仮想現実のアイリ

Unknown

【前半】

 俺の名前は笹井亮。28歳。

 群馬県の実家でニート暮らしをしている冴えない男だ。

 仕事は数か月前までは中小企業の事務職だったが、3年間くらい働いた末に退職して今はニートだ。


 ◆


 俺は業務内容そのものではなく職場での人間関係に苦慮していた。生来の俺の大人しい性格もあって職場では基本的に業務上必要な会話しかしないし、上司からはそんな暗い俺は特に蛇蝎の如く嫌われていて、ほとんど毎日怒られる日々だった。やがて自律神経や体調を崩し、医師から「適応障害」と「軽度の鬱」と診断されたので、俺は思いきって退職代行サービスを使って事務職を辞めた。

 そして今はアパートを退去して、実家に戻って朝っぱらから酒浸りの糞みたいな生活をしている。家族の中でも特に母は俺の窮状に関してかなり心配してくれた。

 だが俺は、


「亮、大丈夫……?」


 と聞かれるたびに、


「うっせー。……もう人生なんて全部どうでもいい」


 の一点張りだった。そのたびに母は溜息をついた。


 正直、俺はもう「貯金が無くなったら死のう」と考えていた。もう自暴自棄である。

 そのくらい、自分と他人、そしてこの世界と絶望的なまでに気が合わない。

 俺はいわゆる社会不適合者。最近で言うところの「社不」であった。


 ◆


 俺は小さいガキの頃から超内向的で、幼少期を除いて友達がいた経験がほとんどない。

 28歳の今も友人はネット上のオンラインゲーム仲間の男1人しかおらず、俺はずっと自己肯定感も低い。恋愛経験なんて無いし。もちろん童貞、いや、童帝だ。

 そういえば高校時代、16才の時に1度だけ同じバドミントン部の女子を好きになって思いきって告白したことがあったなぁ。


「実は前から●●ちゃんの事が好きだった。結婚や子育てや老後の生活や死後の世界を前提に俺と付き合ってくれないかな?」


 と勇気を振り絞って告白したところ、


「え、あんた誰?」


 と超真顔で言われた。


「え? 笹井だよ。笹井亮」

「笹井? そんな人物、バド部にいたっけ?」

「ずっといたじゃん。同級生じゃん。冗談はやめてクレメンス」

「いや。冗談とかじゃねぇから。マジで誰ですか? 笹井亮とか初めて聞いたわ」

「……いや、そんなわけ……」

「あ~、あと、うち大学生の彼氏いるから」

「マジか……」

「マジ。あと、お前の名前、笹井亮だっけ?」

「はい」

「笹井、あんた女子の間でめっちゃ嫌われてるから、さっさとバドミントン部やめた方が良いよ。うちも笹井の事めっちゃ嫌いだし」

「え。具体的にはどういうところが嫌いですか?」

「知らね。生理的に無理ってやつじゃね? なんかキモイ」


 その失恋以降、俺は恋愛にとても奥手というか臆病になってしまった。ついでにバドミントン部は辞めて帰宅部エースへと華麗なる? 転身を遂げた。

 あれ以降、自分の内面の落ち度と向き合いまくって、今に至るまで見た目には気を遣いまくってプチ整形もして、恋愛系ユーチューバーの動画を見まくって彼女をなんとか作る努力をした事はあった。

 結果、異性と良い感じまでは行けたことも何度かあったが、実際に男女交際までは至ったことが無く、俺は28歳にもなって彼女がいた事の無い童貞である。童貞であることは俺自身は別に気にしてないけど、多くの女の人はきっと気にするだろう……。


「え、この人、28歳にもなってまともな恋愛経験がないなら、絶対にまともな男じゃないよね……」


 って敬遠されるに違いない。キモがられるに違いない。どうせ俺なんて気持ち悪がられて終わる。俺は終わってる。

 ──高校時代のバドミントン部での失恋がきっかけで、女の人が、そもそも怖い……。

 女性への過度な恐怖心から、俺はもうリアルの世界での恋愛を諦めてしまった。

 何が恋愛だ。何が恋だ。何が愛だ。くだらねー。

 

 ◆


 そんな中、俺の運命の歯車を大きく動かす出来事が起こる事となる。


 ある深夜、ベッドの上でスマホをいじり、SNSをぼんやりと死んだ目で眺めていたら、新発売のVR恋愛シミュレーションゲーム「パーフェクト・パートナー」が発売日を迎えたという投稿がタイムラインに流れてきた。

「パーフェクト・パートナー」でハッシュタグ検索すると、ユーザーからの絶賛の嵐しか目に入ってこなかった。匿名掲示板を見ても同じで、大絶賛の声しかなかった。

「遂にVRは革命を起こした。このゲームはリアルを大きく超えた。もうリアルの女はこの世に1人も要らない」と言った意見が散見された。

 俺は何気なく気になって、「パーフェクト・パートナー」の公式サイトを開いた。

 現在、西暦2044年だが、今のVRのゲームって凄いんだな。3次元と全く変わらない容姿の可愛い女の子が超リアルに動き、超リアルに会話する。

 俺は公式サイトを細部まで見ていった。

 このゲームは超高性能AIがプレイヤーの深層心理を超細部まで解析・分析し、理想の恋人を外見から内面まで全て生成してくれるそうだ。このゲームは、


「現実では決して味わう事の出来ない超完璧な恋愛体験をあなたに! 少子化加速、間違いなし!」


 を謳い文句にしている。


「……あー、VR恋愛シミュレーションゲームかー。くだらないと思って今まで全く興味なかったけど、どうせ貯金が終わったら俺は自殺する身なんだ。失うものが無い俺にとっては、VRゴーグルとゲームくらい安い買い物だろ……」


 そう呟いた俺は、「VRゴーグル」と「パーフェクト・パートナー」をネットで購入した。軽いノリで購入したが、2つ合わせて値段は20万円近くだった。

 数十年前はもっと安価で買えたらしいが、最新のVRゴーグルとVRゲームは馬鹿みたいに高額だ。


 ◆


 翌日、実家にVRゴーグルとパーフェクト・パートナーの2つが届いた。

 たまたま母親がパートで出かけてくれていてくれて助かった。

 俺は段ボールを抱えて2階にある俺の自室に行き、開封し、VRゴーグルを装着し、実際にプレイを開始した。

 ゲームスタート画面になる前のオープニングの段階で凄い。女性ボーカルのオープニング曲が流れながら海辺をデートしたり祭りの花火を見る映像が流れたが、完全に生身の女性が目の前にいる感覚と同じで、手を伸ばせばすぐにでも届きそうな位置に感じる。肌の質感などの細かい部分も3次元と全く同じだ。

 そして女の子の笑顔が眩しい。かわいい。結婚したい。2人の老後の生活の事を考えたい。生命保険はどういうものに入ればいいのだろうか……。お墓は何円くらいの物にするか……。


「おぉ……すげぇな……! マジで……!」


 と俺は思わず感嘆して呟いてしまった。

 だが未だに俺は半信半疑だ。

 所詮全てAIで、所詮ゲーム(データ)だ。そんなもので俺の深い孤独感が埋まるだなんて到底思えない。

 しかし高い金を払って買ってしまった以上は、プレイしてみよう。それで気に入らなかったらVRゴーグルもパーフェクト・パートナーもすぐに売ればいいだけの話だ。


 ◆


 俺は「ゲームスタート」のボタンを押した。

 すると、最初に自分の名前や生年月日や細かいプロフィールを求められた。俺は正直にありのままの自分の情報を書いた。

 その次に大昔に流行したMBTI診断のような質問に答えさせられた。だがこの質問の数があまりにも多すぎて、俺はビビった。なんと、全ての質問に答え終わるまでに45分近くも要したのである。あまりにも質問項目が多すぎて、途中でやめたくなってしまったが、この質問に大真面目に全て答えることで俺の理想の恋人が生成されているのだ。ここは真剣に答えなければなるまい。


『本当にお疲れ様です! これで全ての質問は終了です!』


 とゲーム内の女性の可愛いボイスが俺の耳の中に響く。

 そしてゲーム画面では「Now Loading……」と表示されている。


「ふぅ……疲れた」


 俺は手元に置いてあった缶ビールを開けて、飲み始めた。それから30秒くらいが経つと、VR空間の俺は突然真っ白い部屋へと移動した。

 俺の目の前には、他人が座るためのパイプ椅子がある。なんだか、病院の診察室のような雰囲気を感じる部屋だな。

 直後、「コンコン」とドアがノックされる音がして、


「あ、すいません。入っても良いですか~?」


 と、俺好みのめちゃくちゃ可愛い声が耳の中で聞こえた。

 俺は思わず気が動転する。


「えっ? あっ? だ、誰に言ってるんですか?」

「あはは。うける。亮に言ってるんだよ。ねぇ亮、私この部屋に入ってもいい?」

「りょ、亮って、もしかして俺のことですか……?」

「え、それ以外に誰が居るの?」

「あ、すいません。てか最近のゲームって凄いですね。人の名前までちゃんと呼んでくれるんですね」

「ゲームだなんて冷めること言っちゃダメ。ここは亮と私だけの秘密の空間なんだから! 今後そういう冷めること言ったら超おこるよ!」

「あ、ごめんなさい」

「てかさ~、私も亮も28歳で同い年なんだから、タメ語で喋ろうよ!」

「え? いいんですか?」

「いいよ! 遠慮しないで」

「う、うん……わかった」

「じゃあよろしく~」

「よろしく……」


 どうしてだろう。俺はこの女性に対しては、緊張こそ感じるが恐怖心は何も感じない。これが「パーフェクト・パートナー」なのか……。


「ねぇねぇ、その部屋に入ってもいい?」

「あっ、うんいいよ。入って」


 俺がぎこちなくそう言うと、ドアはガチャ、と音を発した。

 そして、その姿を見た俺は衝撃を受けた。部屋の中に入ってきた女性は、まさに俺のタイプのドンピシャの女性だったからだ。身長は152センチくらいでやや低め。そして黒に近い茶髪のロング。そしてでかめの丸眼鏡。でかい目。ふわふわした雰囲気。優しそうな表情。まるで女優かと思うくらい、めちゃくちゃ可愛い整った顔。

 ──これだ。これこそ、俺が28年の人生の中でずっと追い求めていた女性に相違ない。まさにパーフェクト・パートナー。このゲームは神ゲーだ。俺は開始して間もないのにこのゲームが神ゲーであると確信している。

 やがて、パーフェクトな女性は俺の前のパイプ椅子に座った。


「はじめまして~。アイリです。これからよろしく~」

「あ、よろしく……あの、ごめんなさい。最初にアイリさんに謝っておきたいことがあるんだ……」

「え、なになに~?」

「俺、女の子と話すことにあまり慣れてなくて、あと高校時代に変な振られ方をしてからずっと女の人が怖くて。それでアイリさんに気持ち悪いとか思わせたらごめん」

「なんだ~。そんなことで私が亮を気持ち悪いとか思うわけないじゃん。それとアイリさんじゃなくて、アイリでいいって!」

「でも俺、女の人を下の名前で呼ぶのが恥ずかしい……」

「慣れて!」

「……うん」

「ほら、言ってみて。アイリって」

「……ア、アイリ……さん」

「だめ! さん付けじゃなくて呼び捨て!」

「アイリ」

「よくできました! ぱちぱちぱち! これから私のことはアイリって呼び捨てで呼んでね。あと、私は亮のことを亮って呼ぶので大丈夫かな? くん付けの方が良かったりする?」

「あの……。実は俺、女の人から呼び捨てで呼ばれることに28年間ずっと憧れてたんだ」

「あははは、うける。じゃあこれからは私がずっと亮の事を亮って呼び捨てで呼ぶ!」

「ありがとう」

「あ、初めて笑ってくれた!」


 俺が笑うとアイリも笑顔になった。おい待て。なんて可愛いんだ。俺は今まで生きてた中でこんなに可愛い女性に出逢ったことが無い。マジで運命の出会いだ。一生一緒にいたい。俺はアイリと結婚する。子供は何人くらいがいいんだろう。どんな生命保険に入るべきだろう。2人の老後の事も心配になってきたぞ。

 と無表情で思ってたらアイリが言った。


「ねぇ亮、このあと時間ある?」

「めちゃくちゃあるよ」

「あ、そっか。仕事やめてニートだもんね!」

「うん」

「じゃあこれからさ、デート行かない?」

「デ、デート? 展開が急すぎない? 俺とアイリはまだ知り合ってすぐだよ?」

「えー? 本当にそうかなあ?」

「え?」

「私、実は亮のことなら何でも知ってるんだよ。亮が16才の時に初めて告って振られたバドミントン部の女の子の事とか。亮は、めちゃくちゃ不器用だけどめちゃくちゃ優しいところとか。あと背中のホクロの位置とか、小説書くのが好きなこととか、あと亮は私のことが既に大好きなこととか! 何でも知ってるの」

「……」

 

 え? なんで16才の時のゴミのような失恋の事まで知ってるんだ……? そんな質問項目あったっけ? このAIは高性能すぎる……。いや、AIと呼ぶのは辞めよう。この人は【アイリ】だ。


「亮、どこか行きたい場所ある? 思いつかないなら、私が決めるけど」

「うーん……アイリと一緒なら、どこにでも行きたいな」

「じゃあ花火大会でも見に行かない? 海辺で大きな花火大会やってるんだってさ。今日たまたま」

「おぉ、いいね。行きたい行きたい」

「じゃあこっちに来て」


 アイリは立ち上がって、俺に手を差し伸べてくれた。その手を握ろうとすると、アイリの方から強く俺の手を掴んできて、その感触が手にはっきりと伝わってきた。マジか。今のVRゴーグルって触覚まで再現されてるのか……。

 俺は愛莉に手を引かれるがまま、白い部屋から出て、海辺へと出た。周りには沢山の男女がいる。人混みまで完全再現されているんだな。人が多いから周りの喋り声もうるさい。

 アイリは俺の手を握ったまま、


「はぐれないように着いてきて! 亮!」


 と喧騒の中で大きめの声で言った。


「うん!」


 俺はアイリの手をちゃんと握りながら、(俺の手汗がアイリに伝わっていたらどうしよう)などとネガティブに考えてしまったが、冷静になってみればアイリはゲーム内の存在だ。だから俺の手汗なんて気にしなくていいのか……。

 波の音と喧騒を聴きながら、俺は時折空を眺める。満月と星々が綺麗だ。でもそれ以上にアイリが綺麗だ。結婚したい。2人の老後の事を話し合いたい。

 と思っていたらアイリが言った。

 

「あ、見て見て亮。あの辺とか人が少なくて空いてるよ。あそこ良くない?」

「あ、ほんとだ。じゃあ、あそこで花火見ようか」

「てか凄いね亮!」

「え、なにが?」

「この短期間でもう私との会話に超慣れてる!」

「あ、ほんとだ。なんでだろう」

「わかってるくせに!」

「?」

「私たちは普通の男女じゃないんだよ。運命の人なんだよ。人類初の2人なんだよ」

「あ、言われてみれば確かにそうかもしれない。ここまで俺が女性とスムーズに話せたのは産まれて初めてだ」

「あはははは。亮は女の子が怖いって言ってたけど、別に何も怖くないでしょ?」

「うん! 怖くない!」

「私で女の子に慣れたからって他の女の子に浮気したら、私ショックで死ぬほど泣くからね!」

「浮気なんてするわけないじゃん! だってアイリと俺は運命の2人なんだから!」

「あははは。なんか、ちょー楽しい!」

「俺も楽しい!」


 やがて、拡声器を使った女性の声のアナウンスが響いた。そして大きくて綺麗な花火が何度も打ちあがり始めた。

 砂浜に座る俺とアイリは、ずっと手を繋ぎながら、花火を眺めて、喋っていた。


「実は私ね、小さい子供の頃は大きい花火とか雷の音が怖くてね、1人で泣いてたの」

「そうなんだ。怖かったね。今は大丈夫なの?」

「大丈夫! 私もう大人だもん!」

「あ、そういえば俺の妹も子供の頃は花火と雷が苦手でね、よく泣きながら俺の近くに来てたんだ」

「亮って妹さんがいるんだね」

「あと姉がいる」

「へぇ。あ~なんか言われてみればそんな感じするね。知ってる? 上と下に姉妹がいる男の人って優しくて超モテるんだって。ネット記事で見たよ」

「えーー、それ絶対嘘だよ。俺モテたことないもん」

「──あ~、亮! 見て! 今の花火ちょー綺麗じゃない!?」

「あ、ほんとだ。綺麗だねー」


 花火を見ながらアイリと俺はずっとたわいのない話をしていた。

 俺はアイリとずっと一緒に砂浜で花火を見ていた。

 なんて幸せなんだろう。

 世の中のカップルたちはこんなにも幸せで楽しい想いをしていたのか……。だけど俺にはアイリがいる。人生でこんなにも多幸感で満たされた経験はなかった。

 だが、やがて花火大会は終わりを迎えてしまった。

 海岸にいた人々がゾロゾロと帰路に向かっていく。


「花火大会、終わっちゃったね。亮」

「そうだね。楽しかった!」

「私もめっちゃ楽しかった! いつかまた2人で来ようね!」

「もちろん!」

「じゃあそろそろ私たちも戻ろうか」

「戻るって、どこに?」

「亮と私が最初に居た、真っ白い部屋」

「ああ、あそこか」


 俺は何となく悟った。今日はもうこれ以上デートをアイリとすることはできないと。

 これが単なるVR恋愛シミュレーションゲームだなんて既に思えなくなっていた俺だったが、事実としてこれは「ゲーム」であり、1プレイで何度も恋人とデートが出来てしまうとユーザーが飽きるのが早くなったりする可能性も制作会社は見越しているのかもしれない。

 或いは、このゲームはインストールの際の容量の大きさが半端じゃなかったから、この超高いクオリティを保つ為に1プレイで何度もデートできない設定になっているのかも……。


「……あ~。今、変なこと考えてたでしょ。亮」

「うん。ほんとはもっとアイリと一緒に居たくて……」

「私も同じ気持ち。だけど、私、どうしても帰らないといけない用事があるの」

「用事って何? 実は彼氏がいるとか?」

「ばか。そんなわけないじゃん!」

「じゃあ、このゲームの容量の問d──」

「あ~!!!!! それ以上は言っちゃダメ! 冷めること言ったら怒るって言ったでしょ!」

「ははは。ごめんねアイリ。じゃあ、次また会えるのはいつくらいかな?」

「5時間後くらいかな。ちょっと私も予定が立て込んでてさー」

「そっか。わかった。じゃああの部屋に戻ろう」


 ◆


 アイリと俺は最初に居た白い部屋に戻った。VRの画面の右下に「セーブ」という項目がある。それを押すようにアイリに強く催促されたから、俺はちゃんとセーブをした上で、ゲームの電源を切り、「パーフェクト・パートナー」を辞めて、VRゴーグルをゆっくり外した。


「…………」


 俺は、夢のような時間から一気に糞のような現実世界へと引き戻された。

 酒の空き缶やスーパーの惣菜や弁当の空のゴミだらけの部屋。そして、下校中の小学生だか中学生の甲高い笑い声。時折聞こえる車の通過音や、犬の鳴き声……。

 それらが、俺の高揚していた気分を一気にどん底へと叩き落したのである。まるで躁状態から転じて鬱状態へと叩き落されたような気分。今の俺には何もない。ただの糞ニート。

 アイリにまた会いたい。

 アイリとまた話したい。

 アイリにまた会いたい。

 アイリとまた話したい。

 アイリアイリアイリアイリアイリアイリ。アイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリ。

 頭の中はアイリだけで埋め尽くされていた。

 次にアイリに逢えるのは、5時間後……。待ち時間が長すぎる……。

 

「……やばいわ。このゲーム」


 それだけ呟いて、俺は缶ビールを一気飲みして手で潰して、軽くその辺に放り投げた。

 そして、俺の唯一のネット友達(オンラインゲームで知り合った男)の涼太にLINEでこう連絡した。ちなみに涼太も現在は仕事を辞めてニートだ。


『なぁ涼太。ヤバいゲーム見つけたわ!!!!!!』

『なに』

『パーフェクト・パートナーっていうVR恋愛シミュレーションゲーム。マジで神ゲーだぞ。涼太も買えよ!!!!!!!』

『え、おまえそんなゲームやるタイプだったんだ。意外だわ。てかVRゴーグルなんか高くて買えねえって』

『ゲーム込みで20万近くするけど、それだけの価値はあるぜ。マジで涼太も今すぐ買え!!!!!!!!!』

『……なんか、おまえ今日テンション超おかしくなってるぞ。やばいって』

『それだけ凄いゲームなんだってば!!!!!』

『まぁお前の自由だけど、ほどほどにしとけよな』


 ──ほどほどにしとけよな。


 この友人からの忠告を俺が全く守らなかったのは言うまでもなかった。







 ~後半へ続く~


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