適性審査中につき、恋愛は保留です

ウニぼうず

第1話:婚活という名の時間の無駄

「ふう……」


篠宮結菜はグラスに残った水を一口含み、時計を見た。


13時28分。


ランチの時間はちょうど30分。相手の話を聞きつつ、要点を整理し、判断を下すには十分な時間だった。

目の前の男性——大手商社勤務、年収1200万、身なりも整っており、清潔感もある。履歴書だけ見れば、確かに理想の条件を満たしている。


だが、話がつまらない。


「いやあ、うちの会社、今新規事業の立ち上げに力を入れてましてね。投資ファンドからの評価も上々で、来期の利益予測も……」


彼は一切表情を変えず、仕事の話を延々と続けていた。結菜は適度に相槌を打ちつつ、頭の中で思考を整理する。

年収、職業、社会的ステータス……申し分なし。だが、一緒に生活するビジョンが浮かばない。


会話に退屈しているわけではない。むしろ、情報整理の過程はそれなりに楽しんでいる。

だが、重要なのは結論だ。


彼は「一緒にいる相手」として最適なパートナーではない。


「篠宮さんは、お仕事はどうなんですか?」

「順調です」


短く答える。彼は一瞬間を置いたが、それ以上深く聞いてくることはなかった。

はい、終了。


仕事柄、結菜は勝算のない案件は受けない。勝ち目が薄い案件に時間を割くのは、弁護士としても、効率を重視する一個人としても不合理だからだ。

それは婚活にも通じる。「可能性が低い」ものに、時間を費やす価値はない。


「すみません、そろそろ仕事に戻らないといけないので」


食事を終えた皿を片付け、結菜は淡々と伝票を手に取る。


「あ、ああ、そうですか。いやあ、短い時間でしたけど、お話できてよかったです」

「ええ、また機会があれば」


そう言って微笑んだが、彼と再び会うことはないだろう。


またダメだった。時間の無駄。


レストランを出て歩きながら、結菜はスマホを取り出し、婚活アプリのメッセージを確認する。


「今日はありがとうございました!」

「お会いできて光栄でした。またぜひ!」


形式的なメッセージが並ぶ。結菜は「こちらこそ、ありがとうございました」と定型文を打ち込みながら、ため息をついた。


婚活を始めたのは半年前。

理由は単純で、「効率的な人生設計のためにパートナーを見つけるべきだ」と考えたからだ。


結菜は恋愛にロマンを求めていない。仕事が忙しく、時間も限られている以上、恋に溺れる時間などない。

だが、結婚は現実的な問題だ。老後のことを考えれば、信頼できるパートナーがいる方が合理的。


だから、恋愛感情抜きで「条件の合う相手」を探すことにした。


しかし、現実は厳しい。条件が合うからといって、相性が合うとは限らない。

話が合わない、価値観が合わない、何かしっくりこない。

どんなに履歴書が完璧でも、一緒に暮らす未来が想像できない相手と結婚するのは無理だ。


これまで会った男たちを思い出してみる。


一人目は、大手IT企業勤務のエンジニア。年収も悪くなく、頭も切れるが、デートの最初から最後までスマホを手放さず、「今ちょっとプロジェクトの件で……」と何度も通知を確認。

「私よりスマホと結婚したほうがいいのでは?」とすら思った。


二人目は、外資系コンサルタント。会話の端々で「仕事がデキる俺」を匂わせるが、実際の内容は「いかに自分が優秀か」の自慢話ばかり。

「パートナーではなく、観客を求めているタイプね」と冷静に分析し、デザートが出る前に別れた。


三人目は、婚活市場で「人気物件」とされる医師。高収入で社会的地位もあるが、彼は開口一番、「結婚するなら家庭を支えてくれる人がいいですね」と発言。

「つまり、家事と育児を全部私に任せるつもりってこと?」と尋ねると、微妙な顔をしながら、

「……まあ、うちは共働きでもいいですけどね?」


「ですけどね?」って何?という気持ちを必死に抑えながら、その場を切り上げた。


結婚は仕事のように効率よく決められると思っていた。

しかし、現実は「無駄な時間ばかりが増えていく」だけだった。


結菜の頭の中に、一つの言葉が浮かぶ。


「勝てる案件しか受けない」


これは弁護士としての信念であり、生き方そのものでもある。

なのに、婚活においては、勝算のない案件にばかり時間を費やしている気がする。


「……そろそろ手を引くべきか」


冷静にそう考えつつも、完璧な選択肢が見つかる可能性を捨てきれずにいる自分がいる。


「はあ……」


結菜はスマホをポケットにしまい、ふと目の前のカフェに目を向けた。


「Cafe Hinata」


この街に引っ越してきてから、何度か訪れたことのあるカフェだ。

ちょうどランチの時間も終わり、人も少なくなっている。


「気分転換くらいにはなるか」


結菜はドアを押し、カフェに足を踏み入れた。

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