聖なる光に捧ぐ墓標
薄井氷(旧名:雨野愁也)
第1章 聖女の正体
第1話 今日も今日とて懺悔する
「……告白します。私は今日、食べ過ぎました……!」
ここはエルイーネ王国一大きい、ティデリア教会の懺悔室である。騎士ソーニャ・ルンドグレーンは、跪いて両手を胸の前で組み、眼前の人物に向かって、目をぎゅっと瞑って絞り出すように言った。
「ほんの出来心だったのです。訓練を頑張ったから少しぐらい良いかと、自分に甘くしてしまいました」
「……」
壁越しにソーニャの懺悔を聞いているのは、この教会の修道女、ユリアである。顔は見えないが、時折相槌を打っているのが感じられる。彼女はその高潔な人柄から聖女と呼ばれており、国民皆から敬愛されていた。
「でも、おかげで身体が重くて……。このままでは、明日の訓練にも影響してしまうかもしれません。私は騎士失格です!」
ソーニャは悲痛な叫び声を上げた。その声は懺悔室の外で順番を待っている人々のところまで届き、彼らを驚かせた。
「ああ、聖女様。私は、一体どうしたら良いのでしょうか?」
目に涙を溜め、ソーニャはユリアの言葉を待った。しばしの沈黙が訪れる。やがて、壁の向こうからふっと息を吐く音が聞こえた。
「騎士様、そう重くお考えにならないでくださいませ。食べ過ぎてしまうなど、誰にでもあることです。それに大事なのは、貴女様がそれを自覚し、悔い改めようとなさっていることです。本当に救われないのは、自らの罪を自覚できない人です。それができるだけで、貴女様はご立派な方なのですよ。ですから、どうかあまりご自身を卑下なさらないでください」
小鳥の囀るような美しい声で、ユリアは答えた。
「聖女様……! ああ、そのお言葉だけで、救われた心地です! まことにありがとうございます!」
「ふふ、わたくしは何もしておりませんよ。リーアス神のご加護があらんことを」
ソーニャは天にも昇る心地になって、軽い足取りで懺悔室を後にした。その様子を順番待ちの人々に見られ、好奇の目を向けられたが、彼女はそのようなことなど全く気にしていなかった。
「やはり聖女様は寛大なお方だ……! こんな私のことを立派だと言ってくださった。よし、明日の鍛練も頑張れそうだ!」
ソーニャは天に向かって拳を突き上げた。
エルイーネ王国は
「ソーニャ! ああ、やっぱりここにいたんだね!」
自分を呼び止める声に、ソーニャは振り返った。そこに立っていたのは、彼女と同じ隊に所属する若い男の騎士、オリヴェル・スヴェードバリであった。彼は背が高く、すらりとした体躯で、おまけに美男子であり、同世代の女性から絶大な人気を誇っていた。ただ、ソーニャは幼少期からずっと剣術の修行に打ち込んできたため、色恋などに興味を持つことは一切なく、オリヴェルに対して抱く感情は「信頼」のみであった。
「オリヴェル、どうした。何か用か?」
「明日、演練だろう? 国王様も見に来るっていうじゃないか。だからその前に、ちょっと練習に付き合ってもらいたいと思って」
「私は別に構わないが、もう遅いだろう? 早く寝たほうが良いのではないか?」
「そうかもしれないけど、やっぱり心配で……。ね、お願い。ちょっとだけだから!」
オリヴェルは両手を顔の前で合わせ、頭を下げた。彼の熱意に押され、ソーニャは頼みを引き受けることにした。
月の照らす演練場にて、ソーニャとオリヴェルは剣を合わせる。キンッキンッという甲高い音が、夜の静寂に響き渡った。ソーニャが踏み込み、横に薙ぎ払う。オリヴェルはしゃがみ込んでそれを間一髪で躱し、ソーニャの足を狙って切りつけた。彼女はひらりと飛び上がってそれを避け、オリヴェルの背後に回り込んでその首に剣を突きつけた。
「……降参。相変わらず強いね、君は」
オリヴェルは剣を落とし、うなだれて両手を挙げた。
「だが、お前もいい線行ってたぞ。もう少しで一本取れたんじゃないか? 相手が私でなければ、な」
ソーニャは不敵に笑い、オリヴェルの剣を拾って彼に返した。オリヴェルはそれを受け取ると、ふるふると頭を振った。
「いや、俺はまだまだだよ。……こんなんじゃ、フレドリカに振り向いてなんかもらいない」
フレドリカというのは、オリヴェルの思い人のことだ。彼女は貴族階級のレーヴ家の娘で、深窓の令嬢という雰囲気をまとった女性である。滅多に外には姿を見せず、たまに外出するとそれだけでちょっとした話題になるくらいであった。どうやら明日の演練には、彼女も来るらしい。オリヴェルはその機会を捉え、何とかアピールしたいようだ。
「ふん、騎士たるもの、常に武の道に専心すべきだ。そのような浮ついた心だから、私に負けるのだぞ」
「君はストイックすぎるんだよ。たまには息抜きもしないと。俺、知ってるよ。君ってば、休みの日だってお洒落したりとか、買い物したりとかしないんでしょ? 若者なんだからさ、そういうこともした方がいいんじゃない?」
「余計なお世話だ。私はそのようなことに興味はない」
ソーニャはふいっとオリヴェルから目を逸らした。オリヴェルは苦笑しながら、服の襟を整えた。
「……まあ、君がいいならいいけど。じゃあ、俺は宿舎に戻るよ。君も早く休んでね」
「ああ、言われずともそうする」
オリヴェルは手をひらひらと振りながら、宿舎へと帰っていった。
「……全く、しょうがないな」
ソーニャは剣を取ると、素振りを始めた。それは真夜中まで続いた。
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