことにした。
「さて、感想を聞かせてください」
「えっ、僕からですか?」
「当然です。佐倉さんの思考を分析するためにも、まずはあなたの考えを聞きます」
陽向は一瞬困ったように目を泳がせたが、やがて静かに口を開いた。
「……ストーリー展開が論理的で、伏線回収も完璧でした。
また、登場人物の心情変化がリアルで、視聴者に感情移入を促す構成になっていたと思います。」
「妥当な分析ですね。では、最も印象に残ったシーンは?」
「終盤の主人公の決断ですね。あのシーンが、物語全体のテーマを象徴していました。」
「納得できる意見です」
「ですよね!」
……会話としては、完璧だ。
流れもスムーズで、議論として成立している。
(——けれど)
(これ、本当に楽しい会話ですか?)
違う。何かが違う。
いつもの陽向なら、
「いやぁ、僕、途中で泣きそうになっちゃいましたよ!」とか、
「お姉さんも泣きました!? えっ、泣いてない!? えぇぇーー!!?」とか、
そういう無駄な感情を混ぜてくるはずなのに。
(……いつもの佐倉さんではありませんね)
その後も、結菜の計画通り、全ての行動は無駄なく進んだ。
昼食、映画、カフェ——どれもスムーズで、時間のロスは皆無。
しかし、陽向が帰り際、ふとぼそっと呟いた。
「なんか……すごい“ちゃんとしたデート”だったなぁ……」
結菜はその言葉に、なぜか胸の奥に引っかかるものを感じた。
「合理的で、無駄のないデートでしたね」
「……うん。うん、そうなんだけど……」
陽向はしばらく考え込んだ後、軽く笑った。
「なんか、お姉さんと一緒にいるのに……いつもみたいに楽しくなかったかも」
その言葉を聞いた瞬間、結菜は少しだけ心が揺れた。
(——私も、少しそう思いました)
しかし、陽向が努力したことは伝わったため、次の言葉を口にする。
「佐倉さん、もう一度チャンスをあげます」
陽向は驚いた顔をした後、少しだけ微笑んだ。
「……そっか。僕も、もう一回やりたいなって思ってました」
「では、次のデートの予定を決めましょう」
次こそ、本当に適性があるのかどうか。
そして、次のデートで、結菜はついに「合理的ではない楽しさ」に触れることになる——。
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