第4章 ソーニャのルーツ

第27話 無邪気な出会い

 ソーニャはアンナの家を離れ、裏手にある小さな山を越え、人家が多く立ち並ぶ地域にやって来た。家々の間を縫うように走っている道を、手元の地図を頼りに歩いていく。


 里を巡るとは言ったが、特に何か目的があるわけではなく、ただ単に里の全景を見たいと思ったのだ。そうして歩いていくと、一軒の家の前で遊んでいる子どもたちを見かけた。皆一様に、動物の角を生やしている。ソーニャが通りかかると、一人の子どもが話しかけてきた。


「お姉ちゃん、見ない顔だけど、どこから来たの? オーリー地区? それともジュリノヴァ地区? ……あっ、まさかシェーバリ地区!?」


 知らない地名を羅列され、ソーニャは困惑した。何と答えるべきか迷っていると、もう一人の子どもが口を挟んできた。


「もう、駄目だよ。お姉さん困ってるでしょ? ごめんなさい、この子、お喋り好きで」

「あ、いや、大丈夫だ。……私は、エルイーネの王都から来た」

「……えっ!? 王都から? でも、お姉ちゃん、わたしたちと同じ浄者だよね?」

「それは、そうなのだと思うが……私は孤児で、王都で育ったのだ。もしかしたら、生まれたのはこの里なのかもしれないが」

「ふーん……」


 子どもたちはソーニャをじろじろと観察した。遠慮なくぶつけられる視線に、ソーニャはいたたまれなくなった。やがて、お喋り好きだという子どもが口を開いた。


「ねえ、お姉ちゃん。王都には、穢者がいっぱい住んでるんだよね? 穢者って、平気で人を殺すような悪い奴らなんでしょ? わたしたちのご先祖様をたくさん殺して、生き残った人をこの里に閉じ込めたのも穢者だって聞いたよ。お姉ちゃん、そんなところでよく生き延びられたね」

「少し、誤解があるようだな。あの人たちは、そう簡単に人を殺したりは……」


 しない、と言いかけて、ソーニャは魔女の血を引いているとされるや否や、自分をすぐに処刑しようとした教会の人々のことを思い出して口をつぐんだ。


 急に黙り込んだソーニャを心配したのか、子どもが声をかけてきた。


「お姉ちゃん? どうしたの?」

「……いや、何でもない。決して王都で人殺しが横行していたわけではないが、穢者は魔女……浄者に対して偏見を持っているようでな。むしろ浄者が、自分たちに害をもたらす存在だと思っているらしい」


 その言葉に、子どもたちは目を大きく見開き、叫んだ。


「ええーっ!? 意味分かんない! 何で? 自分たちの先祖の方が、浄者にひどいことしたのに?」

「穢者は、自然を操る力を持っていないからな。そのような力を持つ浄者のことを、気味悪く思ったのだろう。実際、私もそうだった。……私は、穢者として育てられてきたからな」

「……そうだったんだね。わたしたちの力は、人を傷つけるために使うものじゃないのに」

「……」


 沈黙が訪れた。しばらく考え込んだ後、ソーニャはふと思い立って子どもたちに問いかけた。


「もし良ければ、君たちの力を見せてくれないか? 私はもっと、浄者について……自分のルーツについて知りたいのだ」


 子どもたちは顔を見合わせた後、揃ってこくりと頷いた。


「いいよ。まだうまく使えるわけじゃないけど、それでもいいなら見せてあげる」


 そう言うと、子どもたちは少し距離を取って、めいめいに呪文のような文言を唱え始めた。古語のように聞こえる。


「……いにしえの精霊よ、我に力を。今ここに、満開の花畑を!」

「……古の精霊よ、我に力を。今ここに、恵みの雨を!」

「……古の精霊よ、我に力を。今ここに、凍てつく吹雪を!」


 詠唱が終わると、たちまち変化が現れた。


 まず、何も生えていなかった地面に、いくつかの植物の芽が顔を出し、見る間に成長して花を咲かせた。そして、空がかき曇り、ポタポタと水滴が垂れてきた。さらに、夏だというのにも関わらず、ぴゅうっと雪混じりの冷たい風が吹きつけてきた。


「これは、すごいな……!」


 ソーニャは感動して拍手した。しかし、子どもたちは浮かない顔をしている。


「あーあ、やっぱりうまくできなかった。ホントはもっと、いっぱいお花を咲かせるつもりだったのに」

「私も。大雨にしようと思ったのにな」

「アタシもー。大吹雪にして、お姉さんを驚かそうとしたんだ。やっぱり、修行が足りないのかな?」


 子どもたちは口々に、あれが良くなかっただの、もう少し呪文に節をつけてみてはどうかだの、好き放題言い合っている。すっかり置いてけぼりにされたソーニャは、子どもたちに別れを告げようとしたが、その時、


「ねえ。お姉ちゃんは、どんな力を使えるの?」


と、急に話を振られ、ソーニャはまごついた。


「わ、私? いや、私はそもそも、浄者としての教育を受けていないし、そんな力など使ったこともない」

「そう固く考えないでよ。じゃあ、基本的なことをわたしたちが教えてあげるから、やってみて。まず、目を閉じて、角を触りながら、意識を集中させるの。そうすると、自然と何かが頭に浮かんでくるはずだよ」

「何か、とは?」

「やってみてのお楽しみだよ。ほら、早く!」


 子どもたちに促されるまま、ソーニャは言われた通りにした。

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