妖精の結び目

神田 るふ

這い寄る悪友

「結び目、ねえ……」


 俺は自分の髪の毛を一本、一本、触りながら、そう呟いた。


 時はまさに黄昏時。


 今日の講義が全て終わり、大学の中庭にあるベンチに座りながら、髪の毛をいじっていた俺の方に、黒い塊がするすると近づいてくる。


 間違いない。奴だ。


「シラミか?それとも疥癬かいせんか?なんと嘆かわしいことだろう、和多さん!我が友よ!ついに、ガスも水も止められたのかね!」


 漆黒のシャツにブラックのパンツ。

 流れるような黒髪と、黒縁の眼鏡。

 男か女か、にわかには判別しがたい天使のような美しい顔立ちの悪友が、見た目とは正反対な、悪魔めいた笑い声をゲラゲラと上げている。

 

 天津奇常あまつきつね


 俺の人生における悪縁と奇縁の権化たる存在だ。


「俺はお前の友人でも親友でもない。勝手に俺を友人リストに入れるな!」


「そんな邪険な扱いはしてくれるな。君が一年間、お風呂に入っていなくても、僕は君の最良の友であり続けるつもりだよ?」


「俺は毎日、風呂に入ってる!たとえ俺が一時間に一回、風呂に入っても、俺はお前を友人とは認めん!」


 つれないなあ、と言いながら、天津はニマニマとした笑みを浮かべている。


「じゃあ、どうして。君みたいな心身の健全しか取り柄のなさそうな男性が、髪の毛をいじっているんだい?僕にはシラミを取っているようにしか、見えなかった」


「世の中をズレた見方しかできないのがお前の最大の欠点だぞ、天津。俺は、髪の毛の中にできた結び目を探していたんだ」


 ことの顛末を語ろう。


 俺には、真己まみという、自分で言うのもなんだが自慢の彼女がいる。


 俺と同じ大学に通っているが、その容姿の美しさから、雑誌のモデルとしても活動している、ちょっとした有名人だ。SNSでも、その美貌をたびたび発信されては、話題をかっさらっている、所謂セミプロといった存在だ。

 

 発端は、昨晩、俺のアパートに泊まった真己が、クスクス笑いながら発した言葉だった。


「ねえ、和多君。こういうイタズラ、やめてくれない?」

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