第19話

 無事、入部式を終えた俺たちは、管楽器用の練習部屋として用意された理科室に集まっていた。桜たち弦楽器を含めると、1学年で約30人が入部したことになる。


 部員の大半は弦楽器のため、音楽室一帯は弦楽器の練習場となり、管楽器は、こうして隔離されるように理科室に追いやられた。しかし、こちらは、吹奏楽経験者、ピアニスト、バンドマンということもあって、そもそも弦楽器がいない世界で育ってきたために、別に誰も気にしておらず、不満を抱いている人はいない。2年生ミーティングで浅野先輩がいない現状でも、雰囲気は明るい。


「せっかくだし、何か曲、やろうぜ!」

「いいねぇ!」


 早くもリーダー格として頭角を表そうとしている佐伯に、フルートの桂さんが同調する。


「私、楽器吹くの1年ぶりなんだけど、音出るかなぁ」


 不安がるのは相原さん。そしてその隣で、ガッチガチに固まってるのが越智。


 とりあえず、スネアドラムだけ持ってきた口羽君と、グロッケンを嬉しそうに見つめている世良さん。


「私、ピアノ以外の楽器触るの、リコーダー以外だと初めてなんだよね」

「え」

「どうやって音楽の授業乗り切ったの?」

「カスタネットは?」


 驚きの声を上げる佐伯に、質問をかぶせる桂さんと相原さん。


「指を怪我したら、ピアノの演奏に支障ができるからやめなさいって」

「鍵盤ハーモニカは?」

「変な癖ついたら困るから触らせるなって、お父さんが学校に電話しちゃって」

「まじ?」

「うん」


 とんでもない家庭環境のようだ……いや、人のこと言えないか。とはいえ、これで全国コンクール入賞してるんだから、すごいよなぁ。


「何の曲やる?」


 スネアを叩きながら、口羽君が切り出した。


「そりゃ、管弦楽部なんだから、クラシックだろ」

「俺、クラシック分からんよ? まじで第九くらいしか分からん」

「じゃあ第九やるか」

「え、佐伯君歌うの?」

「……今のボケだから、ちゃんと拾って」


 佐伯と桂さんは息ぴったりって感じ。相原さんはけらけら笑ってて、笑い上戸らしい。そのとなりで、越智は水に浸したリードを咥えながら、黙々と楽器を組み立てている。越智のオーボエ見るの、中国大会以来か。あの時の悲惨な状況から、良くここまで立ち直ったと思う。


 ふと、越智と目が合った。越智は首をかしげる。俺も何となく、楽器を取り出すことにした。


「3大交響曲、でどう?」


 楽器に息を吹き込みながら、一応、意見を出した。


「何それ?」


 やっぱり知らない口羽君。


「シューベルトの7番『未完成』、ベートーヴェンの5番『運命』、ドボルザークの9番『新世界より』」

「その中だと、ドボ9だろ」

「ごめん、分からん」

「新世界なら、口羽君も絶対聴いたことあると思うよ~!」


 そういって、桂さんはフルートを口に当てると、4楽章の冒頭、日本人の誰もが知ってるフレーズをさっと吹いた。


「あ~その曲! ドボルザーク? って人が作ったん! 知らんかった~。いいじゃん」

「じゃあ、4楽章やる?」


 佐伯と相原さんが、楽器を組み立てている。


「いや、2楽章の方がいいと思う。4楽章、そのワンフレーズだけだとすぐ終わるし」


 4楽章をこのメンバーでやってもなと思って、そう提案した。


「2、2楽章?」


 口羽君、混乱中。


「遠き~山に~日は落ちて~だよ」


 今度は世良さんが教えてくれる。


「ああ、小学校の時歌ったわ。え、それもドボルザーク!?」

「うん!」

「えー! すご! クラシックすご! 面白い!」

「クラシックって、結構色んなところで使われてるから、意外とみんな知ってるんだよ。作曲者とメロディが繋がってないだけで」

「うんうん」


 感動する口羽君に、優しく解説する桂さん、うなずく相原さん。


「じゃあ、チューニングしてやってみよ。Bベー♭じゃなくて、Aアーでやろうか。ここは吹部じゃないから。越智、お願いしていい?」

「え、私!?」


 リードを楽器に差し込んでいた越智、完全に油断してたらしく、声が裏返る。


「オーボエが基準音になるから」


 固まる越智だったが、意を決したのか、すっと深呼吸して楽器を構えると、Aの音を伸ばす。そこに、フルートとクラが入って、トランペットとトロンボーンが入って、グロッケンも一応、チューニングした。


 相原さんは無事音が出たのが嬉しかったか、こちらにも分かるほどの上機嫌だ。


「じゃ、やろう」


 桂さんがやる気を出す。


「パートは?」


 首をかしげる相原さん。


「てきとー」


 てきとー男、佐伯。


「私、たぶんコード分かるから、伴奏任せて」


 世良さんはたぶん、絶対音感持ちだな。


「俺はそれっぽい感じで刻む」

「メロディは木管3人で上手く回したり、はもってみたりでいいんじゃない? 俺と佐伯は、それっぽい感じに回る」

「うん、越智さん、沙月ちゃん、がんばろ!」


 楽器を構えて、みんなで息を合わせて、アインザッツをして。


 こうして、記念すべき、管楽器パートの初回演奏が始まったのだった。






第1章 新歓 終わり

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