第39話 惨劇

 きゃああああという悲鳴が真に聞こえてきた。真はつむぎを見る。

つむぎは軽く咳払いをした「……行った方がいいんじゃないですか?」その声は真と一緒でヒックという痙攣と共に言葉を漏らした。

「一緒に行こう。……つむぎさん一人だと危ないから」

「あたしはいい。ここで……」

「どうして?」

「あたしは一人でいて犯人に殺されたとしても、お姉ちゃんのところに行けるんだったらそれでいい……」

 その声はどこか冷淡で、静かな怒りにも聞こえた。彼女の本音であり、胸に秘めた強さと弱さだった。

 真はしばし彼女を見たが、

「分かった。また帰ってくるから。君は僕の帰りを待っててくれないか?」

「……どうしてですか?」

 ようやくつむぎは真の顔を見た。彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。何度も鼻をすすっていた。

「僕の頼みだ。僕の頼みを聞いてくれ」

 そう言い残し、真は悲鳴の方に走っていった。


 ——つむぎもあかねの後に続いてということにはならないで欲しい。

 十八の彼女はこれからの未来がある。もちろん真にとってもあかねにとってもだった。

 戻ってきたら、実はジョーダンでしたってあかねもつむぎもドッキリのパネルを持って笑ってくれないかな。

 ……そんなことないよな。あの泣きながら聞いてくるつむぎを見て、とても嘘だとは思えない。

 思いたいけど、思えない。

 笑いたいけど、笑えない。

 もう、自分は笑うことは出来ないのだろうか。

 

 悲鳴を上げたのは元木だった。後の人物もその光景を見ている。

 真はさまよう様に歩いていた。

「な、直子さん……」

 そこには直子が大木にもたれて尻を付いていた。顔は俯き目を閉じている。胸には先程の銃声音であろう、血で赤く染まっていた。そして、彼女の左手には譲司のだと思われるライフル銃を持っていた。

「な、何なの、この島。呪われてる」

 さんざん不満を言ってきた赤坂もストレスがマックスになったのか、思わず倒れるように跪くと、そこで失禁してしまった。

 さすがの佐藤でさえも、もう人の死体を見たくないようで、背を向けている。

「飯野さん。大丈夫なんですか?」

 と、元木は真にくっつくように彼の腕を握っていき、自分の胸に真の腕を当てていた。

 真はとても捜査しようとは思えなかった。あかねの件で全て丸投げになっていた。残しておいた日本酒のビンもまだ飲んでいない。完全に酔いは醒めていた。

 直子の死体を弄ぶかのように、蝶たちが大木を囲むように飛んでいる。昨日も飛んではいたが、これほどまで意識はしたことはなく、気味が悪く見えた。

 真は大木に付いている直子の血痕と直子の口元から血が流れているのを見て、完全に息がないのはすぐに分かった。

 更に近づいてライフル銃を見た。

 ——何故、撃たれた直子さんがライフル銃を持っているのだろう。

 そして、胸ポケットに白い紙らしきものが、まるで見て欲しいかのように、角だけ外に出していた。

 真はそれに気づいて、胸ポケットから紙を取り、広げていく。

 半ば血で濡れていた紙に文面が書かれてある。真はそれをみんなに聞こえるように読み上げた。



 皆様を恐怖にさせて申し訳ございません。今回の一連は私が起こした殺人事件です。

 事の発端は夫、葛西譲司への日頃の恨みです。

 三年前にこの島で遭難した、宮崎昌磨を知った私は、今回彼がみんなから言われていた“ジャッカル”という名前を使い、私は譲司の殺害を計画しました。

 猪野亮を殺害したのは譲司です。猪野は譲司が昔詐欺師としてたくさんの人間を騙して金銭を盗ったのを知っていて、フェリーでマウントを取るように彼に話をしたのです。

 そして、その昼に怒りに満ちた譲司は、物置にあった斧を取り出し、猪野の首元に傷を入れ、顔と胴体を真っ二つにしました。

 その事も含め、揉め事が多くなり、譲司は私を殺そうとライフル銃を持った時、先に譲司を殺害しようと思い立ちました。

 つむぎさんとコテージに逃げて、その後、譲司を説得しようと考えつつ、実際は殺害を計画していました。日頃の恨みが募っていましたから、どうせなら彼が大事にしていた大コテージに火をつけて、飯野さんに殺害を見せびらかせました。

 その後、私は裏の門から逃げました。そこで飯野さんとあかねさんに見られたことで、自分が犯人と分かってしまうことへの恐怖から、この際全員を殺害しようと思い、笹井あかねさんから殺害しました。

 しかし、殺害した後、私の良心が葛藤を渦巻き、全てを終わらしたく、一人で命を立とうと決意しました。

 身勝手な思いからあかねさんを殺害したこと、色々と手伝ってもらったつむぎさんには申し訳なく感じています。


 葛西直子



「自殺か……。まあ予感はしてたが、奥さんが全てを起こした犯人か……」

 乙原は顎を摩って、眉をしかめた。

「何、それじゃあ、もう終わったってこと?」

 赤坂は相変わらず座っている。今になって失禁したのが恥ずかしく思えたのか、色が変色しているジーンズを両手で隠した。

 佐藤は「どうやら終わったみたいね」と、死体の方に目を向けずに嘆いていた。

 真は元木に目をやった。彼女は唇を噛みしめている。真と同じ気持ちだろう。

 真は軽く咳払いをして、重い口を開いた。

「……残念ですが、直子さんは犯人ではありません。殺されたんです」

 真は静かに声を上げると、みんな驚きの表情を見せた。

「何故なんだ。遺書が書かれてるじゃないか」

 乙原は真に近づいて、彼が読み上げた遺書を見る。

「確かに遺書は手書きで書かれてあります。しかし、この遺書は直子さんの左胸ポケットに入ってあったんです。おかしくないですか? 胸ポケットに入れてあったのであれば、血まみれになってしまい、文字も見えない。だけどこれは、確かに血は付いていますが、文字は何とか見える。ということは、後で誰かが入れたと考えられます」

「……本当だわ。確実におかしい」

 と、赤坂。

「それにおかしな点はまだあります。まずこのライフル銃で胸を撃つには、銃床が長すぎて撃ちにくい。もし撃つとしたら両手を使って撃たないといけない。でも、直子さんは左手だけ持っている」

「それは、撃った後に左手だけ握ったんじゃないのか?」

 乙原は言う。

「胸を貫通している人間がそこまで意識がありますかね。それに、ライフル銃で自殺を図るのであれば、胸を撃つよりも、こめかみを撃った方が、例え胸ポケットに遺書を入れたとしても、そのほうが血で紙が濡れなくて済むはずです」

「……確かにそうね」

 元木は腕を組みながら睨んだ。

「ということ、全て犯人が仕組んだってこと?」

 赤坂は真に言った。

「簡単にいえばそういう事です」

「でも、譲司さんが殺された時、直子さんは裏口にいたってわけでしょ?」

「もちろんそうです。なので、真犯人はそれを利用して、直子さんに犯人にさせたということが分かります。それにこの現場では撃ってから、それほど時間も経っていない。多分真犯人は遺書を書いていたことから、予め、直子さんを犯人に仕立て上げることを考えていたはずです」

「でも、それが結局自殺に見せかけるには穴があったということか……」

 乙原がぽつんと口を開くと、真は頷いた。

 すると、ようやく南も姿を現した。彼はこの光景を目の当たりにして、何も言わず状況を読み取っている。

「と、ということは一体誰が犯人なのよ」

 赤坂は恐怖で唇を震わせている。

 その言葉に真は何も言えなかった。

 ——くそ、一体誰が真犯人なんだ。直子さんを陥れた。そして、明らかに関係ないであろうあかねさんを……。

 ハッとして真は遺書をもう一度見た。

 先に笹井あかねさんを殺害しようと思いました。

 ——ということは、犯人は全員惨殺を考えているのだろうか。

 真は慌ててつむぎのところへ走った。

「おい、どうしたんだ?」

 乙原はまるで俺たちを置いていくなという気持ちで、彼の後ろに続いていく。

 佐藤、元木、南も後を追った。

「あ、ちょっと待って」

 赤坂は抜けていた腰を、勢いを付けて立ち上がり、焦りながら足がもたついていた。

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