第50話
7月1日月曜日、放課後。
音楽室に、60人ほどの生徒がひしめき合っている。椅子が足りないため、俺は教室の入り口近くで立ち見をすることにした。
緊迫して息が詰まりそうな空気の中、部長の福島先輩が黒板の前に出て、口を開く。
「突然の連絡にもかかわらず、今日はお集まりいただいてありがとうございます。何について話し合うかはすでに簡単にメッセージで触れたとおりですが、今一度言うと、今後の部の方針についてお話させてください」
先輩の表情は真剣そのもの。でも、声が震えている。恐怖心と戦いながら、あの場に立っているということは、誰の目から見ても明らかだ。
教室の隅の方では、宍戸先輩が腕を組んだまま目をつむり、棚にもたれかかっている。聞いたところによると、今日もともと予定されていたのは、2年生ミーティング。ミーティングとはいっても、その実態は、浅野先輩の弾劾裁判が意図されていたらしい。しかし、それが、1・2年を含めた全員集会となった。そして、全員集会という大義のもと、幽霊部員の宍戸先輩も出席している。
おそらく、宍戸先輩が福島先輩に接触し、入れ知恵をした結果だろう。
「一昨日の文化祭コンサートでの件もそうですが、春頃から部内に漂っている重たい雰囲気。これを抱えたまま今月末の定期演奏会を迎えても、満足いく演奏はできないと考えています。なので、それについてしっかりと話し合って、今後の部の方針を決めたい。そしてその上で、今月末の定期演奏会に集中し、引退する人たちを送り出してあげたいと思います」
立ち見のポジショニングは、我ながら正解だった。誰がどんな仕草で、どんな表情で、どんな姿勢で話を聞いているかがよく見える。1年弦は、不安からかきょろきょろと視線を動かしてアイコンタクトを取り合っているし、2年の先輩は微動だにせず、無表情の人が多い。桜は膝の上で両手を組んでぎゅっと力を入れていて、佐伯たちも顔が強張っていて、緊張しているのがよく分かる。
「さっそく本題に入りたいのですが、その前に、まず、私からお伝えしたいことがあります。部がこのような状況になるまで、有効な手を打てなかったのは、すべて、部長である私の責任です。決断するべき時に決断できず、逃げてばかりで、先延ばしにしてばかりで、そのせいでみなさんに不快な思いをさせて、不安を与えてしまいました。この場を借りてお詫びします。本当に、ごめんなさい」
呆気にとられた。
福島先輩が全員に向って頭を下げるとは思っていなかった。驚いたのは俺だけじゃなかったようで、音楽室内は騒然とし始める。
そんな中でも微動だにしない人がひとり。宍戸先輩だった。宍戸先輩、いったい、どんな話をしたんだよ……まさか本当に、弱った友達に、辛い現実を突きつけてきたのか……?
「あの、私も」
浅野先輩がいても立ってもいられなくなったのか、福島先輩のもとへ行くと、姿勢を戻させる。そして今度は、福島先輩に向って頭を下げて、そのあと、全員に向って誠心誠意の謝罪を始めた。
「事の発端は、私の独断です。そのせいで、多くの人を振り回してしまいました。那奈もだし、朱音も、倫子も、1年の子たちも、全員を振り回してしまいました。ただ、それにも理由があって……こんな場で、私的なことを言うのはおかしな話ですが、言い訳染みていて情けないと自分でも思いますが……それでも言わせてください。私、どうしても一緒に演奏したい友達がいて、管弦楽部のあるこの学校に入ったんです。去年、生まれて初めてヴァイオリンに触れて、色んな人に優しく教えてもらって……でも、全然私、上手くなれなくて。だけどやっぱり、演奏を一緒にしたいと思いは曲げられなくて、あのような行動に出てしまいました。完全な私情を優先させて、色んな人たちに不快な思いをさせてしまい、本当にごめんなさい」
福島先輩に続き、浅野先輩の謝罪。涙ぐんだ声。このような雰囲気になってしまえば、もう、誰かを糾弾することはできない。そんな雰囲気の中で、すっと椅子から立ち上がる姿があった。
ヴィオラの黒瀬先輩だ。
「悪いけど、皆実の勝手な行動は許せない。私たち、迷惑かけられたし、去年あれだけ仲良くしてたのに、突然弦楽器やめるし、腹が立って仕方ない。今言ったことだって、先輩たちが引退した3月の時点でちゃんと言っておけば、もしかしたら違った結果になったかもしれない。正直、今、部が崩壊寸前の状態に陥っているのは、私個人としては、那奈のせいじゃなくて、皆実のせいだと思ってる。でも、昨日、こんなことを言ったら、倫子に怒られた。皆実をそういう状況に追い込んだのは、私たちだって。他の初心者の子たちがついていけなくて辞めていく中で、吹奏楽経験者の皆実が、たったひとりだけ残って、必死に1年間がんばった理由を、ちゃんと聞いてあげればよかったってね。それを聞いて思った。私たちだけが被害者ヅラをするのは、よくないって。だから、那奈と倫子に免じて、4月からの一連の件は、この場を持ってチャラにする。私は皆実に謝らないけど、皆実も私に、これ以上謝らなくていい」
「ごめん、朱音。ありがとう……」
浅野先輩は泣きながら言葉を絞り出した。その横で、福島先輩も涙を堪えている。浅野先輩の本心を、一番近くで聴いたのが、福島先輩だったから、その思いが届いたのだろう。
「だから、ごめんはいらないって」
「……うん」
一応、これで和解となった。全員の前で和解するということは、大きな意味を持つ。
「それと、私も、謝らないといけない子たちがいる。1年の弦の子。一昨日は、酷いことを言ってしまって本当にごめんなさい。感情的になった子から、『部活を止めてしまえ』だなんて過激な発言も、あったと思いますが、この場を借りて、撤回させてください。後輩たちが、4月から仲間に加わってくれたこと、ありがたく思っています。一度口にしてしまった言葉、簡単には取り消せないことは分かっています。すでに傷ついた方もいるかもしれない。でも、それに関しては心よりお詫びさせてください」
黒瀬先輩が、1年弦が固まって座っているあたりに向って、頭を下げる。すると、チェロの白島先輩や、2ndヴァイオリンの廿日市先輩を始め、弦の先輩たちがその場に立って、頭を下げた。おそらくだけど、昨日、1年が集まったのと同じように、2年の先輩たちも集まって話していたのだろう。
先輩たちの謝罪に呼応するように、桜が起立して頭を下げる。
「私たちも、勝手な行動をしてしまってすみませんでした。私たち、どうしてもオーケストラがやりたくて……でもそれは、先輩たちとの演奏を蔑ろにしたいだなんて、そういう思いがあったわけでは決してありません。そして、こちらも、酷いことを言って申し訳ありませんでした」
賀茂さんや千田さんたち含め、10人程がその場に立って、同じようになって頭を下げる。
「……」
何だよこれ……いったい何を見せられてるんだよ……全員集会のはずが、謝罪大会になってるじゃん……!
ちらっと、宍戸先輩の方に視線を向けると、その口元が微かに緩んでいるのが見て取れた。その笑みはもう、完全に黒幕のそれだった。
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