第33話 全焼
「燃えてる……」
真は大コテージの前に立ち止まった。一階から出火したしたのか、一階のほうが、炎が強く、とても入れる状態ではなかった。
「つ、つむぎ!」
あかねは錯乱状態に陥っていて、慌ててコテージ裏の物置に回ろうとした。
「お姉ちゃん」
その声が後ろから聞こえると、涙を溜めていたあかねは、ハッとして後ろを振り返った。
そこには紛れもなくつむぎの姿だった。彼女は被害を受けていないようで、服などは燃えていないどころか、傷一つついていない。
「つむぎ良かった。無事だったんだね」
あかねは一筋の涙を流しながら、彼女と抱き合った。
「い、痛いよ。お姉ちゃん」
「もう本当に……」
あかねは抱き合うのを止めて彼女の両肩を掴むと、また抱き合った。
――本当に良かった。
真も胸を撫で下ろした後、もう一度コテージを見上げた。すると、二階の窓に目を閉じた譲司が映し出されていて、その後ろにジャッカルと思われる仮面を被った人間が真を見下ろすように笑った。
そこでジャッカルは外にいる真に見せびらかすように、持っていたライフル銃を譲司に突きつけると、彼のこめかみに銃口を当てて、一発撃った。
「葛西さん!」
譲司が倒れるのを見た時、取り敢えず消火をしなければ始まらないと思い、それを見ていたあかねは真に向かってうなずき、二人は慌てて裏の方に回って、物置からホースを探そうとした。
すると、そこで直子とバッタリ会った。
「直子さん、無事だったんですか?」
と、真は目を丸くして驚きを見せた。
「え、あ、はい」
彼女も見たところ無傷だった。しかし、離れで現れていた時のつむぎとは違って、ここで出会うことに真とあかねはハテナが浮かんだ。
「ホースはどこにあります? 消火をしないと。旦那さんが何者かに撃たれたんです!」
「え、そんな!」
直子は両手を口に押えて、驚愕していた。
物置からホースを取り出すと、裏口に蛇口があり、急いで真はホースをつなぐ。
炎は勢いを増し、火の粉は真に襲い掛かる。
「直子さんも、表につむぎさんがいるので一緒に離れた場所で避難してください」
「はい」
彼女は淡々とした返事で、二回ほど後ろを振り返り真とあかねを見ていた。心配しているのだろうか。
「あと、あかねさんもつむぎさんの心配してあげてください」
それを聞いた時、あかねはようやく笑顔を取り戻した。
「かっくいい—。ゴメンね。バケツだけもらうね」
——本当はきっと彼女も火消しを手伝いたいとは思うが、ここは一人で行うしかない。
真はようやく蛇口を最大に回し、ホースから勢いよく流れる水を燃え盛るコテージに向けて放水した。
燃え盛る火はそう簡単に消えず、しかし、これ以上消す方法が何も思い浮かばなかった。
一方あかねたちは一番近いコテージからあかねが持っていったバケツを使い、水を入れてリレー方式で表の火消しに携わっていた。
十分ほどすると、ようやく鎮火していった。その時は乙原たち全員も集まっていた。
コテージは全焼してしまった。どうやら水よりも炎の方が強かった。燃やすものが無くなり意欲を失くした火に、断続的に放水したことによって、騒ぎは収まった。
真は火が消えたことを確認すると、蛇口をひねって水を止めた。
「譲司さん!」
直子は涙を流して、黒焦げなった譲司を抱き上げようとした。
譲司は原型を留めていなかった。どのような表情なのかも分からない。皮膚も焼かれていて、それが譲司なのかも定かではない。
直子は必死に抱きかかえながら嗚咽交じりに叫んでいる。
その光景を斜め思考で見ていた真は、まず直子が譲司に対して強い愛情があるのか疑った。
何故なら彼女は家が燃え盛っているのに関わらず、物置にあるホースさえも用意していなかった。一体彼女は何をしていたのだろうか。
真は直子に話しかける前に、みんなが呆然と立ち尽くしているのに気付いて、まずつむぎに言った。
「それにしてもつむぎさん。よく無事でいられたね。大コテージにいたんでしょう?」
すると、つむぎはかぶりを振った。
「お姉ちゃんにも言ったんですけど、あたしと直子さんはこの小さなコテージにいたんです」
「え? ここに?」
真は驚愕した。そこは大コテージから一番近いコテージだった。今回は誰も利用していない。それもそのはず、屋根や壁が、所々穴が開いていて、とても暖がとれそうにもない。ボロボロのコテージだった。
「はい」と、つむぎは頷きながら答えた。
「それはどうして?」
「えっと。それは……」つむぎは直子を一瞥する。彼女はその話を聞いていないようで、譲司を失ったことに意識が向いている。
「実は、譲司さんと直子さんがケンカしまして、そこで感情的になった譲司さんがライフル銃を取り出して、“出ていけ!”と言われたんです。直子さんとあたしの二人はそれに従いました」
そう話すつむぎは肩を震わせていた。どうやらそのケンカが凄く怖かったようで、見る見るうちに表情も強張らせている。
「でもさ、譲司さんって、あんな温厚な人だけど、一つ怒らせたら何をするか分からないような人だよね」
あかねは二人のやり取りを聞いていたようで、手を頭の後ろに組んで真を見た。
——確かに、ジャッカルと話をするときも感情的になっていた。先程までの楽しい食事をわざと害させるほど起伏が激しい人だ。
「それで、つむぎさん一人で待機してたってこと?」
と、真。
「直子さんが、ちょっと様子を見てくると言ったのが二十分ほど前で、その後に火が付いたんです」
「火が付いた?」
「一気に大コテージが燃えていくのが分かって、あたしは居ても経ってもいられなくて、そしたら真さんとお姉ちゃんが見えたから、その時に、ようやく外に出たんです」
「なるほど……」
火事になるまでのつむぎたちの行動は分かった。しかし、分からないのはどうして直子が出た後に火が付いたのか……。
もしや、直子が火を付けたのではないのか。
譲司を殺害するには十分な動機がある。何故ならケンカをしたわけだ。そのケンカが今日だけ起ったことではないとしたら、二人は仮面夫婦だったのだろうか。
泣き崩れている直子に、元木は情を覚えたのか、彼女に寄り添って言った。
「大丈夫ですか、直子さん」
すると、直子はキッと元木を睨んだ。
「あなたが殺される番だったのに、どうして譲司さんが死ななくちゃならなかったの!」
その顔は今まで見たことがなかった。彼女は大人しくどこか奥ゆかしさを秘めていたのに、それはまるで本性が垣間見えたようにも見えた。同じくつむぎもあまりの豹変ぶりにあかねに寄り添っている。
「それは……、ジャッカルが言っただけで……」
元木は弱弱しくなるかと思いきや、意外と淡々と喋っていた。
「いい? 今回の事件はジャッカルが譲司さんを殺害したのよ。きっと譲司さんがみんなを呼んだことに頭を悩ませていたから、ジャッカルと戦おうと考えてたのよ。ライフル銃を持って。でも、どうやってジャッカルはコテージに侵入したのか分からないけど、気づけばジャッカルは大コテージにいた。私も彼に睨みつけられた。とっても怖い人よ」
ジャッカルの話よりも、そこまで喋る直子に真は狼狽えていた。一体どちらが本当の直子なのだろうか。
元木はそれを聞いて頭に血が上ったのか、
「へえ、じゃあ、次は私がそのジャッカルの顔を拝むことになりますね」と、苛立ちを見せて立ち上がった。
真は元木が去っていくのと同時に、直子に近づいた。
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