第9話 先制点


〈唯翔視点〉


 人工芝をけったぐると、ボールは一気にスペースへ。


(は、ドンピシャ……!)


 味方からのスルーパスに喰らいつく。そのままトリッキーな体捌きで守りを崩し、シュートモーションに入って……


 からの、バックパス。


 腹の底から、くつくつ笑いが込み上げてきた。


 まんまと引っかかる、今まで見たこともないような新人フォワード。しかし、いくら親善試合とはいえ、ずいぶん舐められたものだ。


 そう、これこそが俺のとっておきーーフェイントに見せかけて攻撃作戦だ。


 唯翔は人差し指をくいっと曲げてやる。


 さあ。ついて来れるかよ、間抜けディフェンスども。


 全然足りない。まだまだぬるい。子どものお遊びのように、簡単に裏は取れてしまう。


 唯翔はもう、勢いに任せてぐんぐん加速していった。自慢の俊足は、ボランチの股をも難なく抜くことができる。



 鋭い眼光の果てに、奴は待ち構えていた。


 ヨハン・ローゼンシュタール。その、すかした態度が。余裕そうな笑みが。昔から、嫌いで嫌いで仕方なかった。


 反射的に、歯が軋んだ。


 ドイツの名門で馬鹿みたいに持て囃されやがって。今に見てろ、唯翔は小さく呟いた。


 光輝く好成績……そんなモン、ぜんぶ期間限定の幻にしてやる。


ーー他でもない、このオレが。


 トップ下、久米野くめのの、切り裂くような怪物級ラストパス。唯翔は軸を定める。


 二分の一の確率…………こっちだ!!!


 放物線を描いた、完璧な右コースだった。


「なーーっ⁈」


 先制点はオレが決めたんだぞ、と。興奮のあまり、唯翔はユニフォームを脱ぐつもりでいた。


 なのに。


 まるで、茨が絡みつきでもしたかのように、ボールはネットに入っていかない。


 ゴール前の不朽の要塞ノイシュヴァンシュタインが、完全に唯翔をから。


「近年、国としてのレベルが上がっていると聞くが……うん。だな」


 もはや野生の勘の域。唯翔は絶句する。


 しまった。失敗した。裏をかかれた。


「おい、前っ!」


 前のめりになった時にはもう、遅かった。


 まずい、ギリギリ届かない……


 GKのリーチが長いぶん、ボールが遠くに飛ばされそうになるところを。


 仲間が、体を張って止めてくれた。


「今度、こそっ」仲間が繋いだ、千載一遇のチャンスをみすみす逃すわけにはーーところが唯翔は、目の前のボールを思い切りふかしてしまった。


 途端に、激しい野次が飛び交い始める。期待のエースが力んでミスるなんて、論外だ。大観衆の中、醜態を晒したことに、唯翔はいよいよ死にたくなってきた。


(クソ、クソ、クソっくそっくそっ……)


 その刹那。ドイツ側の席で固唾を呑んだように試合を見守る女と、ふいに目があった。


 単なる親善試合なんだと、ついこの間まで軽いノリでいたはずだった。


「美桜ーー」


 でも、絶対に負けられない理由が、唯翔の奥底には潜んでいて。


(いやだ、捨てられたくない。捨てられて、たまるかよ)


 キッと前を睨む。こうなりゃヤケだ。唯翔はまっすぐ駆け出してゆく。




(6秒、超えろ……っ!)


 

 ボールを掲げるヨハンを、両腕でブロックしてやった。すると一瞬、ヨハンが苦言を呈すような表情を浮かべた気がした。


 審判の、けたたましい笛の音。周囲の異様な空気に、今更ながら我に返った。


 当然ながら、間接フリーキックだった。全力で阻止するも、運悪く日本の読みは外れた。


 0ー1。沸き立つ会場、ドイツの先制点だ。


(オレ、なにやって……オレのせいで)


 振り返れば、MFのニにごけが短く叫んでいた。


「ドンマイ唯翔、一旦落ち着いて!」


 その場にへたり込みそうになる唯翔を、ニ苔が鼓舞する。側に控えていたベテランたちも、唯翔の背中をバシバシ叩いていった。


(結局オレが一番、チームの足引っ張ってたんじゃねえか……)


 前半はまだ、半分以上も残っている。挽回のチャンスなんて、いくらでもある。


 ヨハンの活躍をきっかけに、息を吹き返したドイツを、無我夢中で追いかける。


 来た、相手FWのシュートはポストに直撃。



 ダサいままじゃ、終われない。



 こぼれ球を拾ったのはーー

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